第122話 何もしないという最善
「さてと、これからどうしたものだろうね」
中央教会筆頭司教のアンデッド化。
それに加担していると思われる、アドナイ王国第二王子ルイヴラルド。
その推測が、ジオ、ミザリー大司教、冒険者ギルドグランドマスターのレナートさんの間で一致を見た時、
「じゃあ、いったん解散しようか」
意外にも、その場はお開きとなった。
次いで入ってきた第三王子宮の執事さんに何かを命じたジオは、そこでようやく座っていた椅子のクッションに体を深く沈みこませ、そう言いながらため息をついた。
「どうするって……その筆頭司教ってやつを何とかするんじゃないのか?」
「何とかしたくても、できないのよ」
ジオの代わりに、俺に答えてくれたリーナ。
その顔には、明らかな困惑と憂いの色が見えた。
「一見、同じ王子という立場の御二人だけれど、片や王弟としての役割を期待されて曲がりなりにも一派閥を形成する第二王子。片や幼少期に自派閥を失って出家せざるを得なくなった第三王子。持っている権力が違い過ぎて、すぐには糾弾できないのよ」
「しかも、次兄の犯した罪が荒唐無稽なのが、事態を一層ややこしくしている理由の一つだよね。事実は小説よりも奇なりとは言うけれど、そういうのに限って誰も信じてはくれないものなんだ」
リーナに続いてそう嘆くジオ。
そこには事態の重さが手伝ってか、いつもの軽薄な響きよりもいくぶんか真剣身が増しているように聞こえる。
「つまり、俺達にできることは何も無いってことなのか?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
「何よ、ジオ様のくせにもったいぶった言い方をして。早く言いなさいよ!」
「リーナ、心配しなくても――おいよせ、よすんだリーナ。違う、そうじゃない、鞘をつけたままで僕の体をつつくなと言った覚えはない。だから剣を抜くんじゃあない!やめろ来るな!セレス!主の危機だぞ!早く助けてくれ!」
「大丈夫ですジオ様。ちゃんと見守っていますので」
「傍観!?」
リーナも、教会でしばらく剣を持てなかった不安と、さっきまでの話し合いの緊迫感で鬱憤が溜まっていたんだろう。
幼馴染同士の心温まる触れ合いを、セレスさんと二人で優しく見守る、ひと時の安らぎが流れていく。
しばらくして、ちょっと気が晴れて清々しい様子のリーナと、体や服に傷がつかない程度に運動して血色が良くなった(肩で息をしているとも言う)ジオが、椅子に座り直した。
「せ、正確には、ミザリー大司教が教会側から、レナートが冒険者ギルド側から、それぞれ調べを進めてくれるってことだよ。今の僕には独自の伝手はないし、無理に動けば次兄に察知される恐れがある。次兄のことは二人に任せるのが最善の選択だ」
「それなら、私達は何もしないっていうこと?」
「君とテイルはそうだ。僕は、これまで通りに予定を消化する」
「でもそれじゃあ――」
不満を隠そうともしないリーナの言葉を、ジオが手で制して途中で遮った。
「実はね、三日後に陛下に謁見する予定になっている」
「えっ……!?」
「王都に着いてから何日も経っているのに、まだ父親に会っていないのか?」
「テイル、それは違うわ。たとえ形式的なものであっても、王家を捨てて四神教へと出家したジオ様に拝謁を許すのは、陛下の御立場としては通常あり得ないことなのよ――どういうことなの?」
ジオの言葉に驚いたのは俺も同じだったけど、どうやらリーナのそれとは全く真逆の理由だったことを思い知らされる。
そして、リーナの疑問に頷いたジオが、さらに言った。
「表向きは、ジュートノルで色々と大変な目に遭った僕を王太子が憐れんで、陛下との家族の時間を取り持ったということになっている。だから、陛下、長兄、僕の三人以外は、ごく限られた近侍のみが同席する、極めて私的な謁見という建前を取っている」
「それにしたって……」
「疑う気持ちも分からないじゃあないけれど、これ以上は本当に話せない。だから、三日後まで待ってくれとしか言えないんだよ。それよりもリーナ、強引に王都まで連れてきた僕が言うのもなんだけれど、君こそ動いてはいけないんだということを自覚してほしい」
「私……?」
「今日の次兄へのご機嫌伺い。まあ、ある程度の嫌がらせは覚悟していたけれど、特に不快だったのは君に関する話題だった」
「ジオ様に代わって私の口から申し上げますが、すでにリーナ様との婚約が成立していると主張するばかりか、まるで所有物であるかのような発言をたびたび繰り返しておられました」
「そ、そんなことを殿下が……!?」
「……今考えてみれば、昔には決して無かった自信のようなものを、今日の次兄の言動から感じたよ。あれはもしかしたら、不死の力を得たことで病弱という弱点を克服したが故の、長年積もりに積もっていた願望を吐き出し始めたということも考えられるね」
「殿下が、ずっと前から私のことを……?」
「気に病むことはないよ、リーナ。貴族の、ましてや王家との婚約となれば家同士の問題、本人の意思など無関係だ。次兄が何を思っていたところで、陛下の許しなしにはどうにもならないことだよ」
「私もジオ様に同感です。しかも、ルイヴラルド殿下の本日の言い様は、リーナ様のことを明らかに一人のレディとして扱ってはおりませんでした。少なくとも、あれほど歪んだ醜い欲望を、異性への好意と呼ぶことはありません」
ジオに続いてセレスさんからの説得に頷いたリーナは、ちらりと俺を見た後で、はっきりと言った。
「わかったわ。ここから外に出なければいいのね?」
「そうしてくれると、僕の心情的にも立場的にも非常に助かる。次兄にリーナはもったいなさ過ぎるというのも本音だけれど、今の時点で、次兄とマクシミリアン公爵家が接近するのも敵対するのも、どっちも困る。事がもう少しはっきりするまでは、表面的であっても余計な波風は起こさないに限るからね」
そう言いながら、あからさまにほっとした感じのジオ。
その背後に立つセレスさんもわずかに弛緩した空気を出したことから、リーナに自重してほしいという言葉が偽らざる本音なのが俺にもわかる。
もちろん、安心したって心情は俺も例外じゃなく、リーナが第二王子と婚約する気がないとわかって、ホッとした。
その後、中央教会での疲れを癒すためなのか、この夜の食卓にはいつもより数段豪華な料理の数々が並び、明日以降の難題を一時忘れるほどの、宮廷料理の数々を堪能する時間が続いた。
ここで、普通に考えれば宮廷料理の作法を知るはずもなく、ジオ達に恥を晒す羽目に陥っていただろう俺が夕食を和気藹々と過ごせたのは、「テイル君もそろそろこれくらいは覚えないとね」と言って、コース料理のマナーを教えてくれたターシャさんからの特訓の賜物だった。
ちなみに、俺がコース料理の数々を無難にやり過ごす度に、給仕の使用人さんらしき背後からの舌打ちが聞こえたことは、水に流してもいいくらいの楽しいひと時だった。
だけど、どんなに素晴らしい時間も、いつかは終わる。
今日の俺の場合は、楽しい雰囲気のままジオ達と別れてあてがわれた部屋に向かい、下着姿でベッドにもぐりこんですぐに訪れた。
『ワ―テイル筆頭司教は実力よりも内政能力で今の地位を得た人物。彼が信仰し恩恵を得ているのは魔導士神ですが、少なくともリッチ化の儀式を行えるほどの実力は無かったはずなのですが……』
昼間、レナートさんと一緒に部屋を後にしようとしたミザリー大司教が、去り際に言った言葉。
もちろんその言葉を、ジオとレナートさんが聞き逃すはずもないし、俺が気にすること自体が不遜で傲慢なんだろう。
だけど、気になってしまったものは仕方がない。
そんなわけで、いつもとは違う、もやもやとした気分のまま睡魔が襲ってきてしまった。
そのせいだろうか。
夢を見た。
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