第118話 戸惑いのジオ
ジオと、その後見人というミザリー大司教を中心とした、俺への?重苦しい話が続いたけど、その後は一転して和やかな雰囲気で会話が弾んだ。
もともと、ジオがミザリー大司教を訪問した表向きの理由が、出家時代の後見人に対する表敬訪問という名目だったので、アリバイ作りの意味も込めて、最初から雑談に興じるのも予定に含まれていたらしい。
「ああ、そうそう。テイルさん、ジュートノルからのはるばるの旅路、ご苦労様でした。あなたへの疑惑は晴れましたよ」
だから、ずっと穏やかだったミザリー大司教が表情一つ、口調一つ変えずにそのセリフを言った時点では、何のことを言われているのか全く理解できなかった。
――こういう、やんごとなき人達のなぞかけと言えば……!!
と思って、いつものようにジオを見てみると、
「ハハハ……」
痛いところを突かれたみたいな顔で苦笑いを浮かべていた。
これは望み薄か?と、今度はソファの真ん中に座るリーナを見ると、「まさか……!?」って感じで、言葉以上に表情がものを言っていた。
その様子を見ていた(楽しんでいた?)ミザリー大司教が再び口を開いた。
「簡単な話です。テイルさんを王都に招き寄せるきっかけを作ったのが、私だということですよ」
「そ、そうなんですか?でも、ジオの話だと、確か召還命令っていうのを出したのは、教会じゃなくて王宮だったはずじゃ?」
ジュートノル出発直前。
複雑怪奇な王都事情を懇切丁寧に説明してくれたジオだけど、残念ながらそのほとんどが平民の俺の記憶には残っていない。
そんな中で、数少ないはっきりと印象に残っている一つを引っ張り出して、ミザリー大司教に問いかけてみる。
すると、どうやら俺の記憶もまんざらじゃなったらしく、「よくご存じですね。その通りです」というご婦人の返事を引き出すことができた。
「普段でしたら、政治を司る王宮に私の方から口を出すことなどないのですが、とある筋から魔導士団の報告書の写しを入手いたしまして、テイルさんのことを知ったというわけです」
「リーナは言うまでもないと思うけれど、気をつけなよ、テイル。こう見えてミザリー大司教は、『聖なる伏魔殿』の異名で王宮から恐れられている、教会の黒幕の一人だ。無礼者には容赦がないから、口の利き方には気を付けるように」
「あらあら、殿下はあの日のことが、いまだに忘れられないようで」
珍しくしかつめらしい面持ちのジオに、コロコロと笑うミザリー大司教。
まるでお芝居のように冗談めかして言う二人だけど、その内容を全く否定していない。
――え、じゃあ本当に?
「僕も、事実を知ったのはついさっきの事さ――まったく、そうと知っていれば、直接手紙を一通書くだけで解決したと、今更ながらに自分の陰謀癖を反省しているところだよ」
「殿下にもテイルさんにも、少々ご迷惑をかけたようですので、殿下には先ほど直接謝罪をしたところです。といっても、私の他にもテイルさんの存在をいぶかしんだ個人や部署もあったようなので、こうして私が対面したことで、余計な手間が省けたのは事実です」
「幸いなことに、王宮からの召還命令は、ミザリー大司教の方で撤回してくれるそうだ。こちらとしても、ややこしい王宮の儀礼に付き合わされずに済んだのは、素直に朗報だね」
「そんなに面倒くさいものなのか?」
王宮の事なんて知るはずもない俺。
だから、単純に疑問を感じて質問しただけだったんだけど、苦笑い、眉間にしわ、笑顔の、三者三様の表情を見た途端、見事に揃った返事を聞く前にわかってしまった。
「「「それはもう」」」
――どれが誰の表情なのかは、個人の尊厳を尊重して、秘密だ。
苦くも楽しい、ミザリー大司教とのお話を終え、大司教の部屋の外で待っていてくれたセレスさんと合流する。
その、いつもクールで滅多に感情を表に出さない表情に、わずかな違いを見つけられたのは、俺がセレスさんのことを理解し始めた証拠だろうか。
「ジオ様」
特に挨拶もなくジオに近寄るセレスさんに、それを当然のことと受け入れるジオ。
そのセレスさんの歩みが、いつもの護衛の定位置を越えて主の耳元に顔を寄せた後、ジオの表情が一変した。
「……本当かい?人違いとかでもなく?」
「警護の教会騎士に伝手がありましたので、密かに確かめさせました。お出ましに間違いありません」
「このまま知らなかったふりをするのは?」
「どうやら、あちらの方が先に気づかれているようです。後々のことを考えると、得策とは言えません」
「やれやれ……、こっちが会いたい時には面会謝絶で、会いたくない時には出くわすとはね。合縁奇縁というか何というか」
「ジオ様、一体何があったの?」
さすがに口を出さずにいられなくなったらしいリーナが訊くと、一つ大きなため息を吐いたジオが、複雑そうな表情のまま言った。
「兄上だよ。どういうわけか、中央教会に王子が二人、偶然にも居合わせてしまったらしい」
「兄上って、まさか王太子殿下が!?」
「……まあ、リーナでなくても、誰もがそう思うよね。僕も、セレスに聞き返さないと信じられないほど、自分の耳を疑ったよ」
――そっちじゃあない、兄上の方さ。
「次兄のルイヴラルド兄上だよ」
いつもは即断即決のジオが、困惑を隠さずにそう言った。
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