第125話 リーナのクラスチェンジ 下
「テイルはクラスチェンジの儀式を知らないんだったよな」
そうレナートさんが声をかけてくる間にも、テレザさんによるリーナの儀式は進んでいく。
どうやら儀式自体は二人を中心に進めていくものらしく、時々静かに儀式に必要な道具を運んでくる使用人さん達も、一切手を出さない。
そして、俺とレナートさんとは離れた所で見物に回っているただ一人が、リーナのお兄さん。
――とりあえず、時々俺の方を睨んでは、またリーナに視線を戻すのを早急にやめてほしいと思う。
そんな俺の気を紛らわせるためなのかどうか、いきなりレナートさんが話しかけてきた、ってわけだ。
もちろん、小声で。
「心配するな。お前へのクラスチェンジの儀式の説明も、殿下との契約の内だ。茶化したりせずにしっかり教えてやる。もちろん、質問も受け付けるぞ」
――どうやらただの親切心じゃなく、仕事として教えてくれるらしい。
まあ、そういうことならこっちも質問がしやすいってものだけど、果たして何から聞いていいものやら。
そんな俺の空気を察してくれたんだろう、レナートさんの方から切り出してくれた。
「クラスチェンジの儀式を受けるためには、基本的に二つの方法がある。一つが、王都の中央教会で司教以上の聖職者から上位職の恩恵を授かるやり方だ。まあ、一番確実な方法ではあるんだが、司教の手を煩わせるってことで色々と費用がかかったり、そもそも王都くんだりまで来て長期間滞在しなきゃならんとか、結構ハードルの高いのが難点だな」
そう聞いて、中央教会を見学させてもらった時に見た、祭壇棟の戦士神の像を思い出す。
クラスチェンジも、あの像の前で行うんだろうか?
「二つ目が、中央教会の司教による地方の定期巡察のついでに、各都市の教会で出張儀式を行うやり方だな。費用も少なく済むってんで人気なんだが、地方にはクラスチェンジの順番待ちの冒険者が無数に存在するから、実力とかコネとか賄賂とか、果ては実力行使で足の引っ張り合いとか、かなり血生臭い競争になってるのが実情だな」
「……冒険者ギルドとして、それってアリなんですか?」
「良かあないさ。だが、そういう地方の不正を王都の一方的な見方だけで裁くと、地方の冒険者はおまんまの食い上げだ。あと、冒険者からの袖の下を期待してる生臭坊主共の実入りが減るから、それこそ流血沙汰にでもならない限りは、冒険者ギルドは見て見ぬ振りだな」
納得できるようなできないような、結局は冒険者ギルドのグランドマスターであるはずのレナートさんが面倒くさがっているだけなんじゃ?と思えるような、けむに巻かれたような感覚。
まさかこれを狙ったわけでもないんだろうけど、俺が行きあたって当然の疑問に辿り着く前に、レナートさんはさっさと話の先に行ってしまった。
「そして三つ目」
「え?」
二つまでなんじゃ?という俺の頭の中を想像してか、ニヤリと笑っただけでレナートさんは続けた。
「中央教会に多額の喜捨をすることで、司教をしかるべき場所に招き、そこでクラスチェンジの儀式を受けるやり方だ」
「そんなことが可能なんですか?」
「まあ、普通は不可能だわな」
「は……!?」
その時、咳払いが一つ、静寂な空間に木霊する。
咳払いの主、リーナのお兄さんの一睨みにすくみ上った俺は、前の椅子の背もたれに身を隠すようにしながら、レナートさんに小声で言った。
「それじゃ意味が分からないですよ」
「分からない?おいおい、そりゃないだろ。実際に目の前にその例外があるってのに」
「例外……あ」
「そうだよ、不可能を可能にするのが権力。その最たる存在が貴族だ」
「貴族だから、こういうやり方もできるってことなんですか?」
「それ以前に、貴族にはこういうやり方が一番適してる、って言った方が正確なんだろうな。司教を呼べるほどの喜捨と、招けるだけの施設、そして何よりコネがある家なんざ、貴族か大商人くらいだろ」
「確かに……」
言われてみれば、リーナのクラスチェンジの儀式がただ事じゃないと納得できる。
そして、リーナのお兄さんがわざわざ第三王子宮まで出向いてきて、儀式に立ち会っているのも頷ける。
「いや、リーナ嬢の要望もあって、今日はマクシミリアン公爵の側近が来る予定だったはずなんだけどな。大方、どこかから噂を聞きつけたアルベルト殿が強引に割り込んできたんだろうな……」
――どうやら違うらしい。
「それよりもほれ、そろそろ儀式が終わるぞ」
そう言うレナートさんの言葉に、リーナの方を見てみると、テレザさんがガラスの小瓶の中の液体をリーナの体に振りかけ始めた。
すると、二人を見下ろす形で鎮座している戦士神の像がほのかな光を放ち始めた。
「実はな、このクラスチェンジの儀式の発案者は、アルベルト殿だそうだ。しかもリーナ嬢は、最初は実家からの申し出を断っていたらしい」
おもむろにそう言ったレナートさんに、ただただ驚きを隠せない俺。
なにか言ってしまえば大声になってしまいそうだったので、しっかりと口を閉じてレナートさんの話の続きを待つ。
「それが一転、急にリーナ嬢がマクシミリアン公爵家を通じて儀式を依頼してきたから、いったんは準備を取りやめていた中央教会は大慌て。仕来り仕来りの教会の坊主共よりは融通が利く、冒険者ギルド付きの司教であるテレザに頼む形で、今日の予定をセッティングしたってわけだ。端から見てても大変そうだったから、あとでテレザをねぎらうくらいのことはしてやらんとな」
「そこで、レナートさんが儀式の準備を手伝うって発想にはならなかったんですね……」
出会ってからこっち、駄目な部分ばかりが強調されているレナートさんに呆れていると、戦士神の像から一際強い光が放たれ、リーナの体に吸収されるように消えていった。
「これでクラスチェンジの儀式は終わりだ。意外とあっけないもんだろ?」
「え?これで終わりですか?」
「そうだぞ。世間じゃ上位職だなんだって色々と誇張されがちだが、儀式自体は大げさにやってもこんなもんだ。神の像の前で司教と冒険者が立ち並び、一層の信仰と活躍を誓う。言葉にしてみればただそれだけだ」
「心臓に剣を突き刺したりしないんですか?」
言ってからすぐ、しまったと思った。
俺があの神殿で経験した、普通は絶対に死ぬような危ない儀式のことをどう言ったって、誰も信じてくれない。
レナートさんもまた、冗談だと思って笑い飛ばすか、俺を趣味の悪い奴だと思い込んでドン引きするか、そのどちらかに決まっている。
そう思っていた――思い込んでいた。
「……お前それ、誰から聞いた?」
「だ、誰っていうか、そ、そう、俺の妄想ですよ。儀式って言うから、それくらい大変なのかなってただ思っただけっていうか……」
さすがに自分でも思う、苦しすぎる言い訳。
もちろん、そんなものがレナートさんに通じるわけもなく、
「……ちょっと来い」
「テイル……?」
レナートさんに腕を掴まれて強引に外へと引っ張られる俺に、リーナの戸惑いの声に返事をする余裕はこれっぽっちもなかった。
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