第95話 乗り換える馬車 クラスチェンジ&クライマックス


 人族というものは、慣れない環境に晒され続けると、次第に感覚が麻痺していくものらしい。

 実際、二つ目の屋敷で起こったことは、一つ目のオランドさんの所よりも抵抗感なく受け入れられたし、衣装と同じくレベルアップした馬車にも(六頭立てになっていた)、それほど驚かずに乗り込むことができた。


 高級料理を食べ続ければ、最初に感じた驚きは次第に小さくなっていくものだ。

 だったら、さらに驚きを与えるにはどうすればいいんだろうか?

 決まっている。趣向を変えれば――高級料理から高級デザートに変えればいいんだ。


 ――まあ、さすがに、貴族の屋敷から騎士団の本部に来るとは思わなかったけど。


 目の前にそびえ立つのは、厳めしくも重厚な石造りの建物。

 その玄関前に一列に並んでいるのは、フルプレートに剣を掲げた騎士の一団。

 敷地内のほとんどが訓練場なんだろうか、周囲にいた騎士達が模擬戦闘を止めたり、馬から降りたりして、それぞれの位置で門前の騎士達と同じように礼を取っている。

 そしてその中央――玄関を塞ぐように起立しているのは、ワイルドな顎髭を見せつけ、質実剛健を体現したような重鎧をものともせずにこっちへと歩いてくる偉丈夫。


「若様!!」


「久しぶりだね、ゲオルディウス烈火騎士団長。アレックスと第六部隊の件では、大変世話になった」


「なんの!アレックスも若様のお役に立てているのなら、本望でしょう。もちろん、戦場に散っていった騎士達も同様に」


「ナルセル達のことは残念だった。その上、敵を討てない体たらく。本来ならば、僕自らが騎士達の墓前に花を手向けないとならないところだけれど」


「それは困りますな。麾下の騎士の命を預かるのは、騎士団長たる私の役目。それに、敵を討てなかったというのも、いささか真実とは異なるとの報告が耳に入ってきておりますがな」


 その時、偉丈夫のジオに向けられていた爛々と輝く眼が、一瞬だけ俺を射抜いた気がした。


 もちろん俺は――全力で目を逸らした。

 というより、さっきまでの二軒のお屋敷よりもさらに場違い感が凄すぎて、今度こそ夢だと思いたくてしょうがない。


 どうせまた緊張しているのは俺だけ――じゃなかった。

 隣にいるリーナも、ジオの後ろで俺に横顔を見せているセレスさんも、体が強張っているように見える。


 ――いや、だって、あの騎士団長さん、怖すぎるんだけど。

 失礼な気もするけど、あのジェネラルオーガに匹敵する威圧感がある。

 本当に人族かな?


「それじゃあ、ゲオルディウス。早速で悪いけれど頼んだよ」


「はっはっはっはっは!!さすがの私も、事が公になればこの首を差し出しても追いつかぬほどの大罪を犯すとなると、身が引き締まる思いですな!ですが、他ならぬ若様の頼みとあっては、この老いぼれの肩書でよろしければいくらでもお貸しいたしましょうぞ!」


 ――はあっ!?


 今、俺の聞き間違いじゃなかったら、「大罪を犯す」って言ったような……


 確認のために横を見ると、リーナが青い顔をしていた。

 だけど、寝耳に水のアクシデントというよりは、むしろ、前々から知っていて覚悟を決め直しているところのような印象だ。

 そう思って見渡してみると、兜をつけて表情が見えない騎士の何人かも、カチャカチャと金属音を立てながら震えていた。


 一体、俺は何に巻き込まれているんだ?






「要するにね、王都に辿り着いてからこっち、全ては目的地へ行くための行動だったんだよ」


 ジオの語り出しがいまいち要領を掴めないのは、きっといつもの持って回った言い方のせいだけじゃない。

 問題があるのは、きっと俺自身と、窓の向こうに広がるある光景のせいだ。


 烈火騎士団。


 王国四大騎士団の一角――その騎士団長であるゲオルディウスさんが直々に指揮を執る騎士団の行進。

 そのど真ん中を、三度着替えた俺達が乗る馬車がゆっくりと走っていた。


 ――いや、誤魔化すのはやめよう。

 烈火騎士団の護衛付きで、俺達は目的地とやらに向かっていた。


「時にテイル、王都に入ってからというもの、僕達がずっと監視されていたのに気づいていたかい?」


「え?そ、そうなのか?」


 ジオからの唐突の、しかも衝撃の事実を教えられて、驚きを隠せない。


 ちなみに、今俺が来ている衣装は、もう絶対に平民だとバレないくらいに凄いことになっている。

 ジオ、セレスさん、リーナの三人も、それぞれに着替えているけど、正直色々と眩しすぎて、まともに見ていられない。(もし見たら、本当に目が潰れるんじゃないかってくらいに思っている)

 最初の着替え――オランドさんの屋敷でジオが来ていたものと同じグレードだと、着替えを手伝ってもらった騎士団の使用人さんに教えてもらった。


 ――なんでそんなことを知っていたんだ?


「テイルが気づかなかったのも無理はないよ。僕達についていた複数の眼――この全てが、スカウトの上位ジョブの一種、アサシンによるものだったからね。監視がつくことは最初からわかっていたことだけれど、念のためにオランドに確かめてもらったら、そういうことだった」


「テイルが気づけなかったのは、知覚範囲外からアサシンの鋭敏な感覚で監視されていたせいでしょう。もしかしたら、すでにテイルの情報は、王都の一部に広まっているのかもしれません」


「えっ!?」


 ジオの護衛ということで、俺とリーナよりは動きやすそうな格好になっているセレスさんからそう聞かされて、馬車の外の騎士に聞こえるかもしれないくらいの声が、思わず漏れてしまった。


「心配しなくても、もう大丈夫よ。アサシン達の背後にどんな相手だとしても、烈火騎士団を向こうに回して私達を襲うなんて真似に出るには、それなりの根回しと準備が必要。そうこうしている内に、私達は安全に目的地に入ることができるわ」


「名も無き旅の一行から、オランド、セレスの兄のキアベル子爵「はあっ!?」、烈火騎士団。この三カ所で馬車と衣装を借り受けることによって、僕達を狙う者達がどんどん手が出しにくくなる状況を作り出すとともに、彼らの雇い主達に対処する時間を与えない。そのために、テイルに無理をしてもらっているのさ」


 ジオの言っていることは、半分も――いや、十分の一もわからなかった。

 わかったのは、俺達――というよりジオを狙う奴らが居て、その襲撃を回避するために、着せ替え人形の気分を何度も味わうことになった、ということだ。


 そしてもう一つ。

 こんな豪華絢爛な馬車に乗せられて、貴族でもちょっと着ないんじゃないかというきらびやかな衣装を着てどこに向かってるんだという、つまるところ目的地が気になっているだけなんだけど。


「テイルは、少しづつ心臓に悪いのと、一気に心臓に悪いのと、どっちが好みだい?」


「……どっちも嫌に決まっているだろ」


「じゃあ、僕の好みで。一気に盛大に、一度だけ驚いてもらうことにしよう。なあに、すぐの話さ」






 本当にすぐだった。


 烈火騎士団の護衛付きで到着したのは、屋敷でも要塞でもない、大きな大きな建物。

 俺が知るわけもないんだけど、これだけ大きな建物になると、もう宮殿という言葉しか思いつかない――違うよな?


 黒を基調とした大きすぎる建物――烈火騎士団と別れた馬車が止まった正面玄関には、一人一人から気品のようなものを感じる、執事率いる使用人の集団が待ち受けていた。


 そして、執事さんの案内の元、通されたのは、広い部屋。


 壁や柱などの装飾を除けば、殺風景と表現してもいいくらいに、家具の類が無い。

 その代わりにあるのは、広間の奥の正面にポツンとある、やたらと背もたれの高い椅子。


 ――いや、椅子っていうか、もうあれは……


 その時、広間の異様な雰囲気に一切飲まれることもなく、セレスさんを連れたジオがさっさと歩きだした。


「え、ちょっ……!」


 俺が止める間もなく、ジオは部屋の奥まで歩いて行き、なんとその椅子に座ってしまった。


 俺でもわかる無礼な行為。

 すぐにセレスさんのお叱りがあるかと思ったら、椅子に座るジオの隣に素知らぬ顔で立ったままだ。


「ほらテイル、行くわよ」


 わけが分からないまま、俺よりは落ち着いて見えるリーナに手を引かれ、部屋の中心まで歩いた後、手を繋いだままのリーナにつられる形で、その場に膝を折った。


 ――なにこれ?これじゃまるで……


「頭が高い。控えなさい」


 そのセレスさんの声を聞いて反射的に姿勢を低くした瞬間、直感した。


 やんごとなき家柄に思える謎の男。


 ジュートノルの郊外に突然騎士団を呼びつけて砦を築き。


 オーガの群れを撃退した直後に、ジュートノルの政庁を占拠して代官を更迭したり。


 王都にやってきたら大商人や貴族、四大騎士団まで顎で使う。


 その正体にもっと早く気づくべきだった。


「アドナイ王国第三王子、ジオグラルド殿下の御前である」

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