第93話 乗り換える馬車 ノービス
目がチカチカする。
壁一面を占めているやたらと大きなガラス窓もそうだし、そこから入ってくる光を反射しまくって光沢を出している高級そうな家具の数々もそうだし、もっと言えば半ば無理やり連れてこられたこの部屋全体が様々な装飾でピカピカに光っている。
「若様の御友人――は無理があるし、家臣――にしては着こなしがなっていないし、用心棒――にしては弱そうに見えるし、うーん、よし、もう一度着替えていただきます!」
そして何より、お仕着せにしては上等すぎる服を着こなしている使用人らしき人に、ああでもないこうでもないと、金糸銀糸をふんだんに使った衣装を次々と着替えさせられている俺が、一番輝いている気がする。無駄に。
――どうしてこうなった?
馬車から降りた俺達を待っていたのは、見たこともないほどの広い庭を持つ屋敷に、そこからものすごい勢いで出てきた、主らしき中年の男性と大勢の使用人達。
わけもわからないままに彼らに取り囲まれて、連行されるように屋敷の中へ。
入ってから感じた、外見以上の屋敷内の広さと高さに驚く間もなく、白いウサギ亭の一階がすっぽり入りそうなほどに広い応接室に通された。
「テイル、出されたお茶には口をつけるのが礼儀よ」
もう椅子というよりかはクッションと呼んだ方がいいんじゃないかと思う何かに座らされ、未だに呆然としている俺にリーナが注意してくれたけど、飲んだところで味なんてわかるはずもない。
不幸中の幸いだったのは、そんな待ち時間が長くは続かなかったことくらいだろうか。
「大変お待たせいたしました!!」
そう言いながら、使用人に開けさせたドアから入ってきたのは、さっきの主らしき中年の男性。
この応接室に入る前に一旦別れたから何をしているんだろうと思っていたけど、今わかった。
さっきの服もかなりお金がかかっていそうだったけど、着替えてきたらしい今の服は、貴族と間違えてしまいそうなくらいに豪華絢爛だ。
と、ジオから少し離れた所で主風の人が立ち止まり、恭しく頭を下げたかと思うと、何やら長ったらしい口上を述べ始めた。
そして、主風の人の口上が終わったと思ったら、今度はジオの方が似たような口上を述べ始めた。
その上、俺の隣に座るリーナや、ジオの後ろに控えているセレスさん、使用人の人達まで、当然のことのように口上を聞いていた。
そんなわけで、俺一人だけがものすごい置いてきぼり感のある時間がひとしきり続いた後、ようやく二人が俺にもわかる言葉で話し出した。
「一瞥以来だね、オランド。元気そうで何よりだよ」
「若様こそ。無事の御帰還、真に祝着にございます。このオランド、若様の御無事を毎夜毎夜神にお祈りしておりました……!」
「ああうん、……まあ、ほどほどにね」
爛々と目を輝かせて語るオランドさんに、あのジオがちょっと引いていた。(言うまでもなく俺も)
そのオランドさんの眼が、今度はセレスさんに向けられた。
「セレス様も、長の御役目、ご苦労にございました」
「ええ。後ほど、各地の情報をまとめた覚書を、執事に渡しておきますので」
「セレス様に、走り使いのようなことをさせて申し訳なく思っております」
「構いません。ジオ様の御命令ですから」
そして、次に俺とリーナの方に目を向けてきたオランドさんが、軽く会釈をしてきた。
表面上は平静を装って――内心は慌てて会釈を返すと、隣のリーナも俺と同じ動きをしたのが、頭を下げた横目に見えた。
「さてオランド、久闊を叙したいのは山々だけれど、そうも言っていられない。早速で悪いけれど、手配を頼むよ」
「承知いたしました」
ジオに何ごとかを頼まれたオランドさんはそう答えると、手を二回叩いて部屋の中にいた使用人達に指示を飛ばした。
それから、俺達の方に向き直ると、
「では、各所の根回しと支度を進めている間に、皆様には場に相応しい恰好になっていただきましょう」
「……え?」
色々と要領を得ない話が続いたせいで、すっかり蚊帳の外と決め込んでお茶をゆっくり頂いていた俺にとって、そのセリフを言ったオランドさんと目が合ったことは、完全に意表を突かれた形だった。
「え?ちょっ、どういうこと?」
説明を求めるというよりは、ただ単にうろたえて動けない俺。
だけど、ジオ、セレスさん、リーナの三人は、当然のことのように立ち上がった。
「リ、リーナ、一体なにを……?」
「テイル、一つだけ教えてあげる。時には流れに逆らわずに身を任せることも大事なことよ」
リーナはそう言って、それぞれ使用人に案内されて部屋を出たジオとセレスさんを追うように、歩いて行ってしまった。
そして、残ったのは俺と、ニコニコしているオランドさんと、
「テイル様ですね?衣装替えを担当させていただく○○と申します」
営業スマイル全開の、俺を別室に案内する女性の使用人さんだった。
ちなみに、はっきりと聞いた気がするのに、彼女の名前は一切記憶に残っていなかった。
それから。
ああでもないこうでもないと、十回以上も着替えさせられたあげく、「この辺りで妥協するしかないですね」という大変ありがたい評価を戴いた後で、別室から応接室に戻ってきた俺。
気疲れしたせいか、あれから随分と時間が経った気がしていたけど、オランドさんも含めて使用人以外は誰もいない応接室を見る限り、俺が一番乗りらしい。
とりあえず、さっきの椅子にまた腰かけて、側に控えていた使用人さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、この衣装に着替えた直後に言われたことを思い出す。
着替えを手伝ってくれた(着せ替え人形にさせられたとも言う)使用人さんによると、今の俺は、『さる家の御曹司の婚約者の従者』という設定らしい。
逆に、それ以上の情報を聞こうとしたら「これだけ覚えてくだされば十分ですよ」とやんわりと拒絶されてしまったわけだけど。
ちなみに、いつもの俺の恰好――特に黒の装備は、使用人さんの方で荷馬車の方に積んでおいてくれるとのことだった。
代わりに持たされたのが、従者の身分を表すという、やたら飾りの多い剣。
正直、貴重品を見せびらかしていることと、不釣り合いな武器を腰に下げていることで、大分落ち着かないけど、今は我慢するしかない。
そんなわけで、もやもやしたものを抱えたまま三人が戻ってくるのを待っていたんだけど――確かに、あの設定一つで十分だとわかった。
三人の恰好が、言葉は無用と言わんばかりに説得力があったからだ。
「やっぱり、テイルが一番乗りだったか。まあ、こっちは慣れていると言っても、やはり絶対的に支度の手間が違うからね」
使用人さんが扉を開けるなりそう言ってきたのは、緑を基調とした貴族然とした衣装に身を包んだジオ。
その生地の艶やかさと、つけている装飾品の数は、俺のそれの三倍くらい。
どうやら、さる家の御曹司とは、ジオのことを指すらしい。
そして、いつものようにジオの後に続いて入ってきたのは、セレスさん。
その格好は、これまでと同じジオの護衛と見るには十分な雰囲気だけど、いで立ちの豪華さは段違いだ。
白と黒をうまく組み合わせた上下は、それなりの気品と動きやすさを両立しているように見える。
なにより、髪を綺麗に整えて上等な服を見事に着こなしたセレスさんは、どこかの国の王子のお忍びの姿と言っても通じるくらいに、中性的な美麗さを際立たせている。
――というより、真っ先に目が行くのはジオよりも絶対にセレスさんの方だよな。
そんな、ちょっと失礼なことを考えていると、
「リーナ様お待ちを!まだ試着候補のドレスが――」
「どうせすぐに元に戻すのだからけっこうよ!」
そんな大声が扉越しに聞こえたかと思うと、忙し気に使用人さんが開けた扉から飛び込むように現れたのは、
「ふう、まったく、しつこいったらないんだから」
「……」
肩を大胆に露出した青のロングドレスに身を包み、要所にアクセサリーをつけ、髪を綺麗に結い上げた、絶世の美女だった。
「やっぱり、私が最後だったみたいね。遅れてしまってごめんなさい」
「いやいや、レディの支度を待つのは男の甲斐性だとも」
「貴方はジオ様の婚約者という設定なのですから、時間をかけてでも相応しい姿を心掛けるのが役目ですが――まあいいでしょう。合格です」
「……ジオもセレスさんも、この人のことを知ってるのか?」
オランドさんの時とは打って変わって、初対面の美女にやけに気さくに話しかけるジオとセレスさん。
とりあえず俺にも紹介してもらおうとそう言ってみたら、謎の美女に怪訝な顔をされた。
「テイル、何を言っているの?」
「え!?俺、あなた様とお会いされたりしたことがありましたりしたのでしょうか?」
「テイル、その珍妙な敬語はなんですか。それに彼女は……」
「まあまあセレス、ここは二人をそっと見守ろうじゃあないか」
謎の美女の横で、あきれ顔のセレスさんとニヤニヤ顔のジオがいる気がするけど、今の俺は謎の美女から目が離せない。
「やっぱりこの格好、変だったかしら?」
「いえ!とてもお似合いというかお綺麗というか……」
「ちょっとテイル、あなた、顔が真っ赤よ。熱でもあるの?」
「いや、そんなこと――は?」
顔どころか全身が熱くなっている自覚はあったから、つい俯きがちになっていたところに、謎の美女がふいに近寄って来て、綺麗に化粧が施された顔を近づけながら、俺の額に手を当ててきた。
「あ!?や、手……!!」
「うーん、よく分からないわね。もうちょっとこっちに寄って」
「へ?」
そう言われたとたん、首の後ろをグイと掴まれたかと思ったら、さっきまで手を当てられていた額に別の何かが押し当てられた。
その何かが謎の美女の額で、
さすがにこの距離まで近づけば謎の美女の正体がリーナだとわかって、
さらにかがんだ状態のリーナのドレスの隙間から、肩が露出したドレスじゃ隠しきれない柔らかそうな胸が見えちゃいけない領域まで見えてしまっていることに気づいて――
「テイル!?」
「ああ君、抱えの医者を呼んでくれないか。そう、頭に血が上って気絶したと言って」
気が付いた時には、目の前が真っ暗になっていた。
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