第101話 遭遇のレオン


「まさかお前の方から王都に来るなんてな!余計な手間が省けたぜ!」


 金貨と見間違うほどに眩い髪、水面の様に透き通った青い瞳、美青年と呼ぶにふさわしい端正な顔立ちに、粗野な物言いでもどこか人を惹きつける魅力のある声。


 同期の中ではトップの実力を誇る冒険者、レオンが、俺とリーナの方へと近づいてきていた。


 ジュートノルで会った時よりもさらに高価そうなヘビーアーマーを身につけ、街中ということで配慮しているんだろうか、背負っていた大剣の代わりに、流麗な細工が施された剣を腰に帯びている――これほど吟遊詩人の歌に出てきそうな冒険者もそうはいない。

 そして、あのレイドパーティのリーダー格にして、良くも悪くも俺の運命を変えた張本人だ。


 あの時、俺を見捨てた選択が、絶体絶命の危機の中で仕方がなかったとしても、二十四人のレイドパーティの中で唯一、明確な悪意を持っていたのはレオン一人だけだった。

 あれだけの嘲りの視線を、ダンジョンに置き去りにされる俺に向けることの出来たレオンだ。ひょっとしたら、あの動く鎧のトラップが無かったとしても、どこかしらで事故に見せかけて俺を殺そうと動いていたかもしれない。


 そう考えると、レオンを見る目も自然と厳しくなるしかないんだけど――


 どうやら、あの時のことを忘れられないのは、俺だけじゃなかったみたいだ。


「こんなにあっさり見つかるなら仲間も連れてくればよかったぜ!まずは俺のホームに――っ!?」


 上機嫌で一方的に話すレオンの視線が、リーナの隣にいる俺の方にふいに向いた瞬間、氷漬けになったように奴の足が止まった。


「……てめえ、まさかそんなはずは……ありえねえ!!てめえは死んだはずだ、テイル!!」


 殺気混じりのレオンの声が玄関ホールに木霊し、道行く人達の足を止める。

 周りの音がホールを行き交う雑踏から、俺達に注目しているざわめきに変わり始めているというのに、レオンの親の仇を見るような俺への殺気は収まるどころか、ますます強くなっていく。


 でも、この中で、さすがにこれ以上のことはしないだろうと高を括った俺の眼に、レオンが腰の剣に手をかけるのが見えて――


「レオン!!」


「リーナ……?どけっ!!」


 その姿が、俺の前に躍り出たリーナの背中で隠れた。

 そして、リーナの手は腰の剣の柄に置かれている。

 どうやら、危機感もなくボーっとしていた俺を庇ってくれたらしい。


「レオン、何をしている……?」


 そして、レオンの方にも制止の手がその肩に置かれた。


「邪魔すんじゃねえ!!」


「バカを言うな。ギルド内での乱闘はご法度だとお前も分かって――リーナ?それに……まさかテイルか!?」


 その驚く声にも、治癒術士の衣装に身を包んだ落ち着いた雰囲気にも、覚えがあった。

 レオンのパーティメンバーで、リーナの元仲間、そして俺の元同期でもあるロナルドだ。


「わかったなら手をどけやがれ!!奴の口を塞がねえと、後々面倒なことになるんだぞ!!」


「レオンっ!!あなたはどこまで……」


「……いくらなんでも、何の罪もない平民を斬らせるわけにはいかないぞ。算段はできているんだろうな?」


「ロナルド!?」


「へっ、それなら、アンデッドってことにでもして、殺した後で丸焼きにしちまえば証拠も残らねえ。今なら、親父に頼んで役人の二、三人にでも金を掴ませりゃ、どうにでもなるだろ」


「なるほどな、一応の筋は通っている――どけ、リーナ。レオンが一度こうなったら、絶対に止まらないぞ」


「ロナルド、あなたまで……!!」


 狂気としか言いようのないレオンの言い分。それに賛同したロナルドが、手にしていた杖をこっちに向けてきた。

 そして、すでに周りには人垣ができていて、逃げるタイミングを失っている。


「お、なんだなんだ、ケンカか?」 「しかも若い男と女だぞ!痴情のもつれってやつか!ギャハハハ!!」



 どう見ても一触即発の危険な状況。

 だというのに、俺達を取り囲む冒険者達は戦いをけしかけるようなヤジを飛ばすばかりで、止めるどころか距離を取る素振りすら見せない。


「無駄よ。冒険者なんて生き物は揉め事が大好きなのよ。レオン達を突破するか、ギルドが本気で止めに来るまでは、逃げられないと思った方がいいわ」


 そう言いながら、スラリと剣を抜いたリーナ。

 なら覚悟を決めるしかないと、俺も黒の剣の柄に手をかける。


 単純な数は互角。

 なら、リーナを援護しながら脱出の方法を探るべきかと思った、その時だった。


「なんじゃなんじゃ、この人だかりは。おおレオン、何を遊んでおるのじゃ?」


 そう言いながら人垣を掻き分けて入ってきたのは、薄汚れた灰色のローブに身を包んだ老人。

 手には、うっすらと錆の浮いたロッドを手にしている。


「ゼゼルネフ!!何回遅刻すりゃあ気が済むんだ!!」


「すまんすまん。年を取るとどうも昨日の酒が抜けなくてのう」


「ちっ、まあいい。今日は小言は無しにしてやるから、手伝え!!」


「ほう、相手は身眼麗しい娘か。大方、その後ろに隠れた若造に寝取られた仕返しと言ったところか?」


「うるせえ耄碌ジジイ!!てめえから斬ってやろうか!!」


「おお、怖い怖い。最近の若者はキレやすくてかなわん。どれ、さっさと騒ぎの元を鎮めるとするかのう」


『ウインドプリズン』


 そう言った老人の口から、短くも強力な魔力の籠った言葉が紡がれたかと思うと、突然俺とリーナを中心に、つむじ風が激しく渦巻き始めた。


「レオン、下がれ!!」


「このクソジジイ!!」


 レオンがそう叫びながら、ロナルドに手を引っ張られつつ俺達から距離を取り始めた。


 ――何かはわからないけど、まずい!!


 そう直感して、なりふり構わずに自分の中の魔力を一気に高める。


『使用者の魔力の限界を観測しました。ギガンティックシリーズ、マジックスタイルに移行します』


「『イグニッション』!!」


 マジックスタイルに移行したのを確認することもなく、次第に俺達を取り囲みつつある不可視の風の檻を破壊するために、周りに被害を出さない限界まで魔力を込めた着火魔法を行使する。


「ほほう!!」


「テイル!?」


 直後、周囲の空間ごと爆ぜた檻の穴から脱出しようとリーナの手を取ったけど、


「じゃが、それではワシのウインドプリズンは破れんのう」


 俺達が脱出するよりもはるかに早く、穴は旋風によって修復されてしまった。


「さて、とりあえず檻の中の空気を薄めて、意識を奪うとするかのう」


 そう、ゼゼルネフと呼ばれた魔導士の老人が言った瞬間、俺の意思に反して体がグラつくのを感じた。


「テ、テイル……」


 視界が揺らぐ中、手を握っているリーナの声も弱々しく聞こえる。


 まさかこんな場所で襲われると思っていなかった油断が、こんな事態を招いたのかと後悔しかけたその時、



「いやいや、さすがにこんな暴挙を見逃すわけにはいかんでしょ」



 ヒュパン


 聞こえたのは、俺の頭の上の空気を鋭く切り裂く、透明ななにか。

 そしてその瞬間、俺とリーナの意識を奪おうとしていた風の檻が瞬く間に消失した。


「ああ?なんだてめえは!!」


「い、今のは」


「む、お主……」


 閉じかけていた目を気力を振り絞ってなんとかこじ開け、新たな乱入者の声がした方へと向ける。


 そこにいたのは、


「きみたち、ここがどこだかわかってる?冒険者ギルドの総本部だよ。こんなことして、どうなるかわかってるのか?」


 だらしなく服を着崩し、革の水筒だけを手にした中年の男が、二つに割れた群衆の間を歩いてきていた。

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