第104話 突然の模擬戦 下


「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ!!いくらなんでもそれは無いだろ!!」


 C級冒険者パーティ『草原の鷹』のキースさんの声が、訓練場に木霊する。


 冒険者ギルド総本部、グランドマスターのレナートさんの指示の元、突然始まった訓練。

 その第二弾であるパーティ同士の模擬戦を始めようとしたところで、キースさんの戸惑い混じりの異議が出た。


「おいおいどうしたんだキース、そんな情けない声を出して。先輩の名が泣くぞ」


 キースさんに落ち着いてもらうためだろう、ちょっとおどけてみせるレナートさんの気遣いにも、当の本人はお構いなしに言った。


「どうしたもこうしたもあるかよ!――レナートさん、アンタも冒険者の基本中の基本を忘れたわけじゃないだろう?戦士、スカウト、魔導士、治癒術士。この四つのジョブが組み合わさったバランス型パーティに、経験が少なくて、しかもたった二人のパーティじゃ勝負にもなりはしねえって。俺には後輩をいたぶる趣味はないぜ」


 すでに準備を済ませて、後は訓練開始を待つばかりだったので、キースさんの物言いには気を削がれた気分になったけど、言われてみれば納得できる言い分だった。


 ――俺のことを知らないっていう前提あってのものだけど。


「何を言い出すのかと思えば……ちょっと待てと言いたいのはこっちの方だぞ、キース」


「ああ?」


「最初に言っただろうが。『俺の指示は絶対』だって――まあ、ここまでイレギュラーな訓練もそうはないだろうから、お前が戸惑うのも分からんじゃないが」


「……黙ってあいつらの相手をしろってことか?」


「そういうことだ。戦った後でもまだ不満があるなら、その時に話を聞いてやる。もちろん、報酬の追加も込みでな」


「そういうことなら文句はねえよ――やるぞお前ら!後輩達には悪いがこれも仕事だ。せいぜい先輩の壁の高さを教えてやろうじゃねえか!!」


 キースさんの檄に三人の仲間がすぐに応じ、臨戦態勢に入ったのがここからでもわかる。


 それを見たリーナが、


「じゃあテイル、さっきの手はず通りでいいのね?」


「ああ、頼むよ。俺じゃ、冒険者の連携ってのは分からないからな。リーナはリーナの役割を果たしてくれれば十分だ」


「その代わりに、私は目の前の相手に集中していいのよね?」


 そう言ったリーナは、俺の返事を待たずに前に立った。


「なんだ?男のくせに女に守ってもらおうって話かよ」


 せせら笑うようなキースさんの声が聞こえるけど、気にしないし気にするつもりも無い。

 ――なにしろ、キースさんの言葉が的を射ているのは間違いないんだから。


『マジックスタイルに移行します』


 漆黒の光が俺の体を包んだ後、闇色のマントと夜色のとんがり帽子が特徴のマジックスタイルが、キースさん達の眼に晒される。


「なっ、変身した!?」


 ――驚きの声が上がった、今が勝負。


「はあっ!!」


 自慢のレイピアを抜きつつ駆け出したリーナ。

 それを支援するために、次々と力ある言葉を紡ぐ。


「んなっ!?」 「足が!?」


 クレイワークでキースさん達の辺りの地面に柔らかくして足場を揺るがし、


「ぐううっ!!」


 サイクロンでリーナへ文字通りの追い風を送ると共に、相手が前を見られなくなる程度の強風を巻き起こし、


「このっ『ファイヤーボール』!!――いない!?」


 魔導士の人の怒りが込められた火球魔法が放たれる頃にはマジックスタイルを解除し、キースさんの剣を合わせているリーナの後を追って走り出していた。


「野郎!!」


 それに気づいたスカウトの人が、どこに隠し持っていたのか懐から二本の投げナイフを取り出すや否や、俺目がけて投擲。

 もしこれがリーナを狙っていたのなら、命中した可能性は高い。

 だけど、本職までは行かずとも、鋭敏な感覚を持っている俺には通用しない。


「ふっ」


 気合を入れつつも軽さを重視した斬り払いを二閃――金属音を響かせながら投げナイフが二本とも明後日の方に飛んでいく。

 いよいよ飛び道具が無くなったのか、腰の双剣を抜いて構えたスカウトに、俺は黒の剣で応じる――わけもなく、


「イグニッション!!」


「ぐはあっ!?」


 距離が詰まり切らない内に着火魔法でスカウトの人を吹き飛ばす。


「え?え?」


 気絶したかどうかはともかく距離は取れたと確信して目線を切り、目の前にいた魔導士の無防備なみぞおちに、黒の剣の柄頭を叩き込んで悶絶させ、


「わあああ!?来ないで来ないで!!」


 唯一の女性である治癒術士の人には、剣の腹でその手首に軽い一撃を加えて杖を落とさせ、無力化した。


「ぐうう、この!女にしてはやるじゃねえ……か?」


 最後に、俺に思いっきり背中を晒した格好で、リーナと丁々発止の立ち回りを演じていたキースさんの背中に切っ先を突き付けた。


「勝負あり!!勝者、テイル・リーナ組!!」






「すごいなお前ら!!今度一杯奢らせてくれ!約束だぞ!!」


 勝負ならぬ訓練の後。


 後輩に、しかも即席の二人組パーティに負けて、悔しがるか逆恨みするかと思っていた俺の予想は大きく外れ、そう言って度量の広さを見せたキースさん達「草原の鷹」は、にぎやかに訓練場を後にしていった。


 残ったのは俺と、久しぶりに思いっきり体を動かせてご満悦のリーナ。

 そして、


「いやー、見せてもらったよ。リーナ嬢を前面に立たせることで、あえてそれ以外の役割を一手に引き受け、瞬く間にキース以外の三人を無力化する手際の良さ。さすが、最古にして最初のジョブと言われた『エンシェントノービス』の力だ――もっとも、見せてもらいたいものはもう一つだけあるけどな」


 その瞬間、


 ヒュパン


「うあっ!!」


 その音と鋭い痛みが走ったのは、全くの同時だった。


「テイル!」


 リーナが叫んだ時には、ライトアーマーの隙間、右の二の腕から少なくない血が噴き出していた。


「ほらほら、早く血を止めないと、その出血量だとけっこう危ないぜ」


 何をされたのかはわからない。

 だけど、俺が傷を負う直前にレナートさんの革袋の水筒を持つ手が翻ったことと、きっと無関係じゃないんだろう。


 ――これが、上級職の実力なのか。


「テイル、とにかく血を」


「あ、ああ。『ファーストエイド』」


 リーナに言われて自分の状態を思い出し、初級治癒魔法をかける。


 白い光が温かさを持って、傷口を塞いでいく。

 俺にとっては見慣れた光景。

 だけど、レナートさんにとっては違うみたいだ。


「さすがだな。戦士、スカウト、魔導士、治癒術士。一見その全てに劣っているようで、実はその全てに、あらゆる環境に対応できる。やり方次第では、互角以上に」


「レナートさん?」


 そうだ。俺がレナートさんの攻撃を避けられなかった理由。

 意識の外から、目にも留まらない早さだったからだけじゃない。

 俺の五感強化に全く引っかからないほどに、殺気が無かったんだ。


「俺ですら嫉妬を憶えるというのに、の心中は如何ばかりだったんだろうな。忘れ去られた英雄――エンシェントノービスの力を目の当たりにして」

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