第127話 幕間 王家の会話


 王都に帰還してからの、息つく間もないほどのジオグラルドの外出の日々。


 無論、かつて懇意にしていた貴族、騎士、教会関係者、大商人などへの挨拶回りと公言していたのは間違いないのだが、そこには一つの意図があった。


 すなわち、アドナイ王国国王への謁見である。


「久しぶりであるな、ジオグラルド」


「はい、陛下もお変わりなく」


 王国政治に携わる貴族や役人が行き交う王宮。そのさらに奥深く、国王の私的空間である後宮にある東屋の一つに、一組の親子の姿があった。

 一人は、この私的謁見を目論んだ、第三王子ジオグラルド。

 そのジオグラルドに声をかけたのが、今代のアドナイ国王、ブラルレイド三世。


「それにしても、まさか一月も経たずに陛下との謁見を実現させてしまうとは。仲立ちを頼まれた私も驚いたぞ」


「兄上にもご面倒をお掛けしました」


 そして、驚いた様子を見せながらもどこか納得顔で弟を見るのが、ジオグラルドの兄にして次代のアドナイ王国を担う王太子、エドルザルドである。


「そのことについては、余もエドルザルドから聞いていた。なんでも、謁見を申請していた者達が次々とそなたに順番を譲るように、様々な理由をつけて予定を引き延ばしたとか。ジオグラルドよ、一体どんな手を使ったというのだ?」


 言ってみれば、ただ親と子が会うだけのこと。

 ただし、一国を背負う王と、嫡子でもない子の関係ともなれば、そうもいかない。

 ましてや、ジオグラルドは、第二王子との政争に負けた末に四神教に出家することで、一度王家を離れている。

 いわば、親子の縁を切ったようなもの。

 その関係を元に戻すというのはもちろんのこと、ただ会うというだけでも簡単なことではない。


 その国王との謁見を短い期間で成し遂げた息子のことを国王らしい大らかさで聞く父親とは対照的に、仲介役を引き受けたエドルザルドは内心肝を冷やしているところだった。


「特別なことは何もありませんよ。ただ、王都帰還の挨拶回りをしている内に、陛下の話題になることがありまして、それならばと、話のついでにちょっと頼んでみただけです」


「そなた……、まさか強引な手を使ったのではあるまいな?」


「ご心配なく、兄上。これまでの貸しを清算するという条件で、快く譲ってもらっただけですよ。どの道、近く王都を去る身なのです。先方の中には、これで胸のつかえがとれたと泣いて喜ぶ者もいましたよ」


「そなた……」


「そうか、そこまで決意しての今日の謁見か。ならば、本題に入るとしよう」


 弟の所業を想像したエドルザルドと、我が子の心意気に感じ入ったという風のブラルレイド三世。

 子の心親知らずとはよく言ったものだ、と思いつつも、話が進むことにはなんの異存も無いので、エドルザルドは国王その人の言葉を待った。


「ジオグラルド、そなたの臣籍降下を認め、公国樹立を差し許す」


「はっ」


 ブラルレイド三世の言葉は簡潔だったが、ジオグラルドの返答もまた短かった。

 決して仲の良い親子とは言えない関係だったが、それでも胸に迫るものがあったようで、エドルザルドが見守る中、しばらく沈黙の時が続いた。


 やがて口を開いたのは、この臣籍降下を自ら願ったジオグラルドだった。


「では、私の願いも聞き届けられたという理解でよろしいですか?」


「うむ。ジュートノルを公都とし、その周辺を領地としてお主に与えることが、内々に決まった」


「むしろ、一部の大臣からは、お前の要求がその程度で済んだと喜んでいる者も少なくなくてな。大公位に封ずるとともに、王位継承権は下がるものの、王籍は残すということで決着した」


「真ですか?それはなんとも有難いことですね」


 そう言う、笑顔のジオグラルド。

 一見、王家に残れたことを喜んでいるように見えるが、昔からこの弟の尻拭いの一端を担ってきたエドルザルドは分かっていた。

 ああいう愛想笑いをしているということは、今更王籍に残ることを邪魔に思っているに違いないと。


「お前も分かっているであろう、ジオグラルド。今の王家には、直系の血筋を簡単に排除するわけにはいかない事情があることを」


「ルイヴラルド兄上のことですか?」


「うむ。二十日後に、エドルザルドの王位継承宣言を王都の民に向けて大々的に行うことは、そなたも知っておるな?」


「はい。そこで、私の臣籍降下も告げられるわけですよね」


「実はそれだけではない。陛下との相談を重ねた結果、ルイヴラルドの廃嫡も同時に発表する運びとなった」


「っ……!?」


 国王の手前、声を上げることはしなくても、驚きを隠せないジオグラルド。

 その様子を見て、この驚かされっぱなしの弟に一矢報えたと内心ほくそ笑みながら、エドルザルドは言葉を続けた。


「そなたも噂は聞いておろうが、ルイヴラルドは王族としての務めをまるで果たさないばかりか、最近では怪しげな治療に耽溺して、余やエドルザルドにも顔を見せぬ始末。これでは申し開きの一つも聞きようがない」


「そこで、ガルドラ公爵預かりということで邸宅を与え、そこで余生を過ごさせることにした」


「それは……、ルイヴラルド兄上は廃嫡に関してなんと?」


「何度か使者を送っては見たが、音沙汰無しだ。もっとも、すでに陛下が決心されて重臣も納得のこと。もはやルイヴラルドの言い分を聞く時は過ぎたというのが、王宮の一致した考えだ」


「しかし、ガルドラ公爵もよく引き受けましたね」


 そう言ったジオグラルドは、かの公爵のことを思い返していた。


(代々魔物討伐に積極的な家柄ながら、冒険者との関わりが深いネムルス侯爵とは違って、自慢の騎士団に公爵領内外の魔物を狩らせているとか。そのせいか、アドナイ王国の版図拡大の急先鋒だったはずだ)


「うむ。だがさすがはガルドラ公爵家、ただで引き受けるほど安くはない。ルイヴラルド引き受けに際して、ある条件を提示してきおった」


「その条件とは?」


「養子縁組だ。最近、あそこの嫡子が不慮の事故で死去したことは知っていたか?」


「いえ、存じませんでした」


「そのことで、ガルドラ公爵家も我が王家と同じ境遇に陥っていてな。残されたのは幼い男子が一人だけ。次男以下はすでに別の貴族家や騎士家に婿入りなどしていて、どこもガルドラ公爵家復帰に難色を示されたらしい。そこで、幼い孫が成長するまでの繋ぎの当主として、養子縁組の許しを求めてきたのだ」


「ですが陛下、わざわざ王家の許しを得ずとも、ガルドラ公爵家ほどの家柄ならば、事後報告で済む話でしょう。それをなぜ、王家の助力を必要としているのですか?」


 一見無関係に思える話の中で、ジオグラルドの疑問はそこにあった。

 あの王国一の厄介者である次兄の面倒を見る代償にしては、養子縁組の許しは釣り合いが取れなさすぎるのは、誰の目からも明らかだったからだ。


「そなたも薄々気づいておろう、ジオグラルド。その養子の出自が、少々身分が低すぎるからこそ、王家の助力を求めておるのだ」


「どういうことですか?そこまでするほど、ガルドラ公爵がその養子候補に入れあげたということですか?」


「冒険者、だそうだ」


 色々と破天荒な経歴を持つジオグラルドとて、最低限の王侯貴族としての常識は弁えている。

 だからこそ、貴族の仕来りの根底を覆すような兄の言葉に、絶句せざるを得なかった。


「もっとも、実家は騎士の家系と言うのだから、そこまで無理な話でもない。しかも、先日王都に襲来したドラゴン撃退の功労者ともなれば、その説得力も増す。名前は何と言ったか……」


 ――そう、レオンだ。


 長兄の口から飛び出した聞き覚えのある名前に、何か抗いがたい流れに突き進みつつある予感を、ジオグラルドは覚えずにはいられなかった。

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