第123話 ソレ、再び
「やあ、僕の眷属。久しぶり――ってほどでもないか。何しろ、三千年前とは違って、今回は一年の半分も経っていないのだからね」
その声がした時には、すでにソレは居た。
風景も変わっていた。
以前ソレと会った場所と同じ、謎の神殿の中だ。
ただ一つ違うのは、よく目を凝らしてみても、全ての輪郭がぼやけて見えて仕方が無いってところくらいか。
「仕方がないだろう、これはテイルの夢の中なのだから」
「俺の、夢……?」
「そう、夢だ。もっともただの夢じゃあない。これは僕からテイルに授ける夢のお告げ。ノービス神の加護と言い換えてもいい」
「加護って、なんで今さらになって」
「今日までは特に必要なかったからね」
「いやいやいやいや、俺がどれだけ必死にやってきたのか――今日まで?」
「本当はもっと早くに知らせたかったんだけどね、僕程度の位階じゃどうにもならなかった。不死神にお伺いを立てて何とか説得をして、ようやくテイルに危機を伝えることを許してもらったんだ」
「ちょ、ちょっと待」
「待たない。不死神は割と公平な最上位神だけど、これまでの人族が犯した罪の重さを考えると、夢の啓示もあと何度許してもらえるかわからない。貴重な時間なんだよ」
「人族の、罪?」
「その辺の詳しい話は、テイルがもう一度神殿を訪れた時にしようか。今は、テイルがいる場所、王都に迫る危機についてだ」
「王都の……?」
「いくら眷属の願いとはいえ、不死神がこれほどリッチ化のハードルを下げるとは、僕も予想できなかった。前回の災厄では、不死神がここまで関わってくることは無かったから。もっとも、今代までの人族の所業を考えれば、まだまだ命の釣り合いが取れているとは言い難いと想像はできる」
「命の、釣り合い?」
「ともかく、不死神の御心によって、王都に死の嵐が吹き荒れることは確実となった。白麗の王都の陰にはアンデッドの軍団が溢れかえりそうなほどに潜んでいて、もはやすべてを救うことなど不可能だ。不幸中の幸いは、偶々王都王都を去ろうという一部の流れが、テイルの友人を中心として起きつつあることくらいか」
「ジオが……?」
「アドナイ王国は、人族の国々の中では新興の部類だ。その王国史は、常に版図の拡大と他種族の排除に費やされてきた。だからこそ、災厄も他の国に先駆けて起きている。そして、人族は思い知ることになるだろう。魔物とは、必ずしも人族以外から生まれるものではないということを」
ソレがそう言った瞬間、まるで朝日が差して一気に霧が晴れるように夢の世界が俺の視界から遠のいて――
「テイル、どうしたの?今日は朝から調子が悪いみたいだけれど?」
「いや、別に何ともないよ」
翌朝。
さすがに食事中はマナーを気にしていたけど、直後に駆け寄るように俺のところに来て、心配してくれるリーナ。
ちなみに、ジオとセレスさんは朝早くから用事があるとかで、朝食の時にはすでに外出。
ティアも昨日から、王宮の奥にあるという自分の館に帰っていて、使用人さん以外には俺とリーナの二人だけだ。
「ウソ、いつもより少しだけ、顔色が悪いわ」
「本当に大丈夫だ。ちょっと、昨日の夢見が悪かっただけだから」
目覚めが最悪だったとはいえ、貴重な訓練漬けの日々を無駄にはできない。
早速、いつものように庭へ続く廊下を歩く俺に、纏わりつくようにリーナが声をかけ続けてくる。
――夢見が悪いという、嘘は言っていない。
ただ、久々にアレと話した夢によって、俺の精神だけじゃなく体にまで悪い影響が出た可能性があるかもしれないことを、口にしていないだけだ。
「本当ね?もしちょっとでも気分が悪くなったら、すぐに私に言うのよ。ここはジオ様の宮殿だもの、いざという時のために、治癒魔法を含めた最高級の医療体制があるから、遠慮せしたらダメよ?」
まるでターシャさんをほうふつとさせるような、過保護っぷりを見せてくるリーナ。
――ただ、王族級の医療体制と言われて、ただの平民の俺が委縮しないかと微塵も思っていない辺りは、やっぱりリーナらしいというかなんというか……
まあ、起きるかどうかも分からない先のことは、起きた時に考えよう。
目下の問題は、昨日慌ただしく出て行ったレナートさんが不在の中で、どんな訓練をするかだ。
だけど、
「お、ようやく来たな」
そんな考えは、いつものように先回りして俺とリーナを待ち構えていた、まさかのレナートさん本人の声で粉砕された。
「なんだ、雷に出も打たれたような顔をして。ははーん、さては俺が今日は来ないと思っていやがったのか。バカ言うな。仮にも第三王子と交わした契約だぞ、滅多なことでもない限り、そうそうすっぽかしてたまるもんかよ。冒険者ギルドの信用に関わるわ」
だけど、俺が驚いた理由は、何もレナートさんの姿を認めただけじゃなかった。
冒険者ギルドのグランドマスターの他に、思いもしない客が二人、その横に立っていたからだ。
「お待ちしていましたよ、リーナ様。さっそく支度を始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
二人目は、レナートさんの秘書にして、アークプリーストのテレザさん。
テレザさん自身は、何度も治癒魔法の教官として来てもらっているけど、問題はレナードさんと一緒に来ているってことだ。
確か、冒険者ギルド総本部の仕事を回すために、どっちかが残っている必要があるって話だったはずだけど……
まあ、それはどうでもいい。
本当はどうでもよくはないんだけど、そう言ってしまえるほどに、三人目のインパクトが強すぎる。
「アンジェリーナ!!いくら第三王子宮でのこととはいえ、今はお前が客人を迎える立場だろう!!そのお前が我らを待たせるとはどういうことか!!」
「兄上!?なぜここに!?」
「愛しのアンジェリーナの晴れの姿を見守らない兄ではない!!」
「そんなことを聞いているのではありません!!兄上には秘密にしておくように家人には指示したはずなのに、なぜここにいらっしゃるのです!?」
「アンジェリーナ!!」
「事と次第によっては許しませんよ!さあ兄上、お答えください!!」
「兄上ではなくお兄様と呼べ!!」
「今はそんなことを話しているのではありません!!」
……今はとにかく、この公爵家兄妹の嵐のようなやり取りが収まるまで、じっと息を潜めていることしかできそうになかった。
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