第114話 中央教会 祭壇棟


 リーナの案内で連れてこられたのは、敷地の中程にあると思われる、他と同じように白を基調とした大きな建物。

 他と違うのは、静謐さとはちょっと違う重苦しさのようなものを、教会の施設にしては頑丈な鉄扉と、そこに立つ重装の衛兵から感じるからだろうか。


 その衛兵にリーナが訪問を告げると中に取り次がれ、しばらくすると白い法衣を着た若い男の僧侶が、開けられた鉄扉の向こうから姿を現した。


「お待たせいたしました。リーナ=フラム=マクシミリアン様。それとお連れの方が一名ですね。私はメリス、恩恵管理部付きの司祭です。本日は、見学をご希望だそうで」


「はい。幼い頃に一度訪れたことがあるのですが、なにぶん記憶が曖昧でして。ちょうど教会に用があったものですから、これも一つの機会と思い立ちました。もしご迷惑でしたら、他日を期しますけれど」


「いえいえ、それには及びません。貴族の方々の見学希望は常に一定数ありまして、できうる限り応えるのが教会の方針です。やはり、こういうことは知るべき方々には知っておいていただきたいものですから」


「ありがとうございます」


「では、さっそく参りましょうか。本日の見学希望は、マクシミリアン様以外にはいらっしゃらないので、ゆっくりと案内することができます」


 そう言ったメリス司祭は、リーナと俺を鉄扉の中へと案内した。


 その、穏やかな笑みからは、この先にあるものを知る手掛かりは、何一つ見つけられなかった。






「間違っていたのなら申し訳ないのですが、マクシミリアン様は冒険者ではありませんか?」


 祭壇棟と呼ばれているらしい建物の中、案内をしてくれているメリスさんが頃合いを見計らったかのように言ったのを、ちょっと驚いた様子でリーナが返した。


「ええ、その通りです。よくお分かりになりますね」


「ははは、これでも役目柄、多くの冒険者と接する機会がありますので、歩き方ひとつでわかるのですよ。そんなマクシミリアン様には退屈でしょうが、改めて冒険者の成り立ちを学ぶということでお付き合いください」


 そう言ったメリスさんが一つの両開きの扉の前で立ち止まり、取っ手に手をかけてゆっくりと開けた。

 よく手入れがされているのか、軋み音一つ上げずに開かれた扉の先には、広いけど殺風景な部屋の奥に、剣と盾を持った純白の像が鎮座していた。


「あれが、冒険者志望の者にジョブを与える、『神像』です。しかるべき資格を得た冒険者志望の者が神像に祈りを捧げ、それを司祭以上の聖職者が承認することによって、新たな冒険者が誕生するのです」


「え……?でもあれって、戦士の像、ですよね?」


 ――しまった、つい口を出してしまった。


 貴族の娘のリーナを差し置いてしまった俺に非難の視線を向けられるかと思ったけど、意外にもメリスさんは柔和な態度を崩すことなく答えてくれた。


「仰る通りです。あれは『戦士神の像』。四神教の四柱の一角にして、上級、最上級を含めた戦士系の恩恵を与える力を持つ御神体です」


「ということは、他の場所に三つの像が?」


「はい。スカウト、魔導士、治癒術士。三柱の神の像の間があり、それぞれの冒険者志望者にジョブの恩恵を与える役割を担っております。あいにく、次回の授与の儀式はしばらく先のことですが」


 そう言いながら、メリス司祭は中に入ることなく扉を閉めた。


「申し訳ありませんが、神聖な儀式以外では立ち入ることは許されていないのです」


「いいえ。見せて頂けただけで十分です。ありがとうございます、司祭様」


 すまなそうに話すメリス司祭に、リーナが理解を示してそう言った。


「それでは、他の場所もご案内いたしましょう」


 それからは、今までよりざっくばらんな口調になったメリス司祭のガイドで、建物の中を色々と回った。


 この建物は、どうやら冒険者の諸々を管理するための施設らしく、千年前の伝説的冒険者の遺品や、討伐された大型ドラゴンの角など、俺から見ても興味をそそられるような貴重なものがいくつも展示されていた。

 それに加えて、それらを紹介するメリス司祭の説明がとてもうまくて、思わず時が経つのを忘れてしまうくらいだった。


 ――だけど、俺からしたら正直物足りないというか、ここに来る前のリーナのセリフの大仰さにと比べて、これだけ?っていう感じがぬぐえない。

 そんな思いが伝わったんだろう、メリス司祭が苦笑しながら俺の方に向き直った。


「もちろん、これで終わりなどと言うつもりはありません。ですが、教会の役割を知っていただくには、やはり初めから順番に見ていただくのが一番ですから。それに、この後で見学する場に密接な関係がある以上、これらを紹介しないわけにはいかなかったのです」


 そう言いながらメリス司祭は、窓越しの外の景色を見た。

 すると、まるで見計らったかのように、教会の敷地内のものと思える鐘の音が三回、俺達の元へと届いた。


「ちょうど頃合いですね。では、向かいましょう。有情と非情を併せ持つ神の御業、その一端を知るために」







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