第113話 中央教会 正門
中央教会。
そのシンボルである鐘楼を、王都に来た時に遠目に見た覚えはあったけど、たくさんの高い建物の中でちょっと目立つな、くらいにしか思っていなかった。
だけど、さすがはアドナイ王国における四神教の総本山。
隣の敷地が霞んで見えなくなるほどに白く塗られた壁がどこまでも続き、
何に使うのかもわからないくらいに大きな建物がいくつも建ち、
鐘楼が収められている中央の尖塔は、首が疲れそうなほどに見上げないとその頂きは見えない。
馬車を降りた正面から見ただけでこの感想。
実際に中を歩いたらと思っただけでめまいがする。
左右に分かれた衛兵が直立不動で立つ、荘厳という表現が相応しい正門の威容を見ているだけで、田舎者の俺からしたら気後れしてしまうほどだ。
そして、第三王子であるジオの顔パスであっさりと中央教会の中に――とは行かなかった。
「護身用のナイフも含めた、一切の武器をここで預かります」
「え……?」
門を潜ってすぐの、詰め所らしきところにいた騎士に言われたリーナが、その場で固まった。
「で、でも、私は護衛で……」
「この中は、中央教会直属の我ら教会騎士団によって、万全の警備が敷かれております。また、教会内部は一切の武力、暴力を禁じており、武器の持ち込みは厳禁です。どうかご協力を」
「リーナ、あまり困らせるものではないよ。ここへは、陛下の護衛や大貴族の当主でも、黙って剣を預けるのが礼儀だ。さあ、剣を差し出すんだ」
「……はい」
そう言いながら、剣帯から鞘ごと取り外して、騎士に渡したリーナ。
そのとたん、いつもの凛々しい姿はどこへやら、気弱気に視線をさ迷わせるようになった。
「……君、武器を持っていないときのそのクセ、ますますひどくなってはいないかい?」
「女性というもの、そのくらいの可愛げがあった方がよろしいかと。それに、どこぞの殿方は存外お気に入りのようです」
「ははあん、なるほどね」
セレスさんの言葉に納得顔でにやけるジオ。
その主従の視線がなぜか俺の方に向く。
――確かに、今のリーナの意外な一面も悪くないなと思いつつ、さすがに失礼じゃないかと問い詰めようとしたところ、
「そちらのお連れの方も、武器をお持ちでしたら提出願います」
俺のことも従者か何かだと思ったんだろう、騎士が声をかけてきた。
「あ、いえ、俺は武器を持っていないので」
「そうですか……」
明らかに文官とも違う装いの俺に違和感があったんだろう。
少しの間、俺に視線を固定した騎士だったけど、武器を携帯していないと思ったのか、元の位置に戻っていった。
――やっぱり、嘘をつくのは心苦しいな。
そう思いながら、左手につけている未だ見慣れない黒一色の腕輪に目をやった。
「時にテイル。君の黒い装備、名前はなんて言ったかな?」
「ギガンティックシリーズ。前に言ったことがなかったっけか?」
「まあ、確認というか、話題の枕詞だよ。で、その黒い装備だけれど、確か武器の形状を自在に変化させられるんだよね?」
「ああ。俺が思い通りに瞬時に変形するし、戦い方次第じゃ戦士や魔導士の恰好にもなる。それが?」
「いや、『あらゆる状況に対応するエンシェントノービス』、その専用装備と思えるその黒い装備――だとしたら、まだまだ底知れない可能性を秘めている気がしてね」
「まあ、言われてみればそんな気もするな」
「例えばだよ、この世界に点在するダンジョンの中には、一定以上の重量の装備を身につけていると各種罠が作動して、攻略の難度が格段に上昇するなんてところもあるらしいんだけれど」
「そうなのか」
「そういう場合、はたしてその黒い装備はどうやって切り抜けるんだろうね?試しにテイル、そういう状況を想定しながら、念じてみてくれないか?」
そんな会話をジオと交わしたのが、数日前のこと。
以来、訓練の合間を見つけては、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返してみた。
最終的には、ブラックキャスターのティアの協力のもと、一定範囲の全ての金属に急速に熱を加えるという上級魔法によって命の危機を覚えた(51:49で感謝が恨みを上回っている)俺の切実極まった願いに応えて、それなりの重量がある黒の装備が瞬時に小さな黒い腕輪に変化したのが、二日前。
それからは、前日――つまり昨日丸一日を潰して、安定的にスタンバイスタイル(例の謎の声命名)に移行できるように訓練した。
「しかし、不思議なものだね。あの熱伝導魔法に反応したということは、あの時は確かに金属鎧だったという何よりの証。だけれど、今のその腕輪の材質は、石か陶器に見える。一体何なのだろうね、『ギガンティックシリーズ』とは」
そんな、誰に問うでもないジオの呟きを聞きながら、砦のような大きさの正門を潜る。
果たして、門を隔てた教会の内部は、まさに別世界だった。
人通りは決して少なくないものの、見えるのは全て僧衣か教会騎士の鎧姿のどちらか。
その誰もが粛々と行き交うだけで、潜み声一つ聞こえてこない。
枝葉一つ見当たらない、丁寧に手入れされた庭木の数々と相まって、荘厳な雰囲気が俺にすら伝わってくる。
――と、ちょっとした感動を味わっていた、その時だった。
「……、――っ――――!!」
「あれは……?」
遠くの方、それもどこかの建物の中から聞こえてきたと思える、誰かの声。
何を言っているのかまでは分からなかったけど、そこに悲哀の感情が込められている気がした。
「ああ、あれは多分、あれだ」
声がした方を見ると、訳知り顔のジオが立ち止まっていて、いつも通りのセレスさんと苦い顔つきのリーナがその後ろに続いている。
どうやら、全員が声の正体に気づいているみたいだ。
「まあ、これもまた社会勉強の一つだ――リーナ、テイルの疑問を解消してくるといい。君の実家の名前を出せば、見学くらいは許してくれるだろう。もちろん、リーナが嫌でなければだけれど」
「それは構わないけれど……いいの?」
「どの道、面会の取次に時間がかかるだろうし、二人には聞かせられない話もある。正午の鐘が鳴るまでに東棟に来てくれればいいよ」
「わかったわ」
なにやら、俺の分からないところで二人の話が決まり、ジオとセレスさんはさっさと先に行ってしまった。
そして、後に残ったリーナが言った。
「じゃあテイル、行きましょうか」
「い、行くって、どこに?」
「そんなの決まっているじゃない」
言わずもがなのこととばかりに、若干呆れ顔になったリーナは、そんな中でも気が進まなそうな顔で、淡々と告げた。
「ついて来なさい。冒険者の終着点、その一つを見せてあげるわ」
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