第105話 おかしな門番


「まったく、今思い返してもモヤモヤするわ。いくらグランドマスターだからっていって、横暴にもほどがあるわよ!!」


「ま、まあまあ。レオンの件じゃ助けてもらったわけだし、別に実害があったわけでもないし」


「実害はあったじゃない!ケガさせられたっていうのに、テイルは怒ってないの?」


「い、いや、そう言うわけでもないんだけど……」


 リーナの怒り様が凄すぎてちょっと気が削がれてる、なんて本人にはとても言えず。


 ちなみに、ちょっとした押し問答みたいになっているこの場所は、冒険者ギルド総本部からの帰り――ではなく、その翌日の馬車の中だ。

 昨日と同じシチュエーションになったから、リーナの中で怒りの記憶が呼び起こされてしまったらしい。


 あの後、謎の言葉を連ねたレナートさんに対して、(ほとんどリーナが)疑問をぶつけてみたけど、


「んー、教えてやってもいいんだが、俺が言うのはフェアじゃない気がするなー。まあ、その辺のことは、大変深い見識をお持ちの第三王子殿下に聞いてくれ。多分、俺より詳しくわかりやすく話してくれるだろうさ」


 そう突き放された上に予定が詰まっていると言われて、昨日は半ば追い出されるように冒険者ギルド総本部を出ざるを得なかった。


 ――まあ、それはいい。


 レナートさんの言葉を信じるなら、第三王子――ジオが詳しく知っているということだし、そもそも王都まで付いてきたもの、エンシェントノービスの謎を知るためという意味もある。

 唯一の不満は、肝心のジオが帰還の挨拶とやらで、王都に来てからというものほとんど顔を合わせていなくて、いつになったら話を聞けるのかっていう点なんだけど、そこは大人しく待つことしか今はできない。


 問題は、昨日リーナの用事に付き合ったはずなのに、今日もまたこうして馬車に乗せられているってことだ。


「ところでリーナ、そろそろ今日の目的地を教えてもらってもいいか?」


 サッ


 そう言った途端、今まで怒り心頭のテンション上げまくりだったリーナが、一瞬で顔を逸らした。


「そ、それはちょっと……」


「それはないだろ。どうせすぐにわかることなんだし、今言えない理由なんてどこにも無いはずだ」


「だ、だって……」


 おかしい、なんてものじゃない。

 あのリーナが珍しく言い澱んでいる。

 完璧主義でいつでも堂々としている――いや、最近はそんなキャラがかなり崩れてきてはいるけど、それでもリーナらしくない態度なことは間違いない。


 そう思って、口を割るようにじっとリーナのことを見ていると、


「ちょ、ちょっと暑いわね!窓を開けるわよ!」


「お、おい、窓を開けたら危ないんじゃないのか?」


 王都に着いたばかりの時に、高級馬車を狙った犯罪がどうとか言っていた気がしたけど、リーナは気にした風もなくカーテンを開け、両開き式の窓を開けて風を入れる。


「心配しなくても大丈夫よ。この辺りは、王都の中でも特に治安の良い区画で、警備の衛兵もそこら中にいるから、良からぬことを企んで道端に立っていると悪目立ちしちゃうのよ。ほら、あんな風に――」


 確かに、窓から見える景色は、小綺麗な邸宅が整然と並ぶ街並みで、ジュートノルではお目にかかれない気品のようなものを感じさせる。

 そしてリーナが指差した先には、何人かの衛兵が取り囲んでいる様子が、ゆっくりと走る馬車の中からはっきりと見えていた。


 だけど、


「ん?なんか変じゃないか?」


「……確かに、あの法衣は『法術士』。治癒術士の上位職がなんでこんなところに?」


 馬車の速度が遅いおかげもあって、何が起きているのかがはっきりと見える。

 不審者らしき男を衛兵が四人がかりで道端で押さえ込み、側で法衣の男性が魔法を使おうとしているみたいだ。


 そして最後に、取り押さえられている男の顔を見た瞬間、全身に鳥肌が立った。


「グルウウォオオオオオオオオオ!!」


 瞳は色を失って白濁として、顔からは血の気というものが一切なくなり青黒く変色している。

 なにより、どう見ても正気を失って暴れながら、人族では決してあり得ない、聞く者全てを恐怖に陥れる雄たけびが、男が取り返しのつかない状態に陥っていると確信させた。


「アンデッドね」


「アンデッド?」


 いつもより幾分か低いリーナの呟きにオウム返しに訊くと、少しだけ不快そうな声色で続けてくれた。


「ゾンビ、死人、動く屍。土地によっていろいろ呼び方があるけれど、命を失いながらこの世をさまよう埒外の存在。その根源は諸説あるけれど、冒険者ギルドでは『魔物』という扱いで、討伐義務を課しているわ。特に、街中で出現した時は最優先事項として」


「あれが……?」


 ここは治安がいい区画じゃないのか?

 そんな意味を込めてリーナを見ると、


「おかしいわね。普通、アンデッドが出現するのは死体が多くある場所、墓地がほとんどよ。王都に出ないこともないけれど、それだってスラム街とかに限定されるわ」


「じゃあ、あれは?」


「……何とも言えないわね。たまたま衛兵の目を掻い潜って、スラムからここまで来たのかもしれないし――だけれど」


 その時、法術士の持つ杖が白い光を放ったかと思うと、眼下のアンデッドの男に向かって降り注いだ。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 白い光を浴びたアンデッドが絶叫を上げながら、腐敗した体が掻き消えていく。

 運悪く、その光景がばっちり見える地点に馬車が進んでいたので、アンデッドの断末魔?の瞬間をしっかりと観察する羽目に陥っていた。


「テイルさえ良ければ、後で宮殿の執事に詳細を調べさせるけれど?」


「……頼む」


 あまりに気持ちの悪い光景を目撃して、二度と見たくないし思い出したくもないと思ったのは本当だ。

 ただの偶然だった、運が悪かっただけだと思いつつも、言い知れない不安を感じたのはエンシェントノービスの鋭い五感のせいだろうか。


 その真偽を知るのは、少し先の話だった。






 高級区画を通ったのは、きっとただの通り道だ。

 そんな俺の半分願望の予想は、やっぱりというか完膚なきまでに打ち砕かれた。


 今、馬車が走っているのは、邸宅という枠を超えた、お屋敷とか宮殿とか言われる規模の建物を奥に見る、広すぎる庭の柵に沿った石畳の道。


 その中間地点と言える門の辺りで、奇妙なものを見つけた。


「なあリーナ」


「な、なななにになに?」


 さっきからさらに挙動不審になっているので我慢していたけど、さすがにあれはがなんなのか聞きたい欲求を抑えられずに、リーナに声をかける。


「あの門番、変じゃないか?」


 これだけの広い敷地だ、門番がいるのは当然のこと。

 だけど、門番にしては槍も持っていないし、鎧も違う気がする。

 なにより、二人一組が基本のはずなのに、立っているのは一人きりで門のど真ん中に仁王立ちしている。

 ――いや、腰に剣を携えている姿が様になっているから、それなりに心得はあるんだって推測は立つ――立つんだけど、どうにも雰囲気が違うというか、気品が溢れ出ているというか……


「あ、ああああああ」


「リーナ?」


 まだ挙動不審なままなのかと窓からリーナに視線を向けてみると、違った。

 門番の姿を見て、雷に打たれたように震えていたのだ。


「兄上!!」


「兄上!?」


 リーナの言葉に釣られて、視線を窓の向こうに戻す。

 衛兵のそれとは一線を画す、質実剛健を絵にしたような実用的な鎧が、筋骨隆々な肉体によく似合っている。

 一見すると似ても似つかないいで立ちだけど、髪の色といい瞳の輝きといい端正な面立ちといい、リーナとそっくりな点もちらほら見える。


 そしてその眼がこっち――馬車の方に向いてリーナの姿を認めた途端、


「リーナアアアアアアアアアッ!!」


「いやああああああああああっ!!」


 屋敷の主の一人が門番をしているという、平民の俺ですらびっくり仰天の状況。

 それが現実だと証明するかのように、お兄さんの大喝とリーナの絶叫が、一帯に響き渡った。

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