第88話 王都への旅路 三つの道三つの悲劇


「アドナイ王国において、功罪入り交じった冒険者の歴史だけれど、近年は特に罪の方が重くなっている――僕個人の見解ではね」


開口一番、昔ではなく今の冒険者を批判し始めたジオ。


「な、何を言っているのよ!?冒険者の罪?何を根拠に――」


「リーナ、反論は僕の話を聞き終えた後にしてくれ」


さすがに黙っていられなかったリーナの言葉を、軽く手を上げて制したジオは、いつの間にかにセレスさんが用意していた紙の束を受け取って、それを捲り始めた。


「以前、テイルには、僕がジュートノルに来る前に、色々と下調べをしたと言ったことがあると思う。これは、その調査の中で浮かび上がってきた、冒険者の影の部分だ。セレス」


「かしこまりました――テイル、先ほどジオ様が『見てごらん』と言っていた三箇所のことを覚えていますか?」


「は、はい。確か――」


「まっすぐな道、谷にかかった橋、分かれ道、この三つよね。セレスさんも言っていたけれど、なんの変哲も無かったじゃない」


俺のセリフを攫う形で、後に続けたリーナ。

その様子は、さっきと打って変わって、ジオに続きを急かしているように見える。


「そう、なんの変哲も無い、いたって普通の道だ。だけれど、そうだったわけじゃあない」


「通った順に報告します」


そう言ったセレスさんは、俺達に淡々と告げた。


一つ目のまっすぐな道。

かつては狼系の魔物の一大群生地だったけど、当初は迂回路を通っていたアドナイ王国の政策変更によって、冒険者を中心とした大規模な討伐作戦を実行。

命の宝庫だった狼達の棲み処は人族に蹂躙され、最終的には魔導士による一斉攻撃で虫けら一匹残さず焼き尽くされたという。


二つ目の分かれ道。

ここは元々は一本道で、魔物の脅威もそれほどじゃなかったけど、ある時に木材の伐採目的で開拓村ができると共に、村人の安全を確保するために徹底した討伐が行われ、森の生態系は激変した。

結果、さらに強力な魔物をおびき寄せることになった挙句に開拓村が襲われ、村人が全滅。

その後、強力な魔物は討伐されるも、別の産地から木材を調達するようになったこともあって、未だに開拓村は復興できていない。


三つ目の谷にかかった橋

ここは、前の二つとは少し――いや、かなり事情が異なる。


「あそこは、元を辿ればどうやら人族以外の亜人種――ドワーフ族の小さな集落があった辺りらしくてね、魔物も適度に間引かれていてアドナイ王国にとっても危険度の低い場所だったらしい。あの橋も元々はもっと頑丈な石橋で、ドワーフ達への少々の通行料を代償に、安全と利便性を担保されていた。基本的に亜人種は王国に臣従しないものだけれど、あそこに限って言えば一種の共生関係が成り立っていたようだね」


「ところが、とある王の御世に、王宮内で人族を至上とする亜人排斥派が台頭、あの谷のドワーフの集落も槍玉に挙がり、王国側が難癖をつける形で対立が激化しました」


「ひどいのはその後でね。自作自演でドワーフから危害を加えられた被害者をでっち上げた当時の王宮は、一方的に話し合いを打ち切って騎士団を派遣、ドワーフ達を強制的に国外へと退去させたんだ。その際に、数名のドワーフが死傷したと記録が残っているけれど、間違いなく騎士団に殺されているね」


「……今のは、ジオ様の根拠のない憶測なので、話半分で聞いておくように」


「仕方が無いじゃないか、セレス。この欠落だらけで不自然極まりない資料が、僕にそう解釈しろと訴えかけてきたんだよ。他にどう読み取れというんだい?」


「黙っていればよろしいかと」


――セレスさんはそう言ったけど、本当に黙ったのは俺とリーナの方だった。


冒険者の歴史の、光と影。

その一端にただただ衝撃を受けつつも、ジオが言いたかったことを俺が本当に理解するのは、もう少し先の話になる。


なぜなら、ジオの話をよく考える前に、それどころじゃないことが起きたからだ。






「ジオ様。ご歓談中のところを失礼いたします」


「いや、ちょうど一区切りついたところだ。構わないよ」


騎乗中のはずなのに、気配もなく馬車に近づいてきて言葉をかけてきたメアリエッテさん(明らかに『ご歓談』はおかしいけど)。

それに動じた風もなくジオが返事をすると、メアリエッテさんはいつもの平静な声色で、言った。


「前方に黒煙が立ち上っております。距離を考慮すると、どうやら火元は今晩の宿を予定していた村の辺りのようです」


「ふーん……」


「ジオ様、予定通りということでよろしいですか?」


「まあ、致し方ないよね。任せるよ」


その、ジオの言葉が出た時、俺はとっさに身構えた。

黒煙の正体を確かめるために、馬車が急加速すると思ったからだ。


だけど、実際には真逆――馬車は速度を落として街道の脇に寄り、そこで停まった。


「ジオ……?」


「悪いねテイル。今夜はここで野宿だ。まあ、実際に寝るのは荷馬車に積んできた天幕の中だし、そこまで不自由はさせないだけの用意はしてきたから、安心してくれていいよ」


「いや、そうじゃなくてだな……!」


「ああ、あの黒煙のことかい?なんだか危なそうだよね。だから、今夜はここに泊まって、明日はあの辺りを迂回して進むことになったよ」


「は……!?」

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