第97話 第三王子 ジオグラルド 上
まず、家族構成から話そうか。
国王夫妻――両親は健在だよ。
まあ、母はともかくとして、国王たる父が健在でなければ、それだけで王国の一大事だ、そんなことは努々起こらないけれどね。
兄弟は、上に兄が二人に姉が一人、下に妹が一人だ。
長兄は、当然王太子で、良くも悪くも無難に自分の使命に忠実なタイプだ。
次兄は、弟の僕が言うのも憚られるけれど、病弱な体質の上に余り政治に関心のある方ではなくてね、王宮との相性がよろしくない。
姉とは、実はほとんど面識が無くてね、僕が物心つくかつかないかの頃に、他国に嫁入りしてしまって、社交辞令的な手紙のやり取りすら交流が無い。まあ、便りがないのは良いことだと思っているよ。
妹は……うん、また今度にしておこう。
今回の話には直接関わりが無いし、話し始めれば横道に逸れるどころじゃあなくなりそうだ。
僕が言うのもなんなのだけれど、第三王子っていう立場は、けっこう微妙なものなんだよ。
国王と王妃のご機嫌を窺い、将来の国王である長兄を立て、長兄にもしものことが有ればその代わりを務める次兄からは敵視されないように立ち回る。
それが第三王子の役回りだと教えられて来たけれど――はっきり言って性に合わなかった。
国王夫妻にふさわしい、おおらかな性格の父母の元に生まれた僕は、あまり王族の使命というものに縛られない幼少期を過ごした。
まあ、わがまま放題だったことは認めるよ――とは言っても、乳母や近侍に迷惑をかける類いのわがままだったわけじゃあない。
僕のわがままは、学問に向けられた。
その中でも、特に興味を惹かれたのが歴史学でね、物心ついてからの僕の頭の中は、常に王国史に彩られていたと言ってもいいくらいだ。
王家の蔵書でテーブルの半分を占拠しながら食事をして、その日出たコンソメスープを盛大にぶちまけた時の、普段は温厚な陛下をあれほど激怒させた事件は後にも先にもないだろうと、今でも語り草だよ。
ただ、純粋な探求心から始まった、王室付きの家庭教師を沈黙させるほどの王国史の知識は、後に災いとなって僕に降りかかった。
第三王子である僕の将来は、王都の片隅で飼い殺しの一生を終えるか、他国の王族への婿入りのどちらかが、お定まりの運命だった。
だけれど、貴族の間で「次兄は暗愚」とのうわさが広まるにつれて、僕の将来が揺らぎ始めた。
実際、いい迷惑だったよ。
当時の僕は、このまま探究の学徒となることに喜びを感じていてね、すでに護衛騎士となっていたセレスと二人で、王国史の編纂を一生かけてやっていこうと決意を固め始めていたところだった。
だけれど、僕の後ろ盾に、王国の重鎮中の重鎮であるマクシミリアン公爵がついてしまった時、そうも言っていられなくなってしまった。
当時のマクシミリアン公爵は、もう齢六十を超えているというのに、槍をよく使い、遠乗りを日課とし、自ら書物を記すなど、文武に熱心な豪傑でね。
二代前の王の娘を第一夫人に迎えていたから、王家の外戚でもあって、父も無視しえない発言力を有していた。
そのマクシミリアン公爵が、第二王子では有事の際に王弟としての責務を果たせないと、廃嫡運動を猛然と進めてね、当時神童という大げさ極まりない称号で呼ばれていた僕は、公爵が担ぐ御輿に乗せられてしまった。
いや、僕も正論だとは思うよ。
次兄や僕の心底はともかくとして、貴族達が王国の将来を憂うのは当然の権利だし、マクシミリアン公爵には多少の無理を通せるだけの力があった。
けれどねえ、次兄廃嫡運動の真っ最中に天に召されるのだけは、やめてほしかった。
いやあ、まだまだ遊びたい盛りの僕から見ても、あの頃の王都は大変なものだったよ。
まず疑われたのは、マクシミリアン公爵の死因だ。
それはそうだよね、渦中の中心人物が突然死んだとなれば、自然死以外を疑うのは当然の成り行きだ。
結局、公爵の死因は、前日の遠乗り中の落馬によるものとして一応の決着がついたけれど、未だに蒸し返そうとする輩が後を絶たず、その度に父が頭を抱えているそうだよ。
それから、僕という御輿を担いでいたマクシミリアン公爵の派閥、通称第三王子派に対して、厳しい処分が下された。
例のサツスキー子爵。彼も第三王子派だったんだよ。ジュートノルの代官の座に就いたのは、いわゆる左遷だね。その点だけは彼に同情しているよ。
マクシミリアン公爵家?
ああ、肝心なことを話していなかったね。
現マクシミリアン公爵は、先代とは似ても似つかない温厚な人物でね、自分の父親の急死にも少しも動じることなく、粛々と葬儀を仕切ったそうだ。
仕切った直後、親愛なる我が長兄殿に頭を下げて王太子派に入ったというのだから、果敢な判断力という点では、先代の血を受け継いでいるのかもしれない。
そんなわけで、僕に何の相談もなく生まれた第三王子派は手前勝手に瓦解し、後に残ったのは全ての後ろ盾を無くした僕の身だけだった。
前に言ったこと?
ああ、貴族院でのいざこざも本当だよ。ただ、僕が出家した理由じゃあ無かっただけさ。
セレスにもリーナにも、対外的にはそう口裏を合わせるように、予め言い含めておいた。
時効と言うには、まだまだ恨みに思っている関係者も多いからね。
そんなわけで、さすがの僕でも、心細いなんてものじゃあなかったよ。
何しろ、長兄や次兄の御心を勝手に忖度した一部の貴族や大商人が、これでもかっていうくらいに刺客を送り込んできたんだから。
いやあ、あの時は本当に死ぬかと思ったよ。
ちょうどこの頃に護衛騎士になったセレスが王国屈指の達人でなければ、護衛騎士の嗜みとしてあらゆる暗殺の手段に通じていなければ、僕の名前はとっくの昔に墓石に刻まれていただろう。
そう、第三王子派瓦解の嵐の中、僕は何とか生き残った。
それでも、いつまでも第三王子の地位に縋りついていれば、いつかは死ぬかもしれない。
そこで僕は考えた。
僕が命を失うことなく、セレスにこれ以上命を張らせることもなく、ついでに僕の探求心を満たしてくれる手段を。
その結果、僕は出家することにした。
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