第87話 王都への旅路 開拓と冒険者
「時にテイル、君が生まれ育ったジュートノルの成り立ちを知っているのかな?」
「いや、全然。考えたこともないな」
ついこの間まで平民以下の暮らしをしていた俺に何を当然なことを、と思いながら言ったら、さもありなんという感じでジオは頷いた。
「ジュートノルの始まりは、開拓村だよ。大昔に、王都とベレファスという大都市を繋ぐ交易路の中継地を作ろうという計画が持ち上がったらしくてね、そこそこ広い平野があって水の利もあるあの土地に、王都の罪人を送り込んで切り拓かせたそうだよ」
「罪人に?」
「王国が、今よりもはるかに小さく、荒々しかった時代のことさ。王都の治安は今では考えられないほどに悪く、牢獄は常に罪人で溢れかえっていた。そこで、刑の執行の猶予と恩赦を条件に、未開拓領域へと罪人を送り込んで、労働力としたのさ。ジュートノルの前身である開拓村も、そんな数ある内の一つだったそうだ」
「……私も噂程度には聞いたことはあったけれど、そんなやり方でうまく行ったの?所詮は罪人でしょう?」
横で聞いていたリーナにそう言われたジオは、ゆっくりとかぶりを振った。
「まさか、そんなわけがない。当時も、失敗と試行錯誤の連続だったそうだよ。初期の罪人のほとんどは途中で逃げ出して騎士団に討たれるか、開拓村での厳しい生活で死ぬかのどちらかだったようだよ」
「いくら罪人とは言っても、残酷ね」
「それでも少しずつ、罪人が逃げ出せないようなシステムを構築し、開拓村の生活の質を向上させ、なんとか開拓の道筋が立つようになった頃、新たな問題が浮上した――魔物の存在だ」
「魔物?こんなに安全なところに?」
窓の外から見えるのどかな風景との落差に、思わずそう言ってしまったけど、リーナの呆れるような眼差しに、どうやら大きな勘違いをしていることに気づいた。
「テイルあなたねえ、この街道も昔は整備されてなかったのよ。さっきジオ様が言ったばかりじゃない」
「いや、テイルの気持ちもわかるよ。こういう歴史の重みってものは、しっかりとした教育を受けていない者には伝わりづらいものさ。リーナだって、市井に混じって生活してみて実感できたものはあるんじゃないか?」
「ま、まあ、確かに……」
図星を突かれたという感じで、口ごもりながらも頷いたリーナを見て、ジオがさらに話を続ける。
「開拓が進むにつれて、魔物の群れが生息している区域につい接触してしまうケースが増えたのさ。体力が有り余って暴力沙汰を起こした者が少なからずいた開拓村の罪人だけれど、さすがに魔物相手となると分が悪かった。魔物は己の領域に踏み込んだ人族だけではなく、その匂いの痕跡を辿って、開拓村ばかりか、何の罪もない普通の平民が暮らす他の集落にまで入り込むようになった」
「そ、それじゃ……」
「そう、本末転倒だ。人族の領域を広げようと開拓を進めた結果、逆に魔物の跳梁跋扈を許したんだからね。僕らの先祖の所業とはいえ、愚かな話だよ」
俺が絶句するのを見たジオは、わざとらしく溜息をついた後、ニヤリと笑った。
「そこで登場したアイデアが、なんだかわかるかい?」
「え?開拓民に、武器を持たせるとか……?」
「馬鹿ね、そんなことをしたら、魔物を対峙した罪人が調子に乗って反抗するに決まってるじゃない。下手をしたら反乱騒ぎよ」
「じゃあ、リーナは答えが分かってるのか?」
思いついたことをそのまま言ってみたら思いっきりけなされたので、そう聞いてみると、リーナは「当り前じゃない」と胸を張ってみせた。
「魔物討伐は、冒険者の専売特許じゃない。今だって、普通の仕事ができない乱暴者の良い就職先としてうってつけに仕事になっているもの」
「なるほど、そう言われてみれば確かにそうだな。さすがリーナだな」
「え、そ、そう?それほどでもあるわよ!」
「ああ、本当にすごいよ」
素直に感心した俺に向かって、さらに胸を張るリーナに、俺も負けずに誉める。
――その時に、リーナが着込んでいる鎧をぐっと押し上げた、中に詰まっている柔らかい二つのものに対する賛辞も込めて。
特に、真横から見ると鎧の隙間から見えるメリハリというかシャツのパツパツな感じというか……
「まあ、言葉にすればリーナの言う通りなんだけれど、開拓村の最初期と同じように、結構大変だったみたいだよ。罪人の中でも比較的罪の軽い者を選んだりとか、監視の目を増やしたりとか、危険に見合った報酬を用意したりとか。それでも、良からぬことを企む愚か者は後を絶たず――アドナイ王国の冒険者の歴史は、魔物と冒険者双方の、血塗られた歴史と言っても過言じゃあない」
「ふん、冒険者の面汚しよ。そんなのが大勢いたから、未だに偏見の目で見られるのよ」
初めて聞く冒険者の歴史に聞き入る俺とは対照的に、憤懣やるかたないっていう感じのリーナ。
冒険者という職業にプライドを持っているリーナにとって、認めることの出来ない話なんだろう。
「それでも、諦めずに努力し続ける限り、システムというものは進化していくものらしくてね、長い時をかけて今の冒険者ギルドの形が作られていき、規律に従う冒険者も増えていった。それと共に、開拓のスピードが加速度的に進んで、今の人族の隆盛の基礎となったというわけだよ」
「はー、冒険者に、そんな歴史があったなんてな」
ジオの話は、俺にとって初めて聞くことばかりで、終始感心しっぱなしだった。
ある程度は知っていたらしい隣のリーナは、なぜか胸を張ったっまま、こっちを見ている。
――さすがにこれ以上見ていると目の毒なので、ジオの方に視線を戻すと、
「テイル。この話は、別に冒険者を讃えるためにしたつもりはないんだ」
「え……?」
「僕の意図としてはむしろ真逆――冒険者の影の部分を知ってほしくて話しているのさ。もちろん、これから先が話の本筋だよ」
これまでの流れとは真逆の言葉に、さすがに耳を疑った。
だけど、いつもは軽口ばかり叩くジオの表情が、至って真面目なものに変わっていた。
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