第100話 待ち伏せの冒険者ギルド総本部
甘かった。
なんで俺は、行き先も訊かずにあっさりと了承したんだ?
いや、肩身の狭い第三王子宮で一日中一人で過ごすより、リーナにくっ付いて外出した方がいいと思ったのは事実だ。
実際、外に出ることもできずに、使用人達の冷たい目に晒されながら、何をするでもなく一人で部屋に閉じこもっている自分の姿を想像すると、正直ぞっとする。
俺を誘ってくれたリーナの真意を考えなかったのも失敗だ。
最近急激に心の距離が縮まったせいか、リーナの言葉に裏があるなんて思いもしなかった。
――いや、そう言うと、まるでリーナが俺を陥れたみたいな感じになってしまうけど、むしろ俺についてきてほしくて誘ったんだろうなと、隣に座る、きめ細やかな肌の横顔にある憂鬱そうな色を見ればわかる。
移動手段が第三王子宮の馬車というのも良くなかった。
例のごとく、窓のカーテンを閉め切っての移動だったので、到着するまで外の景色どころか目的地すら知る術が無かった。
まあ、知ったところで、王都に不案内な俺にどうこう出来たわけでもないんだけど。
だから、到着した目的地――正面玄関に堂々と掲げられた「冒険者ギルド総本部」の看板を見た時、俺の顔はきっと引きつっていたと思う。
ジュートノルの中心たる政庁舎とは縁がないって印象だけど、冒険者ギルドに関しては、相性が悪い。
というより、俺が悪い。
そりゃそうだろう。
半年間、冒険者としてのイロハを教えてもらっておきながら、卒業直前に一方的に退学しているんだから。
金貨一枚っていう大金を払ったんだから当然の権利だとは思いつつも、退学以降はいつも微かな後ろめたさが付きまとっている。
元同期に会いたくないという意識も手伝って、何となく冒険者ギルドの前は通りづらい。
「じゃあ、受付に行ってくるわ。ちょっとここで待っていて」
そう言って奥のカウンターの方へ歩いて行ったリーナを見送って、改めて冒険者ギルド総本部の玄関ホールを眺めてみる。
見るじゃない、眺めるだ。
そう言えるほどに、冒険者ギルドの中心地であるこの場所は、とにかく広い。
ジュートノルの支部がすっぽり入りそうなほどの奥行きがある玄関ホールには、冒険者や職員、依頼人らしき人達が絶えず行き交い、玄関近くのベンチに座っている俺からは、反対側の受付カウンターがよく見えないくらいだ。
その受付カウンターも、数えるのが億劫なくらいに間仕切りがされていて、そこに職員と相対する冒険者や依頼者の背中がずらっと並んでいる。
残る両側面には、依頼と思える大小の紙が所狭しと張り出されていて、そこにもたくさんの人だかりができている。
まさに、総本部の名にふさわしい光景だなと、ただただ感心していると、
「お待たせ」
いつの間にかに帰ってきていたリーナが声をかけてきた。
『C級以上の冒険者には、冒険者としての活動が無くても、移動だけでギルドへの報告義務があるのよ』
ギルドの中に入る前に、言い訳のような口ぶりだったリーナの言葉を思い出しながら、「もういいのか?」と返してみると、意外にも首を振られた。
「なぜかわからないけれど、奥で詳しく話を聞きたいらしいの。同席してくれたら嬉しいんだけれど……」
「わかった」
これが第三王子宮の中だったら迷っただろうけど、ここまでついてきておいて今更断るもあったものじゃないだろう。
特に逡巡することもなく、リーナに頷いて見せた。
「冒険者管理部のグリウスだ。そこにかけたまえ」
妙にリーナに対してだけ物腰の低い職員に案内されたのは、玄関ホールの奥にある応接室の一室。
そこで、奥の方の椅子に座って待っていたのは、案内の職員とは親子ほどの年の差がありそうな、ギルドの制服をダンディに着こなす壮年の男性。
リーナと俺を見るなりテーブルの反対側の椅子を勧めてきて、すぐに話を始めた。
「C級冒険者リーナ。現ホームはジュートノル。間違いないか?」
「ええ、その通りよ」
「王都に来たのは私的な理由であって、ホームを移す目的ではないのだな?」
「そのつもりは今のところは無いわ」
「では、C級パーティ『青の獅子』を脱退したのは事実かね?」
「……事実よ。それがなに?」
そう答えたリーナの顔が、嫌なことを思い出したかのように歪んだ。
「脱退の理由は?」
「方針の不一致よ」
「だから、方針が合わなくなった理由を聞いている」
「プライベートなことよ。そもそも、冒険者ギルドが、いちいち個人の事情にまで首を突っ込むの?そんなルール、聞いたこともないのだけれど?」
言葉を重ねるたびに、リーナの口調が尖っていく。
俺なら尻込みしてしまいそうな剣幕だけど、グリウスと名乗ったギルドの職員は特に意に介した風もない。
「それはあくまで、ギルドの運営に支障が出ない範囲での不文律だ。我々の判断次第では、それを押して冒険者個人の問題に介入することもある」
「それなら、まずは私にその判断の材料を教えるのが筋じゃないの?いったい、どこからの圧力で私を問い詰めているのかしら」
そう、逆に問い詰めるような物言いのリーナだったけど、その声色からは特に怒りの感情は見えない。
――まるで、この会話自体が予定調和なのかというように。
リーナの詰問にしばらく黙っていたギルド職員だったけど、やがて何かを決めたように話し出した。
「……察している通りだ。昨夜遅く、とある筋からギルドに問い合わせがあった。曰く、C級冒険者リーナの所在確認と、青の獅子への復帰の意思の確認を要請してきた。その中で、ギルドから復帰を促せと、暗に強く言ってきた。この面談は、その問い合わせに応えたものだ」
「やっぱりね。相変わらず、こういうことだと動きが早いというか……」
ギルド職員の話を聞いて、さっきよりもさらに不快そうな顔つきのリーナだったけど、その一方で、どこか納得気のある雰囲気も見せていた。
――いやいやいやいやいや、ちょっと待て。
流れるような会話劇につい聞き逃してしまった。
リーナが青の獅子を抜けた?
確かに以前、リーナ本人からそんな決意みたいなものを聞いたけど、まさか本当に、しかもこんなに早くパーティを抜けていたなんて……
でも、リーナの言葉じゃないけど、なんで冒険者ギルドが一パーティの事情に首を突っ込んでくるんだ?
ギルド職員は、とある筋なんて誤魔化してはいるけど、冒険者ギルドがそんなにあっさりと折れるような、大層な相手なのか?
「あいにく、ギルドの要請には沿えないわ。パーティ脱退は個人的な理由だけれど、仲間達に不満が無かったわけでもないの。例え何があったとしても、元の鞘に収まる気はないわ」
「だが、ギルドとしてはこの問題をあまり大げさにしたくはない。せめて、ギルドが間に入る形で話し合いの継続を――」
ギルド職員がそこまで言った時、応接室のドアがノックされて、さっきの案内役が入って来た。
そして、俺達の方へは目もくれずに上司の元へ歩み寄ると、何かを耳打ちしてすぐに去って行った。
すると、ギルド職員は表情を全く変えずにいきなり立ち上がったかと思ったら、
「申し訳ないが、急用ができてしまった。とにかく、当事者同士で再度話し合いたまえ。できれば、ギルドが介入しなくて済むようにしてくれるのが望ましいがね」
そう言ったギルド職員は、案内役を追いかけるように、応接室に俺達を残して足早に去って行った。
「……なんだか中途半端ね。何がしたかったのかしら?」
確かに、リーナを翻意させるでも応援するでもなく、ただ言いたいことを言っただけに見えたギルド職員。
その真意を知ったのは、すぐ後のことだった。
馬車に戻るために再び玄関ホールまでやってきた俺とリーナ。
特に隠れるつもりもなく普通に歩いてきたので、人の迷惑も考えずに玄関ホールのど真ん中に立っている奴の眼から逃れることは、絶対に不可能だった。
「見つけたぜ、リーナ!!」
つい最近まで仲間だったリーナはともかく、俺にとってはあのダンジョン以来になる元同期、『青の獅子』のリーダーレオンの姿が、目の前にあった。
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