第115話 中央教会 剥奪


「頼む!!償いなら何でもする!心も入れ替える!俺が傷つけた奴ら全員に謝る!だから、だからだからだから、それだけは勘弁してくれ!!」


 そんな、粗末な服を着た男が叫ぶのは、建物の中をくりぬくように設けられた、中庭の中央。

 その両手首には枷が付けられ、男が何らかの罪を犯した罪人だと一目でわかる。


「お二方は当然ご存じだと思いますが、冒険者最大の禁忌とは何か、お分かりになりますか?」


 ここは、中庭が広く見下ろせるテラスがある、建物内の一室。

 そのテラス越しに眼下の光景を眺めながら、メリス司祭は訊いてきた。


 冒険者学校に入った奴なら、誰もが知っている常識。

 俺の方を見て頷いてから、代表してリーナが答えた。


「冒険者ではない人達、一般人への危害、ですね」


「その通りです。一概に全てとは言えませんが、ジョブの恩恵を受けた者とそうでない者との諍いは、基本的に冒険者の方が不利な立場に立たされるケースが多いです。その理由は、言うまでもありませんね」


 ――ジョブの恩恵。

 ジョブの違いや本人の資質にもよるけど、冒険者になった奴と、そうでない人達との間には、埋めようのない力の差が生まれる。

 中には、何かを勘違いした一部の冒険者が、一般人に迷惑をかけることも少ないながら存在する。


 ここで重要なのは、そういう事件というか揉め事が『少ないながら』で済んでいる事実だ。

 なぜなのか?

 決まっている。その類の罪を犯した冒険者には、例外なく厳罰が下されているからだ。


「教会には大きく分けて、二つの使命があります。一つが、冒険者を志す者に大きく門戸を開き、一定の資格を満たした証としてジョブの恩恵を授ける。そしてもう一つが――」


 庭の中央にいるのは、罪人の男が一人だけ。

 そこから逃げないのは、地面に金具が埋められていて、そこに男の手枷が固定されているからだ。


 そして、庭にはもう一つ――いや四つ。

 罪人の男を見下ろすように立つ、四神教を象徴する四体の巨大な白い像だ。


 その内の一つ、戦士の像が、赤い光を発し始めた。


「いやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 瞬間、赤光が俺の視界を埋め尽くした。


 思わず目を瞑ろうとしたところで、全然眩しくない不思議な光だということに気づく。

 そして、視線の先、罪人の男の胸の辺りから白い光の球が染み出すように出現したかと思うと、空に向かってゆらゆらと立ち上りながら、徐々に消えていった。


「恩恵の剥奪です」


 赤い光が治まり、罪人の男がその場に崩れ落ちるのを見届けたメリス司祭が、さっきの続きを言った。


「彼は、A級まで上り詰めた戦士で、拠点としていた貴族領では大層名が知られているそうです。そのことで増長したのか、近隣の町家に押し入って金品を奪っただけでなく家人を害し、わかっているだけでも金貨にして二千枚以上、そして十人の命を奪っています」


「それは……」


「はい。王国の法に照らし合わせても、死罪以外にはありえない大罪です」


「でもねテイル、多分だけれど、あの男はこれから放免されるわ」


「放免って……これで刑が終わったってことなのか!?」


 ――いやいや、この程度で終わりはありえないだろ!?


 とっさにそう思った俺の浅い考えを、リーナは首を振って否定した。


「テイルには理解しがたいことなんでしょう。けれど、冒険者が冒険者で無くなる――たったそれだけのことが、死よりもつらい残りの人生を、あの男に歩ませることになるのよ」


「あっ……」


「マクシミリアン様の仰る通りです。これからあの罪人は、諸々の手続きのために、拠点としていた冒険者ギルドのある街にいったん移送されます。その後、冒険者として稼いだ財産は全て没収された上で、街に放り出されます」


「私も以前に噂を聞いただけなのだけれど、ジョブの恩恵を失った元冒険者のその後は、ほとんどが直後に謎の死という形で終わっているわ。残りのごく一部は、死よりもつらい目に遭いながら無理やり生かされているか、自主的に恩恵を返上して家族と一緒に幸せに暮らしているかのどちらかね」


「まさに、冒険者として歩んだ道が、そのまま残りの人生を左右しているわけです」


 その言葉を聞きながら――全てを受け止めきれずに一部を聞き流しながら、自分の身に照らして考える。


 俺自身の思い付きで始まった、ノービスとしての人生。

 もし、どこかで何かが掛け違っていたら、俺もあんな風に絶望に塗れていたんだろうか?

 いや、もしかしたら、エンシェントノービスになった今だって……


 二人の衛兵が建物の中から出てきて、庭の中央に突っ伏して気絶しているらしい男を、手枷を固定していた金具を外してから引きずっていく。


 その光景を見ながら、そういえばメリス司祭はノービスについては一言も触れなかったなと、独り思い返していた。






 入ってきた鉄扉の前でメリス司祭にお礼を言って別れ、またまたリーナの案内で教会の敷地を歩く。


 迷いのないリーナの歩みを見る限り、さすがは大貴族のご令嬢と言った感じだ。


「そんな大層なものじゃないわよ。ジオ様の知り合いの教会関係者で真っ先に思い付く人物を、たまたま知っていただけよ」


 ちょっと恥ずかし気に言ったリーナに連れられた先は、敷地の中で一番大きな建物。

 もはや城と言っていい規模の建物の中に堂々と入っていったリーナに続かないわけにもいかず、気後れしながらついて行くと、


「リーナ様にテイル、待っていましたよ」


 なんと、常にジオの側について離れないはずのセレスさんが、入り口近くまで俺達を迎えに来ていた。


 驚きで声も出ない俺に、


「ジオ様の御命令ですので。それに、今現在、ジオ様の安全は確保されていますから」


 そう言ってのけたセレスさんは、それでも足早に俺達をジオのところまで連れて行ってくれた。


 果たしてというかやっぱりというか、ジオが待っている部屋は、何人もの教会騎士によって厳重に警護された、奥まった一室だった。


「やあ、テイルにリーナ。その様子だと、見るべきものは見られたようだね」


 どういうわけか俺達の見学の首尾を言い当てたジオは、執務室兼応接室と思える広い部屋――そのソファに浅く腰掛ける、メリス司祭よりも数段豪華な法衣を身につけたご婦人の姿を、俺達に見せながら言った。


「紹介しよう。僕の出家時代の大恩人にして、中央教会トップである大司教の一人、ミザリー大司教だ」


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