第111話 訓練訓練訓練


 

 翌朝から、新しい形の訓練が始まった。


 昨日までのような、レナートさんとの実戦に限りなく近い模擬戦だけじゃなく、


 戦士

 スカウト

 魔導士

 治癒術士


 四つの基本ジョブの特性を追求した、専門的なスキルや知識について深く学ぶ訓練だ。


 戦士についてはもちろんレナートさんだけど、スカウトの訓練も兼任するって聞いた時には、はっきり言ってすごく驚いた。

 驚き過ぎて、その時手に持っていたティーカップを床に落としてしまったくらいだ。(もちろん後片付けにきた使用人の人からは冷たい目で見られた)


「昔の仲間に、凄腕のスカウトがいてな。そいつのスキルや技術を魔法で真似てるうちに、大抵のことはできるようになっちまった。本職に学ぶよりも、五感強化の上に初級魔法を操るお前なら、俺のやり方の方が合ってるだろ」


 そう言いながら、長年かけて培ってきたオリジナルの技術を惜しみなく与えてくれた。

 ちなみに、数日前にレナートさんが使った、消える水の魔法剣の種を明かしておくと、強力な風魔法のカーテンで全面を覆って、俺の眼に入る光景を捻じ曲げていたらしい。


 ――理屈として言葉だけは覚えても、まだ技術として身についてはいないけど。






 そして、新しく教官に加わったのが、兄の命令で嫌々という空気を一切隠さずにやってきたジオの妹、エルゼーティア王女だ。

 魔法を教える教官だからだろうか、昨日のゆるふわドレスじゃなくて、ピンク色のとんがり帽子をかぶり、空色のローブを身に纏っている。


「……ジオお兄様が許したのなら、わたくしもティアでけっこうですわ」


 そう言って、改めて自己紹介してくれたティア。


 ――もちろん、本人が言ってくれたとはいえ、王女様を愛称呼びするなんて不敬にもほどがあるんだろうけど、


 たぶん、かなり怒っているんだろうけど、プンスカプンスカって感じのオノマトペが聞こえて来そうなくらいに、口をとがらせながらそっぽを向く仕草が可愛くて仕方がない。

 本当なら、年上として我慢するべきところなんだろうけど、思わず笑みが浮かんでしまった俺に、


「もう!なんで笑っているのですか!!」


 そう言いながら突進してきて、手にしているワンドでポコポコ俺の腹を叩いてきた。

 もちろん全く痛くないのでさらにほっこりする。


 ――ほっこりしたのは、ここまでだった。


「ぎゃあああああああああああああああっ!!」


「こらあ!!逃げるんじゃなくって、魔法で相殺しなさーい!!訓練にならないでしょ!!」


 そう命令しながらワンドを向けるティアに、庭の広さを最大限利用しながら、全速力で逃げる俺。


 そして、二人の間には――


「たかだかファイアボールの連射くらい撃ち落とせなくてどうするのよ!!」


「できるかあああああああああ!!」


 ティアの放つ火球魔法が絶え間なく襲い掛かって、立ち向かうなんてもってのほかの状況。


 その理由は、ティアに先手を取られた以外にもう一つあって……


「まったく、意気地がないんだから。あれでジオお兄様の御友人なんて務まるのかしら?アレク、果実ジュースを」


「はい、こちらに」


 俺の方へワンドを向けたまま、側に控えていた執事さんが差し出したグラスを手に取って、よそ見する余裕すら見せながらコクコクと飲むティア。


 ――そう、力のある言葉を一切紡ぐことなく、ティアは俺目がけて火球魔法を撃ち続けているのだ。


「なによ、無詠唱魔法くらい、ジオお兄様の御友人を名乗るのなら何とかして見せなさいよ」


「姫様。無詠唱魔法を使いこなせる魔導士は十人に一人と聞いております」


「あら、そうだったかしら?」


「はい。その上、姫様の様に連射できる魔力の保有者となると、百人に一人の逸材かと」


「ふふん、当然よ。わたくしは天才魔法王女なんだから!」


 自分で言うか?


 なんていうツッコミすら、逃げ回ることしかできない俺には至難の業だ。


「もう、面倒だわ――じゃあ、あと百発避けられたら、今日の訓練は終わりにしてあげるわ!!」


「あと百発なんて避けられるかあああああああああ!!」


「もう!!それならあと五十発にしてあげるわ!!ただし追尾機能付きの『フレイムホーネット』でね!!」


「難易度上がってんじゃないかああああああああああああああああああ!!」


 けっきょく、その日は五十発の火球魔法が撃ち終わる前に俺の人生が打ち止めになりかけたところで、訓練を終了した。


 ――ちなみに、逃げ回る俺の視界の端、ティアのはるか後ろに、庭師と思える格好のおじいさんが、惨憺たる焼け野原と化したかつての庭を、滂沱の涙を流しながら眺めていた。






 こうなると、欲も出てくるというか、一つだけ欠けていると居心地が悪いというか。

 俺からは絶対に言い出さないけど、治癒魔法に関しても教えてもらいたくなってくる。

 でも、治癒術士の知り合いなんていないしなー、と思っていたところに、


「今日から数日おきに、テイルさんに治癒魔法の手ほどきをします。よろしくお願いしますね」


 やってきたのは、冒険者ギルド総本部で出会った、レナートさんの秘書、テレザさんだった。


 突然の再会に戸惑っていると、


「ここ最近、マスターが何度もコソコソと出かけているので尋も――お伺いすると、こちらにお邪魔していることを吐い――教えていただいただいたので、それなら私の知識と経験も役に立つだろうと、マスターの許可を頂いたのです」


 ……なにか、所々で不穏な言葉が混じった気もしたけど、柔らかな笑みを浮かべているテレザさんからそんな汚い言葉が飛び出すわけがない。

 うん、きっとそうだ。


「そうそう、良い感じですよ。もう少しだけ、丁寧にね」


 テレザさんの教え方は、ティアのスパルタ訓練とは真逆――と言ったらちょっと失礼か。

 でも、包容力がある教え方な上に、美人でいい匂いがして素晴らしい胸のふくらみが――げふんげふん。


「治癒魔法の使い道は、人の傷を癒すだけではないんですよ。こうやって、植物の回復にも一役買うことができるんです。もっとも、人一人の魔力なんて、自然が持つ偉大な御力に比べたら微々たるものですけど」


 そのテレザさんに言われるがままに、俺がファーストエイドを使っているのは、いつもの訓練場――焼け焦げて芝生が死滅した庭の一角だ。

 エンシェントノービスの恩恵のおかげか、黒一色の芝生の土から、徐々に緑の新芽が芽吹いてくる。


「やっぱり、テイルさんは並みのノービスとは一線を画した力を持っているようですね。この分なら、エルゼーティア殿下の火遊びの後始末も、意外と早く終わるかもしれません」


 こんな感じで、あくまでも優しい言葉で教えてくれるテレザさん。


「ふう、こんなものかな」


「もうちょっと頑張りましょうか」


「あ、はい。……これでどうですか?」


「もうちょっといってみましょう」


「……こ、これで」


「まだです」


 その女神のような声が、ゴードンもかくやと思えてきたのに、そう時間はかからなかった。


「も、もう、よろしいんじゃないでしょうか……?」


 にこり


「テイルさんならもっとできるはずですよ」


 声は女神のよう。

 言葉は猛獣使いのよう。


 こと精神的な追い込みにかけては一番きついんじゃないかと思えるほど、テレザさんの追い込みは容赦なかった。


「ちなみにテレザさん、テレザさんがここに来ている間、レナートさんは?」


「あらあらあら………………聞きたいですか?」


「……………いえ、けっこうです」






 事態が急変したのは、そんな訓練漬けの生活が始まって、十日ほど経ってからのことだった。

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