第109話 庭園の姫君と炎の波


「そらっ、行くぞ!!」


 レナートさんの声に応じて、一本だった水の鞭が、六つに分裂する。

 そのうち二つを黒の剣とガントレットで迎撃。

 もちろん、俺の腕は二本しかなく、残り四つの水の鞭を防ぐことも、躱すこともままならない。


 だから――


『イグニッション』 


 初級火魔法による二連爆発で二本を撃ち落とし、残り二本の軌道を爆風で逸らせる。

 その隙に溜めておいた脚力で一気に間合いを詰めて、感心したような表情を浮かべるレナートさんに肉薄する。


「おおおおおお!!」


「よっ、と」


 ガキイイイィン!!


 手加減無用という教官命令を守って、殺す気で放った俺の横一線の斬撃。

 しかし、余裕しゃくしゃくと言った風に革の水筒を持つ方とは逆の手で、片手で抜き放ったレナートさんの剣にあっさりと止められてしまった。


 ――ここまでやっても、まるで届く気がしない……!!


 だけど、レナートさんの考えは違ったみたいだ。


「それだよそれ。ようやっと形になってきた感じだな」


 いったん間合いを取った後で、そう言いながらニヤリと口角を上げたレナートさん。


「テイル。お前の強みは手数の多さだ。剣にガントレットに投石なんかの物理攻撃、それに加えて正確にかつ素早く撃てる魔法もある。しかも四属性まんべんなくって言うんだから、本職も驚きのスペックだ。それぞれの特性を深く理解して、敵との相性を瞬時に悟れるようになれば、大抵の敵に対応できるようになるだろうな」


「そ、そうは言っても、ハア、ハア、――俺の攻撃なんか全然届いていないじゃないですか……」


 手合わせが終わった途端に膝に手をつきながら肩で息をしている俺と、最初の位置からほとんど動いていないレナートさん。

 彼我の実力の差は一目瞭然だ。


「そりゃあお前、俺がテイルの実力を出させないような戦い方をしてるからに決まってるだろうが」


「は……?」


「……テイル、もしかして気づいていなかったの?」


 そう声をかけてきたのは、後ろで俺の無様っぷりを鑑賞していたリーナ。

 俺の戦いぶりを見ながら分析していたらしく、考え込むような素振りを見せながら続けた。


「むしろ、よくもあれだけ動けたものだと感心したくらいよ。私でも、単純な運動量では、テイルの半分も続けられたかどうかだっていうのに」


「テイルの強みは、並の冒険者を軽く凌駕するスタミナだからな。俺ですら、まともに打ち合っていたんじゃ、いくつ体があっても足りやしない。なら、どうすればいいか。簡単な話だ、一方的に消耗させればいい」


 ヒュパン!!


 その音がした時には、俺の足元の芝生が、こぶし大のサイズではじけ飛んでいた。


「俺オリジナルの魔法剣『水蛇』。ちいっとばかし繊細な魔力操作が必要だが、使い慣れればこのくらいのことは朝飯前よ」


「え、剣?鞭じゃなくって……?」


「じゃあ最後に――」


 俺の言葉を無視してそう言ったレナートさんの、革袋を持つ方とは反対の手がその口に伸び、細い水の柱を掴んだ。


「お前の得意分野、自身の危機に応じて力を引き出す『ギガライゼーション』の弱点にも触れておこうかね……『水迅流奥義、兜割』!!」


 その言葉の最後、レナートさんの気合の声が漏れたと思った瞬間――


『使用者の筋力の限界を感知しました。ギガンティックシリーズ、パワースタイルに移行します』


 俺の構えが定まるか定まらないかの刹那――凄まじい圧力が黒の剣の一点に集中。

 気が付いた時には、強制的にパワースタイルを引き出されていた。


 レナートさんの攻撃の正体は言うまでもなく、革の水筒の中にあった水。

 だけど、その圧力と威力はこれまでの比じゃなく、もしこれが俺の体に直接触れていたら一瞬で体を切断されていただろう。

 それに、これまで以上に鞭ならぬ水の剣の細さは増していて、五感強化を使っても視認するのは至難の業だ。


 だけど、一瞬で巨大化したこの黒の剣なら、耐えられる。

 そう思って、今も圧力を加え続ける極細の水の斬撃から、レナートさんへと意識を向けようとしたその時、


「ほい、これ一回死亡な」


 どんな手品を使えばこうなるのか、いつの間にかに俺の背後に回り込んでいたレナートさんが、パワースタイルに移行したデメリットでほぼ剥き出し状態のライトアーマーの背中の装甲に、コツンと本身の剣を当ててきた。






「根を詰めすぎるのはよくないからな。反省と休憩がてら、ちょっとその辺を散歩してくればいいさ」


 最後の攻防の意味、ギガライゼーションの弱点は自分で考えろ。


 言外にそう言われた気がして、臨時教官であるレナートさんの言葉に従って庭を離れた。


「くっ、やあっ、――このお!!」


 今は庭木に遮られているけど、俺の代わりにレナートさんに相手をしてもらっているリーナの声がここまで届く。


 俺に代わる形でレイピアを構えたリーナに、レナートさんが応じた武器は水の魔法剣じゃなく、


「普通の、剣?」


「光栄に思え。なにしろこいつは、先代陛下から直々に賜ったアドナイ十二聖剣の一つ『炎聖剣フラングラム』だ。並の剣なんか一撃で焼き切る、炎熱の魔法を常時発動できる。そのレイピアも相当な名剣らしいから折れる心配はなさそうだが、宝の持ち腐れにならないように、しっかりついて来いよ」


「っ!?言われなくても……!!」


 そう言ってレナートさんに飛び掛かったリーナの後ろ姿を確認した後、庭を後にした。






 主であるジオが帰って来て、活気を取り戻したと思える第三王子宮だけど、庭には人の気配がほとんど感じられない。

 聞こえるのは、遠くの方のリーナの気合を発する声と剣戟。

 それと、近くで庭の手入れをしているらしい伐採の音くらいだ。


 レナートさんの教官命令もあって、これまでも何度かこうして休憩がてら宮殿の中をブラブラしているけど、中だとどうしても使用人とすれ違うことになって、体力的にはともかく精神的には全然休まらない。

 その結果、一人で庭をうろつくことがほぼ日課になっているんだけど、今日は少々様子が違った。


 気づいたのは、本館から少し離れた位置に建っている東屋に、いつもは無人のはずなのに人の気配を感じた時。


 壁などの仕切りが一切ない東屋に、今日持ち込んだと思える純白のテーブルセット。

 そこに、分厚い本が何十冊とうずたかく積まれていた。

 その側には、執事と思える格好の若い男の人が一人直立していて、俺に軽く会釈をしてきた。

 思わず挨拶をし返した後、一通り使用人の顔を見たはずなのに初対面だなという疑問と、俺に対して敬意すら感じられる会釈を送って来たことに違和感を感じた。


 そこまで考えて、本が積み上げられたテーブルの下から短い脚が突き出していることに、ようやく気づいた。


「ここには誰も近づかないように、厳しく命じておいたはずだけれど?」


 その幼い声が東屋に響いた直後、本の隙間からの視線が刺さる。


「使用人という感じじゃあないわね。かといって、警護の者にしては装備がみすぼらしいし、……ひょっとして狼藉者かしら」


「姫様」


 その時、脇に控えていた執事が本の山に後ろにいる誰かに近寄り、何かを囁く素振りを見せた。

 すると、椅子のサイズに見合わない、宙に浮いていた短い脚がぴょんと地面に着地するのが見えた。


 そして、本の山の陰から現れたのは、


「貴方がジオお兄様の御友人なのね。苦しゅうないわ、こっちに来なさい」


 おとぎ話からそのまま飛び出したような、白を基調としたフワフワのドレスに身を包んだ、十歳前後の可愛らしい少女。


「アドナイ王国第二王女、エルゼーティア殿下に有らせられます」


 ……ジオの妹?つまり、お姫様?


 思いもかけない邂逅に固まっていたのが悪かったんだろう。

 最初はすました顔をしていたジオの妹の眉が、いきなり吊り上がったかと思ったら、


「平民の分際で頭が高いのよ、消し炭になりなさい」


『フレイムウェーブ』


 どこから取り出したのか、いくつもの煌びやかな石がついたワンドを手にした、ジオの妹。

 そのワンドの宝石が力ある言葉と共に輝きだしたかと思った瞬間、彼女の怒りを表現したかのような炎の波が出現し、俺目がけて襲いかかってきた。


 ――はあっ!?

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