第107話 マクシミリアン公爵の深謀遠慮
リーナのお兄さん、アルベルトさん。
お屋敷の門前で、門番の代わりに待ち受けていたり。
公爵家の次期当主にしてはやけに武張ったいで立ちをしていたり。
リーナの婚約者候補をなぜか自分の側近として抱え込んでいたり。
とにかく破天荒な言動が目立つ、謹厳実直を地でいくリーナとはある意味で真逆の性格の人。
そんな人から決闘を強要された時、俺はどうやって回避すればいいんだろうか?
まずはお兄さんだ。
さすがはリーナの兄と言うだけあって、その顔立ちは恐ろしいほど整っていて、理知的な印象も強い。
だけど、ここに至るまでの破天荒な言動の数々が、俺が言って聞くような人物じゃないと証明している。
まるで、ジオから聞いた先代のマクシミリアン公爵をほうふつとさせるけど、本当にこの人が次期当主なのか?
余計なお世話と思うけど、心配になる。
次に、お兄さんの父親である、現マクシミリアン公爵だ。
ジオの話を信じるなら、急死した先代の意向をガン無視して第一王子派に寝返った裏切り者。
だけど、実際に会って見た印象だと、物腰の柔らかい紳士でしかない。
今も、息子の蛮行を止めるでもなく、穏やかなまなざしで見守っているだけだ。
最後に、俺が最も――っていうか、ただ一人頼りにするべき、リーナ。
だけど……
「そ、そんな!私を取り合ってテイルが決闘だなんて!ダメよ!絶対にダメ!彼らを鎧袖一触蹴散らした後で私の手を取って駆け落ち、その夜泊まった小屋で、月明かりだけが私達の禁断の愛の睦み事を見ていただなんて……絶対にダメなんだから!!」
――なんかよくわからないし、わかりたくもないけど。
とりあえず、リーナがポンコツになって役に立ちそうもないことだけは分かった。
となると、
「やあやあ我こそは!」 「リーナ嬢を射止めるのは拙者でござる!」 「念願の婚約者の座!」
段々と近づいてくる、ある意味で厄介な婚約者候補達を振り切って、ついでにリーナを連れ出してこのお屋敷を脱出する。
自信は全くないけど、このままこうしていてもジリ貧だ。
そう覚悟を決めて、いよいよ剣を抜き放ってきた婚約者候補達に応戦しようと、黒の剣の柄に手をかけたその時、
「その決闘、待った!」
そこにいたのは、純白の羽毛で縁取りされた深紅のマントを身に纏った、第三王子の名にふさわしい正装で応接室に現れたのは、ジオだった。
「ギリギリ間に合った、ってところかな」
「まったく、アルベルト殿がなにやら画策していると聞いて来てみれば、まさかのテイルとの決闘騒ぎとはね。貴君ら、そこのテイルが平民身分と知った上でもなお、茶番劇を演じ続ける気かい?」
乱入するなりそう言い放ったジオに、婚約者候補達が戸惑いながらその場にとどまる。
それでも剣を収めないのは、主であるお兄さんに遠慮してのことなんだろうけど、そんな逡巡を決して許さない人が、ジオの前に進み出た。
「あなた達、ジオ様の命を無視するとは、ずいぶんと偉くなったようですね。その傲慢さに剣の腕が見合っているかどうか、私が見極めてあげましょう」
「げええっ!!『氷の微笑み』!?」 「セ、セレス先輩だと!?」 「おっと、急用を思い出したぞ!」
「遠慮することはありません。騎士の本分を忘れて、縁談話に現を抜かすほど暇を持て余しているのでしょう?そのねじ曲がった性根を叩き直して差し上げます。さあ、庭に出なさい。でなければ、この場で調教を始めてもいいのですよ」
「「「うわあああああああああっ!!」」」
その絶叫と共に、我先にと応接室の扉から逃げ出した婚約者候補達。
その後をゆっくりとセレスさんが追っていった後、冷や汗を額に浮かべるお兄さんの呟きが聞こえてきた。
「な、なぜここに殿下が……まさか、父上!?」
そのお兄さんの視線を受けたマクシミリアン公爵は、至って涼し気な顔のまま、冷めかけのお茶を口にしている。
どうやら、挨拶回りに王都中を飛び交っているはずのジオがこのタイミングで現れたのは、ただの偶然じゃないらしい。
「仕方がなかろう。いくら私が反対しても、次期当主の務めだと言って聞く耳を持たなかったではないか。リーナのことは本人に任せるのが一番だ、アルベルト。私が、お前のやり方にほとんど口を出していないのと同様にな」
「しかし父上!それではあの御方の横槍に、リーナ一人で抗しろと言っているようなものではありませんか!」
そう言いながら、ジオの方をちらりと見たお兄さん。
――なんだ?ジオに関係する厄介事でもあるのか?
「それでもだ、アルベルト。私は、リーナが冒険者になると出奔した時から、あれに貴族としての責務を負わせることを諦めている」
「父上!!」
「まあ聞きなさい。お前が、先代の遺言に背いた私に反感を持っていることも、かつてのマクシミリアン公爵家の威光を取り戻そうとしていることも分かっている。だが、これまでの王国貴族のやり方が、必ずしもリーナの幸せにつながるわけではない。そのことに――今王国に、人族に降りかかろうとしている危機に気づけないようでは、マクシミリアン公爵家をお前の代で潰すことになりかねぬぞ」
「ち、父上、一体何を仰っているのです……?」
「妹の将来ばかり気に掛けていないで、少しは政治にも目を向けなさい。私から言えるのはそれだけだ」
「アルベルト殿、これから公爵との会談の予定でね。マクシミリアン公爵家の次期当主として、承知しておいてもらいたい話もある。突然ですまないが、同席してもらえるかな」
そう言いながら俺とリーナの方に視線を向けてきたジオは、ここは任せて早く行けと言わんばかりに小さく頷いてみせた。
「アンジェリーナ=フラム=マクシミリアンって言うんだな」
「ふぁっ!?」
公爵邸からの帰りの馬車の中、なぜか照れたままのテンションのリーナにどう話しかけたものかと考えた結果、とりあえず突っ込むべき点は突っ込んでおこうと思って言ったところ、彼女が固まった。
「しょ、しょしょしょ、しょれは、しょの……」
「い、いや、話したくないんなら無理に聞くつもりは……」
「べ、べつに、隠そうと思ってたわけじゃあ、ないのよ?」
「それはわかってるよ」
過去のリーナの言動を思い返してみると、言い澱んだりしたことは何度かあっても、あからさまに嘘を言ったことは一度も無かったと思う。
それはそれで、一つの誠実だ。
「まあ、あらかた事情はわかったし」
「う、うん……」
「リーナの心の準備が整った時、リーナが言いたくなった時に話してくれればいいよ」
「うん……」
さっきとはちょっと違う、ほのかに頬を染めたリーナを見て、俺は窓越しによく見える王都の景色の眺めに集中することにした。
中身はともかく、表面上は何事も無く済んだリーナの帰省から帰ってきたところ、いつもは最低限の言葉で出迎える宮殿付きの執事さんが、リーナの耳元に顔を寄せて言った。
「客人が見えられています」
「客人?」
「はい。殿下の紹介状をお持ちでしたので、応接間にお通しいたしました。お二人をお待ちです」
ここで俺ではなくリーナの方に顔を向ける辺り、まだまだ宮殿の人達との心の距離が縮まらないなと思いつつ、応接間に。
そこで待っていたのは、意外でありつつも、リーナだけじゃなく俺もよく知っている人物だった。
「よう、一日ぶり。思っていたよりもお早い御帰還だな」
「レナートさん!?」
「ほれ、とっとと着替えて来い。一応、延長オプション付きの契約だが、時間は有効に使わないとな」
「契約?時間?グランドマスター、どういう意味ですか?」
面食らっている俺の代わりに、レナートさんに問い質すリーナ。
それに対する、冒険者ギルドグランドマスターの答えは簡潔だった。
――理解しやすいとは、到底言えなかったけど。
「特訓だ、特訓。まだまだエンシェントノービスの恩恵を使いこなしているとは言い難い、テイル、お前のな」
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