第112話 突然の予定


 いつもと変わらない朝――と言うには、第三王子宮での生活という点で嘘があり過ぎるかなと思うけど、それでも最初の日よりは慣れてきたのは間違いない。


 起床してから勝手に部屋を出るんじゃなくて、必ず使用人さんが来るのを待ってから、服を着替え、身だしなみを整えて、案内されるがままに食堂へと向かう。


 朝食の顔ぶれは、ジオ、セレスさん、リーナ、そして俺というのがこれまでだったけど、最近はここにティアが加わるようになった。


 話をする機会ができたのでよくよく聞いてみると、どうやらティアは、俺達が王都に入る前から、第三王子宮に勝手に出入りしていたらしい。

 実際、ジオが帰還した当日も書庫に籠っていたらしいんだけど、


「仕方がないじゃない。ジオお兄様の蔵書は、第三王子の歳費の多くをつぎ込んでいるから、王宮図書館でもお目にかかれない希少本も多数眠っているんですもの」


「じゃあ、なんでずっと姿を現さなかったんだ?」


「……ちょ、ちょっと、古文書の解読に夢中になって、書庫から出るのが億劫になっただけよ」


 ティアはそう俺に言ってのけた上に、当のジオが苦笑いをするだけで、まるで咎めるつもりがない。


「その辺は、僕にも責任の一端があるかな。ここの書庫は何日でも読書に集中できるように、浴室やベッドなど、生活に必要な設備が一通り揃っているからね。セレスに使用を禁止されるまでは、あそこが僕の城だった時代もあったよ」


 そんな会話をしたのが、数日前。


 他にも、俺とリーナの臨時教官を務めてくれているレナートさんかテレザさんが、朝早くから宮殿にやって来て食卓に加わることもある。

 今日はティアの魔法の訓練の日なので二人とも姿を見せていないけど、後で明日用におさらいと予習がてら、体を動かしておくかなと思って席を立った、その時だった。


「テイル。今日の訓練は無しだ。ちょっと僕の外出に付き合ってもらうよ」


「ジオお兄様!先約はわたくしですよ!」


「ティア、僕達は物見遊山のために王都に帰ってきたわけではないんだよ」


 物見遊山どころか、ほとんどの時間をこの宮殿で過ごしている俺が目の前にいるのに、いけしゃあしゃあと宣うジオ。


「それならば、なぜ事前に仰ってくださらなかったのですか!?今日は『ヘルプリズン』からの脱出方法を課題にしようと思っていましたのに!!」


「それについては悪いと思っているよ。なにしろ、予定が本決まりになったのは、ついさっき届いた知らせのせいなのだからね。僕も、今日の予定を急遽キャンセルしてのことなんだよ。だから聞き分けてもらえるね?……それからティア、その課題をテイルに出すのは絶対に止めなさい。確か『ヘルプリズン』は第二級禁術に指定されていたはずだ」


「……わかりましたわ。ジオお兄様がそこまでおっしゃるのなら」


 もともと、俺がジオについて王都に来たのは、ジオの用件に俺が必要不可欠だって話だったことを、今更ながらに思い出す。

 当然、断る理由なんてあるはずもなく、二つ返事で頷いた。


 ――ちなみに、ティアが諦めたのは、今日の魔法の訓練のことなのか、それとも『ヘルプリズン』という魔法の使用のことなのか。

 その疑問の解決が悪い方へと転がることを恐れて、結局朝食の間に訊くことはできなかった。






「ティアはね、僕よりも世渡りが不得手なんだよ」


 朝食の後、第三王子宮に来た時以来の、久しぶりに正装に着替えての馬車の中。

 ちょうど門を出て本格的に馬車が走り出した頃に、不意にジオが言った。


「魔法の才という、僕と似通った特異性を持ちながら、いや、持ったがゆえに、魔導学院ではとかく距離を取られがちだったようでね、ティア自身の気性もあって、結局学友と呼べるほどの関係を築けた同世代は一人もいなかったようだ」


「一説には、エルゼーティア殿下の突出した才能を欲した周囲が互いにけん制しあった結果、共倒れになったとも言われています」


「なるほどね。貴族の学業は、自分達の側近選びやコネの形成を主な目的と取られる向きも多いものね。王女が飛び級で魔導学院を卒業したって聞いて、違和感を覚えた記憶があったけれど、そう言う事情だったのね」


 ジオが話し、セレスさんが補足したところに、リーナが相槌を打つ。

 馬車の中はいつもの顔ぶれだ。


 ――まあ、若干一名、違和感が無いわけじゃないんだけど……


「ところでリーナ。別に宮殿に居つくなとまでは言わないけれど、目と鼻の先に実家があるのだから、もう少し顔を出したらどうなんだい?」


「い、いいじゃない!それに、冒険者ギルドのグランドマスターとアークプリーストの教えを受けられるなんて、金貨千枚積んだって叶わない貴重な体験、みすみす逃せっていうの?」


「君の父君も兄君も、これ以上リーナに強くなってほしくないと思っているはず――それはまあいいとして、今日リーナが、僕達に同行する必要は全く無いはずなんだけれど」


「テ、テイルの護衛よ!」


 そう、もはや馴染みになった常套句を口にしたリーナだったけど、思わぬ伏兵に背中から刺されることになった。


「リーナ様。今日の訪問先は、側仕え以外の護衛は一切不要です」


「えっ?」


 素っ頓狂なリーナの声で、今更ながらに今日の行き先を聞いていなかったことに気づく。


「あれ?テイルには、ジュートノルでとっくの昔に言っていたから、わかった上で同行してくれていたと思っていたんだけれど?」


「ジオ様、親しき仲にも礼儀ありです。こちらがお願いという形を取っている以上、テイルに行き先を告げるのは当然の義務かと」


「それもそうか」と、忠告したセレスさんにあっさりと持論を翻したジオは、何でもない風に言った。


「僕の古巣にして、アドナイ王国における四神教信仰の拠り所。なにより、テイルの力に秘密の核心に迫れるかもしれない、数少ない場所」


 ――中央教会。


「今日の行き先だよ」

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