第128話 幕間 兄弟の会話


「まったく、お前も相変わらず強引だな。仮にも王太子を捉まえて、その日のうちに再び会談を申し込むなど」


「仕方がないではないですか。兄上の王位継承お披露目まであと二十日。兄上は大勢の側近がいてああせいこうせいで事が済むでしょうが、こちらはセレスと二人で自ら駆けずり回らねばならない身なのです。直に話ができる絶好の機会を逃がすわけにはまいりません」


 そう兄弟が会話するのは、先ほどの王宮の庭とは真逆と言っていい場所。

 王宮の中でも最重要の場所であり、気密性の高い空間、王太子エドルザルドの執務室だった。


 そして、ジオグラルドの側には、先ほどまでは居なかった護衛騎士のセレスが控えている。

 対して、エドルザルドの近くにはそれらしき影は一つもない。


「せっかくの兄弟水入らずの場だ。無粋な者達に邪魔をされたくはないからな。まあ、少々華やかさに欠ける点には目を瞑ってくれ」


 そう言いながら、王太子の部屋にしては質素な内装を披露するエドルザルド。


 だが、ジオグラルドもセレスも分かっていた。

 王太子であるがゆえに常に余裕を持った態度を求められるエドルザルドだが、見えないところにはそこかしこに影警護が潜んでいて、もしセレスが良からぬことを考えようものなら、たちまち複数の護衛に取り押さえられてしまうだろうことを。


 それでも、表立って文官や護衛騎士を侍らせなかったことは、エドルザルドの最大限の配慮なのだろう。


「本来ならば、セレスにも席を外してもらいたいところだが……」


「申し訳ございません、殿下。いかにジオ様の御兄上の御前と言えど、ここはジオ様にとって心安らかにいられる場所ではありませんので」


「……確かに、王太子派ともなれば大所帯なことこの上なくてな。私がいかに厳命を下そうとも、勝手に言葉の裏があると勘違いして、困りものの我が弟を亡き者にしようという輩が出て来てもおかしくはないか」


 そう言ったエドルザルドは、まるで最初から答えが分かっていたように、あっさりと引き下がった。


「さて、色々と御心労のある父上の手前、あまり実のある話ができなかったからな。それで、ジュートノルへのはどこまで進んでいる?」


「おおよその関係先には内々の通達を済ませました。大半のところでは荷造りが始まっているはずです」


「そうか。では急がせよ。必要ならば、私の名を出しても構わぬ」


「……兄上、それはどういう意での御言葉でしょうか?」


 それはまさに、ジオグラルドにとっては願ってもない申し出だった。

 すでに公国樹立が既定路線となった以上、その準備が滞りなく進むことは、アドナイ王国にとっても至上命題だといってもいい。

 ただし、エドルザルドの言葉に含むところがあるとしたら、話の内容は一気に切迫感を増してくる。


「仮にも、次代のアドナイ王国を統べる立場にあるのだぞ。当然、我が弟の動静には細心の注意を払っているに決まっているであろう。当然、どちらにもな」


「では、ルイヴラルド兄上のことを?」


「そうだ。具体的な手段まではまだわからぬが、これまでの私や陛下からの呼び出しにほとんど応じなかった一点だけを見ても、反逆と取られてもやむなしであろう」


「廃嫡の発表も、その一環なのですね」


「発表と時を同じくして、第二王子宮を始めとした関係各所に近衛騎士団が強制査察に入り、ルイヴラルドの企みを明らかにする」


「ですが、さすがの兄上も、そこまで大きな動きがあれば事前に察知するのでは?」


「もちろん、それも予測してある。すでに近衛騎士団に命じて、ルイヴラルドの周辺の極秘の監視は始めさせている。当日までには式典警備の名目で部隊を配置し、一斉に踏み込む手はずだ」


 そのエドルザルドの計画を聞いて、ジオグラルドはひとまず安心した。


 どうやら長兄は、ルイヴラルドの疑惑と、王都内のアンデッドの頻出を結びつけてはいないらしい。

 それでも、何かしらの疑惑を感じて近衛騎士団まで動員し、最悪血が流れることも厭わない覚悟のようだ。

 王家を守る使命を持ち、高い士気と実力を誇る近衛騎士団ならばどのようにも対応できるだろう。


 そう思いつつも、多少のリスクを承知の上で、ジオグラルドは余計な一言を付け加えずにはいられなかった。


「兄上、突入部隊には、必ず一人は高位の治癒術士をつけることを進言します」


「うむ、お前の方でも、何か掴んでいるのか?」


「いえ、確証のあることでは。ただ、ルイヴラルド兄上には狡猾な一面もあります。用心しすぎるに越したことは無いかと」


「……他ならぬお前の言うことだ、近衛騎士団に告げておこう」


「お聞き届けいただき、誠にありがとうございます」


 そのエドルザルドの言葉を聞いて、ジオグラルドはようやく内心人心地がついた。

 リッチが最も厄介なところは、儀式によって死者の肉体を媒介に一度に大量のアンデッドを作り、使役できる点にある。

 これを阻止するには、強力な治癒魔法を持つ者が戦いの場にいることが最善の方法だ。

 その道筋がとりあえず立ったことで、ジオグラルドの心労も少なからず軽減されたわけだ。


「努々そのような事態にならぬように最善を尽くすが、ルイヴラルドの出方次第では戦闘に発展し、王都が戦火に見舞われる恐れもある。そうなった場合、政治機構や大商会が王都の外に逃れておれば、その後の復興の一助になることは間違いない」


 「第三王子宮に戻り次第、荷造りを急ぐように至急追加で通達を出します」


「うむ。頼んだぞ」


「……出過ぎた真似をお許しください」


 その時、その場にいる唯一の部外者であるセレスが、ジオグラルドの後ろから一歩前に進み出た。


「セレス、控えるんだ」


「よい。ここまでの話を聞いて、何も思わぬ王国の騎士など存在せぬであろうよ。ましてや、セレスとは知らぬ仲ではない。何でも聞くといい」


「有り難き幸せ。――この、兄弟が相争うかもしれない悲しき事態に際しまして、陛下の御意思はどのように示されているのでしょうか?」


 それは、儀礼などには無頓着なジオグラルドですら、簡単には口にできない一種の禁忌。

 しかし、主の心底を見抜いているセレスは、二人の王子の機嫌を損ねることも厭わずに言った。


 果たして、今や唯一国王の心情を推し量る権利を持つエドルザルドの返答は、迷いを含みながらもはっきりとしていた。


「此度のことに関して、父上は不干渉の立場をとるそうだ」


「それは、兄上に全てを委任するということですか?」


 陛下ではなく、あえて父上と表現したエドルザルドに、ジオグラルドは長兄の苦しい立場を感じ取った。


「すでに、内政に関して私に一任していることもあるが、陛下の御心配がもっぱら国の外に注がれていることも大いに関係している。そう、私は理解している」


「神聖帝国、ですか」


「うむ。今や各国で魔物の集団の襲撃事件が起きているようだが、特にその傾向が顕著なのが、我がアドナイ王国だ。近年、魔物の領域の開拓によって領土を拡大してきた経緯を根拠として、各国の異変の元凶とされぬように、陛下は御心を砕いておられるのだ」


 そのエドルザルドの言葉に、あえて無言を貫くことで、ジオグラルドは一定の理解を示した。


 この世界の国々は、四神教を通じて、総本山のある神聖帝国と大なり小なり繋がっている。

 その神聖帝国から疑惑の目を向けられるということは、人族の世界から爪弾きにされるに等しい。

 いささか以上に我が子への情が薄いとはいえ、国王の心労も当然だとジオグラルドは思った。


 その時、王宮に備え付けられた鐘楼から発せられた時報が、どういう仕組みか密閉されているはずの王太子の執務室に響いてきた。


「む、もうこんな刻限か。すまぬが今日はここまでだ。どうしても外せぬ会合があってな。許せ、ジオグラルド」


「いえ、急な申し出にもかかわらず、お時間を頂きありがとうございました」


「何を言う、弟との語らいの時間を取るのは、兄として当然のことだ。王都を去る前、できることならば王位継承表明の式典の前に、もう一度時間を作るとしよう。その際は知らせる」


「一日千秋の思いでお待ちしております」


 そう言って、セレスと共に深々と一礼したジオグラルド。


 そんな中でも、すでに次の段取りに考えを巡らせている自分に、業の深さを感じて自嘲しないわけにはいかなかった。

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