第124話 リーナのクラスチェンジ 上


「ほれほれどうした、そんなどんくさい動きじゃ、アンデッドの大軍に囲まれた時に生き残れないぞー」


「わあああああああああっ!!」


 普段通りの、ところどころまのびしたレナートさんの叱咤の声。

 それに対する俺が出せるのは、悲鳴交じりの絶叫が関の山。

 声だけを聞けば、とても二人きりで訓練しているとは思われないだろう。


 もちろん、理由はある。


「おいおい、たった一本増えただけで、全然俺に近づけていないじゃないか。少しは根性見せてみろよ」


「そ、そんなっ、かんたんっ、にはっ!!」


 たった一つのセリフ。

 それをレナートさんに返すまでに、黒の剣で払い、イグニッションで吹き飛ばし、ストリームで阻害する。

 だけど、レナートさんの攻撃――水の魔法剣の乱舞を止めるまでには至らない。


 それもそのはず、ついこの間やっと互角に渡り合える自信がついたと思ったら、これまで一本だった水の魔法剣が、根元の辺りから二又に分かれたからだ。


「そら、左側の守りが薄くなってるぞー」


 単純に手数が二倍――なだけじゃない。


 これまで、俺の迎撃で弾かれることによって生まれていた水の魔法剣の隙が、二本でお互いにカバーし合うようになった。

 冒険者に例えるなら、これまでは一人づつ順番に相手をしていればよかったのが、いきなり気心の知れた熟練の二人組で戦い出したようなものだ。


 その結果、


「よし、今日はここまでにしとくか」


「はあっ、はあっ、ま、まだやれます……!!」


「いやいや、完全に息切れしてるじゃねえか」


「こ、これくらい、少し休めはすぐに」


 これは別に、その場しのぎの嘘を言っているわけじゃない。


 レナートさんからの訓練を受けてから初めて知ったことだけど、どうやらエンシェントノービスの恩恵を受けてから、俺の体力と自然回復力は飛躍的に上がったらしい。


 ――ソルジャーアントの時も、オーガの時も、ここまで体力を消耗することなんてなかったからな。


 そんなわけで、少し休めば、全快時とほとんど変わらない動きができる自信がある。


 だけど、レナートさんの返事は、


「アホ。その少しの間の休憩が命取りになる。これはそういう訓練なんだよ」


「そうなんですか?」


「お前に適した戦闘スタイルは、すでに確立しつつある。あとはそれをどう磨くかだが、これは一朝一夕に完成するもんじゃない。まあ、ジオグラルド殿下と交わした最初の契約は実は完了している」


「は……!?」


「で、ついこの前、新しい契約を結んでな。エンシェントノービスの恩恵を生かした、長時間の戦闘状態を維持できるテクニックを身につけさせているってわけだ」


「そ、そんなの――」


「ん?ひょっとして聞いてなかったのか?まあ、お前はさらに強くなれるし、俺は報酬をもらえるし、殿下は目的を達せられる。ほら、誰も損はしてない」


「っ――!?」


 怒っていいのやら悲しんでいいのやら。


 ただ、こうしてレナートさんに訓練をつけてもらえる状況がどれだけ贅沢なことなのかくらいは、俺にもわかる。


 とりあえず、この次ジオに会ったら文句を――場合によっては実力行使も辞さないと決意して、この日の訓練を終えた。






「ん?これからずっとあんな感じにきついのかって?ああ、今日は特別だ。俺がお前のスタミナとペース配分を把握してないわけないだろ」


 訓練時のそれから普段着に着替えた後。

 第三王子宮の廊下を歩く臨時教官殿のその言葉を横で聞いて、今日何度目かの絶句を味わった後、当然反論した。


「じゃあなんであんなことをしたんですか!?」


「バカ、訓練の内容を先に言ったら訓練にならないだろ。ましてや、お前の場合はあらゆる状況に対応させるためにやってんだ」


「それは……」


「それとな、今日はあえて短めに切り上げてさせてもらった。ちょっと珍しいことがこれから始まるんでな」


 そう言ったレナートさんは、いつもなら庭の見えるテラスへ一直線の足を、別の方向へと向けた。


 そして着いたのは、これまで一度も足を踏み入れたことのなかった、本館からちょっと離れた建物。

 その玄関の扉に、四神教のシンボル、四体の神の姿が彫刻されている時点で、宗教的な建物だってことくらいはわかる。


「まあついてこい。すぐにわかる」


 勝手知ったる人の家と言わんばかりに、レナートさんは全く遠慮することなく両開きの玄関を開けた。


 すると、


「遅いですよマスター。見届け人が主役よりも遅れてくるなんて、冒険者ギルドの恥です」


「悪い悪い。ちょっとテイルに説明していたら遅くなっちまった」


「私は構わんぞ。もともとこちらが無理を言っているのだ、少々の遅れも織り込み済みだ」


 ベンチのような長さの椅子が等間隔に並べられた広間(これが噂の礼拝堂ってやつか?)の中に、アークプリーストのテレザさん、リーナのお兄さんの二人が、俺達を待ち受けていた。


 そして、その間に立っていたのが、


「テイル?」


 いで立ちはまるで別人のようだけど、なんやかんやで長い付き合いだ、さすがにもう見間違えることは無い。

 大貴族のご令嬢らしく着飾り、かつ冒険者の雰囲気を残した絶妙な流麗さの衣装をまとったリーナが、広間の中心たる大きな四神の像の前に立っていた。


「んじゃ、クラスチェンジの儀式を始めますかね」


「マスター、最後にのノコノコ遅れてきた分際で調子に乗らないでください」


「はい……」


 テレザさんに叱られてしゅんとなるレナートさん――は置いていて。


 なにやら俺だけが知らされていなかった、リーナの人生の節目の儀式が、これから行われようとしているらしかった。

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