第96話 宮殿での味のしない食事


「いやあ、いつどこで、どんなシチュエーションで正体を明かそうか、これでも随分と悩んだものだよ。出会った頃に打ち明けてもイマイチ説得力に欠けるし、かと言ってジュートノルの実権を得た後じゃあ逆に上位貴族ごときと勘違いされそうだったしね。理想は、王都近郊に十万規模の軍を用意させて、その中に馬車で突っ込んでいって一斉にひざまづかせるとかだったんだけどね!」


「ジオ様、その準備のために走り回らされる臣の苦労をお考え下さい。ただでさえ、出家によって直臣が減っているのですから」


 上機嫌なジオと、それを窘めるセレスさんの主従。

 いつもの掛け合い――のはずなんだけど、これから先もそう見られる自信は、ちょっとない。


 その理由は、瀟洒な部屋に煌びやかなシャンデリア、顔が映り込むほど磨かれた白い石のテーブルに、所狭しと並べられた手の込んだ料理の数々。

 それに何より、給仕のためには多すぎる、そこかしこに立っているお付きの人達。


 そして、一番の理由は、ジオの正体を知ってしまったことだ。


 アドナイ王国第三王子、ジオグラルド。


 ついこの間まで、王国の名前さえ知らなかった俺だから、当然ジオの本当の名前にも聞き覚えはない。

 それでも、辺境の街で平民以下の生活をしていた俺ですら、王族への不敬というのが大変な罪なことくらい分かる。


 ――まさか、今までタメ口を許していたのは、後で死刑台に送るための壮大な前振り!?


 そんなことばかり考えていれば、どんなにおいしそうな料理も味がするわけがなく(宿屋をやっている手前、最低限のテーブルマナーは知っていた)、俺の緊張がわずかでも緩んだのは、出された食後のお茶を一口飲んだ後――側に居た執事らしき人にジオが何事かを命じてからだった。


「――うん、やっぱり茶葉だけは、王都に勝る逸品はないね。久々だというのにさすがだよ、クライン」


「恐縮に御座います」


「後は僕達で勝手にやる。しばらくの間人払いを。僕が許すまで、何も取り次がないでくれ」


「承知いたしました」


 この時の、お付きの人達の退室の動きの見事さと言ったら。

 曲がりなりにも客商売をやっているからわかる。

 クラインと呼ばれた執事の目配せ一つで一斉に動き出した統一感は、さすが第三王子のお世話をする人達だと、それだけで証明していた。


 そして、お付きの人達が全員退出した途端、


「あーーー、肩凝った」


 このテーブルの上座に座るジオが、椅子からずり落ちそうなほどに、背もたれにだらしなく沈みこんだ。


「ジオ様、地が出ています」


「良いじゃあないか、セレス。この場には、気心の知れた相手しかいないんだから」


「それでも、部屋の様子を窺っている曲者がいないとも限りません」


「セレスやクラインの目を掻い潜ってかい?そんなことはありえないし、もしあったとしても、そのような下賤な者の報告など一片の価値すらない。僕の評判を傷つけることは金輪際無いよ」


 ため息をつくセレスさんに構わずそう言ったジオは、今度は俺に目を向けてきた。


「さてと、テイル、今の率直な感想を聞かせてほしい」


「感想?」


「何でもいいよ。よくも騙したなこの豚野郎!!とか、なんだったら一発殴ってくれてもいい。今ならセレスも笑って「顔面が変形する程度までなら許します」――ま、まあ、あんまり痛くない殴り方をお願いするよ」


 ――言いたいこと。


 もちろん、当の本人に質したいことはいっぱいあると思うけど、今俺が一番聞きたいこと――聞きたい相手は他にいた。


「……リーナは、もちろん知っていたんだよな?」


「そうよ」


 ついに来たか、という顔をしながら、それでもリーナははっきりと言ってきた。


「ジオ様に口止めされていた時のことを憶えているかしら?ジオ様の命令だもの、私の口から話すわけにはいかなかったのよ。もちろん、テイルには悪かったと思っているわ」


 ――確かにあの時、そんなやり取りがあったと覚えてはいるけど、まさかジオの正体が第三王子だなんて言ってくれなくちゃ、それこそ想像すらしようがないんだけど……


「じゃあもしかして、遠い親戚とか婚約者とか言うのもウソ?」


「それは本当だよ」


「ちょっとジオ様っ!!」


 俺にとってはそれなりに勇気を出した質問に事も無げに答えるジオに、焦ったような声を出すリーナ。


「ち、違うのよ、あれはその」


「僕が黙っていたことが有ったのは本当だけれど、嘘を言ったつもりはないよ。リーナが僕の婚約者候補だった時期があったのは事実だし、僕の出家によってそれまでの関係が一度切れたと思っているのも事実さ」


「そ、そう!元婚約者なのよ!むしろ、第三王子で無かったら、こんな虫けら以下の男と関わり合いになるはずなんてないんだから!」


「リーナ様、今あなたがいる場所を忘れていませんか?ご自重を」


「はい……」


 セレスさんに暴走状態を注意されてしゅんとなるリーナを尻目に、ジオが話を続ける。


「重ねて言うけれど、騙していたつもりは無いよ。ジュートノルでの僕の行動に関して欺瞞を見せた覚えはないし。テイルに対しては、僕にしては真摯に付き合ったつもりでいるよ。そのために、無礼な物言いも許したし、これからも公の場以外では咎めるつもりは微塵もない」


 確かに、ジオの俺への接し方は、王族の身分をまるで感じさせないものだった。

 それどころか、ソルジャーアント撃退の手助けや、オーガの群れとの戦い、ターシャさん救出に至るまで、ジオには感謝してもしきれないくらいだ。

 だからこそ、俺に王都への同行を求めてきた時、それほど迷うことなく決めた。

 それくらいの義理を果たすだけの付き合いと信頼は、俺とジオの間にはあると思ったからだ。


「とはいえ、僕の正体を明かしてもなお、テイルの中に数々の疑問が残っていることも分かっている。旅を終えたばかりだし、今夜はゆっくりと休んでもらいたいところだけれど、少し僕の話――僕の半生を聞いてもらいたいんだ」


「本当に申し訳ないのですが、明日からはジオ様の王都帰還の挨拶に、方々を回ることになっています。幸いにも、テイルとリーナ様は常人よりもはるかに丈夫な体を持っている。多少の疲れはなんてことはないはずです」


「……わかりました」


 一応は、俺達に確認を取っているらしいセレスさんの言葉に、隣のリーナと頷きあってから、話を続けることを了承する。


「よし、じゃあさっそく続きを――と言いたいところだけれど、さすがに食堂では寛ぎ辛いものがあるね。場所を変えようか」


 そう言ったジオが手を二回叩くと、しずしずとドアが開いて、廊下から十人くらいのお付きの人達が次々と入ってきた。


 ――まさか、全員で聞き耳を立てていたわけじゃないよな?

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