第110話 新しい魔法の教官
「……まったく、出先から急いで帰って来てみれば、僕の宮殿から煙が上がっているだなんて、すわ謀反かと思ったじゃないか。一体どういうことなのか、説明を要求するよ」
豪華絢爛な外出用の装いのまま椅子に腰かける、この宮殿の主であるジオの嘆きを、俺、リーナ、セレスさん、そしてさっき会ったばかりのお姫様とその執事さんが、同じテーブルを囲んで謹聴する。
「いや、知らせを聞いた時には、薄々勘づいてはいたよ。謀反以外で僕の宮殿で故意に火の手を上げられるのは、我が愚妹であるところのエルゼーティアしかいないって。だから、書庫からは絶対に出るなとあれほど忠告したというのに……」
「仕方がないではありませんか、ジオお兄様。こんなに気持ちの良い天気なのですもの。たまには気分を変えて、お外で読書に勤しみたいと思うのは、当然のことではなくって?」
「君の場合、変わるのは気分じゃなくて、周囲の光景なんだよ。まったく、庭師のリンドがこの惨状を見たら泣くよ。確実にね」
そう嘆くジオと、それでもまるで気にした素振りを見せない、ジオの妹。
そして、俺達の目の前、庭に面した一室のガラス越しに広がるのは、見る者全てを楽しませる見事な造作の庭園――じゃなくて、見る者全てを心胆寒からしめる無残な黒一色の焼け野原。
この光景を創り出したのが、ジオの妹にしてアドナイ王国第二王女、エルゼーティアという名のゆるふわお姫様だなんて、実際にこの目で見ていなかったら絶対に信じていなかったと断言できる。
「それにしてもテイル、ティアの火炎魔法からよくも生き残れたものだね。ティアは、王宮直轄の魔導学院で最年少で魔導士の上級職『ブラックキャスター』を取得した、『魔導姫』との異名まで持つ天才だよ」
「それはすごいな。……っていうことは、ジオも魔導士の才能があるのか?」
「まさかまさか。そんな才能が僕にあったのなら、もっと生きやすい人生を歩んでいただろうね――いや、逆に命を狙われ過ぎて、とっくの昔に死んでいたかな?」
「それは困りますわ、ジオお兄様。わたくしのことを多少なりとも理解してくださっているのは、王家の中ではジオお兄様だけですもの」
「そう思うのなら、僕の失点となるような事件を、あまり起こさないでもらいたいものだけれどね……」
「エルゼーティア様の魔法の才は、魔導の大家として名を馳せた、八代前の王妃の血が発現したのではないかと言われています。しかも、火、水、土、風の全ての属性への適性が高く、『エレメントプリンセス』と呼ぶ貴族も少なくないとか」
取り留めのない――というには高貴すぎる兄妹の会話に補足する形で、ジオの脇に立つセレスさんが説明してくれた。
「それよりもだよ!あの芝生の燃え方から察するに、ティアが行使した魔法は『フレイムウェーブ』のはず。あの広範囲殲滅魔法が使われたというのに、ケガどころか、テイルの体に焦げ跡一つ見当たらないのはどういうわけだい?」
「それはわたくしもお伺いしたいところですわ。確かにジオお兄様の御友人を殺す気で放ったのに、消し炭にするどころか、いつの間にかに背後に回られてワンドを取り上げられたんですもの。この狼藉者がどのような手妻を使ったのか、訊かずにはいられません」
「お嬢様、ワンドを取り上げる程度で済ませていただいたお相手を、狼藉者呼ばわりするのはいかがなものかと」
執事さんがフォローしてくれてはいるけど、俺のことを問答無用で焼き殺そうとした張本人とはとても思えない、超然とした態度。
――ある意味で、ジオによく似たお姫様だな……
と思っていると、俺に向けられていたジオの妹の視線が、リーナの方へと移った。
「お久しぶりですね、アンジェリーナお姉様。なんでも、ジオお兄様がいらしたジュートノルで、冒険者をしていたそうで」
「お、お久しぶりです、エルゼーティア様。お元気そうで何よりです」
「なんでも、ご家族の要請で帰省なされたそうですけれど、よくもまあ、わたくしの前にそのような勇ましい格好で現れることができたものですね」
「うっ……」
「やめないか、ティア。リーナとの婚約関係は、僕が出家した時点で事実上切れた話だ。恨む気持ちも分からないじゃあないけれど、リーナに八つ当たりするのはやめなさい」
「でも、リーナお姉様が冒険者になって出て行ってしまったのは事実ではありませんか」
「リーナの人生をリーナがどうしようが、今の僕にどうこう言える義理は無いよ。もちろん、ティアにもだ。それに、この宮殿に押しかけているのはティアの方だ。リーナの恰好をうんぬんする前に、自分の無作法を反省するんだ」
「ふんっ、謝るものですか!!お兄様の冷血!!」
ジオに諭されたのがよっぽど腹に据えかねたのか、ジオの妹はそれ以上何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
「やれやれ、昔はリーナにあれほど懐いていたというのにね。いよいよ反抗期ってことかな?」
「やっぱり私、嫌われてしっまたのかしら」
「言っただろう、反抗期だって。まあ、怒り半分、気恥ずかしさ半分ってところだと、僕は睨んだね。その内話し合える席をセッティングするから、あまり気落ちしないことだ」
めずらしく、リーナを気遣う様子を見せるジオ。
その優し気な顔は、元婚約者としてのものか、それとも妹を思う兄としてのものか。
そんな、ちょっとしんみりとした空気になったところに、
コンコン
「邪魔するよ」
「おや、レナート殿。今頃になって機嫌伺いに来たのかい?」
ちょっと辛らつなジオの言葉に迎えられたのは、いつの間にかにいなくなっていたレナートさんだ。
「殿下、勘弁していただけないですかね。ただでさえ、ネムレス侯爵家に絡めとられて無理やり婿入りさせられたことで厄介に思ってるのに、これ以上やんごとなき方々の知り合いを増やしたくないんですよ」
「それを言われると僕もつらい。多忙の身だろうに、今回も無理難題を押し付けて済まないとは思っているよ」
「いや、テイルの力に関しては、ギルドとしても俺的にも興味があるんで、それはいいんですけどね。……まいったな、こうも先回りされると、こっちのお願いが言いづらくなる」
「なんだい?君と僕の仲じゃあないか。遠慮せずに何でも言ってくれたまえよ」
「いや、どんな仲だよ」
一瞬だけ嫌そうな顔をしたレナートさんは、それでもジオの前にひざまづいて、何事かを囁いた。
そして、話し終えたレナートさんが離れると、納得顔をしたジオがふいに言った。
「テイル、喜んでくれ。新しい教官が見つかったよ」
「新しい教官?なんの?」
「魔法だよ」
そう言ったジオの後を継いで、レナートさんが続ける。
「いやな、一応魔導剣士っていうジョブを得てはいるが、俺の魔法はかなりオリジナルな部分が多くてな。魔法の基礎しか知らないテイルに教え込むには、ちいっとばかし邪道なんだわ」
「ああ、なるほど」
「なるほどって言われると、それはそれでムカつくな」
自分勝手なレナートさんはともかく、確かに教えてもらえるというのなら、王道の魔法の使い方を覚えたいっていう気持ちはある。
「それで、魔法の先生って誰なんですか?」
「決まってるだろ。エルゼーティア王女殿下だよ」
「ああはいはい、ジオの妹さん――はい?」
「ああ見えても、我が妹は、魔導学院を飛び級で卒業した天才だ。しかも、途中で貴族院を辞めざるを得なくなった僕のような異才ではなく、真っ当な天才だよ。魔法理論は基礎から応用まで完璧に習得しているらしいし、なにより、テイルと知己になっているというのが一番の理由だ。テイルの存在を知る者は、できる限り少なくしたいからね」
今度はレナートさんの後を引き継いだジオの言葉に、抗議の声を上げざるを得ない。
「ちょっと待った!!今さっき焼き殺されかけたばかりなんだけど!?」
「大丈夫大丈夫。ティアはそういう遺恨みたいなものは、まったく気にしないから」
「俺が気にするわ!!それに、本人が承知するわけがないじゃないか!!」
「それも大丈夫。常々、僕の宮殿に無断で出入りすることへの対価を要求すると言い含めておいてあるし、何よりティアは、僕の頼みを断ったことがない。おめでとうテイル、明日から本格的な魔法の訓練の開始だよ」
「死ぬ未来しか見えない!!」
そう言っては見たものの、第三王子と冒険者ギルドのグランドマスターの二人の決め事を俺ごときがひっくり返せるわけもなく、翌日からの魔法の訓練に戦々恐々とした半日を過ごす羽目になってしまうのだった。
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