第86話 王都への旅路 快適な道のりの理由
「いやあ、楽なものだね。僕がジュートノルに来る時と言ったら、お供はセレス一人きりで小さな馬車に他に護衛も無し。それじゃあ危なすぎるから、ジュートノルに向かう商隊を何とか探し当ててこれで一安心だと思ったら、途中で魔物の群れに出くわすわ盗賊は二度も出るわで大車輪の活躍だったよ。セレスがね」
そんな感じで、ジュートノルまでの旅程を武勇伝のように語るジオだけど、よくよく話を聞いてみると実は苦労したのはセレスさん一人だったというオチに気づいたところで、
「ジオ様、もう少々お待ちください。只今、討ち取った盗賊の死体を近くの森に遺棄させておりますので」
馬車の窓越しに、セレスさんのものじゃない、騎乗した女性の声が聞こえてきた。
「ご苦労様、騎士メアリエッテ」
「もったいない御言葉」
「この調子で王都まで頼むよ。配下の騎士達にもよろしく伝えてほしい」
「ミルトロズ隊長の代理として、命に代えても務めさせていただきます」
そう、恭しくジオに言葉を返したのが、俺達の護衛をしてくれている、メアリエッテさん。
騎士というだけあって礼儀作法がきっちりとしていて、俺にも何かあるたびに会釈してくれる。
まあ、あくまで俺はジオのついでのついでのついでなんだろうけど――彼女の正体は、馬首を巡らせた時に颯爽と翻った黒マントを見れば、一目瞭然だ。
ちなみに、今馬車が止まっているのは、身の程知らずにも襲ってきた三十人くらいの盗賊団をメアリエッテさん達が一蹴、残された三体の盗賊の死体を、エサ狙いの魔物が近づかないように遠くに捨てに行っているから、とのことらしい。
「いやあ、楽なものだね」
「ジオ様、独り言にしても、同じ言葉を二度も繰り返すのは危険な兆候です。早急に呆け対策を打つべきです」
「ちょっとしたジョークに決まってるじゃないかっ!?セレスのツッコミはあいも変わらず切れ味抜群だね!!」
「もったいない御言葉」
「雑っ!?騎士メアリエッテの言葉を拝借しただけじゃないかっ!?」
――なんだか主従はちょっと立て込んでいるようなので、リーナの方に水を向けてみると、
「……そうね。護衛としては反則級じゃない?返り討ちに遭った盗賊は運が悪かったとしか言いようがないわ」
俺の考えを察してくれたのか、先回りして教えてくれた。
メアリエッテさん達六人の騎士は、この間のジュートノル政庁舎制圧の時にジオに付き従った、ミルトロズさんの部下だ。
本来なら、ミルトロズさんの敵討ちが済んだことで目的は達成、ジュートノルに留まる理由はないはずなんだけど、王都に帰る時に、なぜか十二人の騎士の半分をジオの護衛として残してくれたらしい。
「多分、ジオ様の言動を見ていて、近い内に王都に帰らなきゃいけなくなるって思ったんじゃないの?私から見ても派手に動き過ぎだし。自発的にしても、王宮からの命令にしても、早晩帰ることになることは誰の目からも明らかだったわよ」
「そうなのか?」
「まあ、私まで巻き込まれるのは予想外だったけれどね」
口では不満そうに言ったリーナだけど、話が終わるなり鼻歌を歌いながら窓の外を見出したあたり、決して機嫌は悪くないらしい。
――そんなに、王都にいるらしい婚約者が恋しいんだろうか?
そんなことを思いながらもやもやしていると、
「お待たせいたしました。出発します」
メアリエッテさんがまた来てそう言うと、馬車がゆっくりと動き出した。
「見てごらんよテイル!まっすぐな街道だよ!」
「ジオ様、道がまっすぐなのは当たり前です」
「見てごらんよテイル!分かれ道だよ!」
「ジオ様、だから何だというのでしょう」
「見てごらんよテイル!谷に橋が架かっているよ!」
「ジオ様、至って普通の橋です」
何事も無く、馬車は進む。
旅にはつきもののトラブルも、俺達のところまでは一人も辿り着かなかった盗賊の襲撃が一度あったくらいで、その他には魔物一匹出てこない。
むしろ、要所要所?でジオがうるさいのと、セレスさんの安定のツッコミが無ければ、ついウトウトしてしまうそうになるほどだ。
隣のリーナも、窓に向かって頬杖をついて景色を眺めているだけで、特に話しかけてこない。
こんなことを言うとバチが当たりそうだけど、本当に何も起きない旅路。
そうして、見事に整理されたとある小さな森の中に差し掛かった時、何の前触れもなくジオが言ってきた。
「ところでテイル、これまでの旅程を経て、どう思った?」
「どうって、何もないけど」
「何もないってことはないだろう?馬車の中からとはいえ、こうしてジュートノルからそれなりの距離を進んできたんだ、見たまま、感じたままに教えてはくれないかな?」
「そう言われてもな……、そうだな、強いて言うなら、快適だよな」
「へえ、具体的には?」
「道はまっすぐだし、きれいに舗装されていて車輪が石に乗り上げることもないし、魔物は一回も襲ってこないし、馬車に乗っていることやメアリエッテさん達の護衛を差し引くとしても、旅がこんなに楽だなんて知らなかったな」
「うん、それだ」
「それって――」
そう言いながら、これまでの旅程を振り返りながら見ていた景色からジオの眼を見た時、言いようのない寒気が、全身を包みこんだ。
ジオの口調はいつもの通り。
見せている表情も、軽薄な笑みのまま。
だけど、色素の薄い目の奥だけが、底なし沼のような昏い混沌を映し出しているように、俺には見えた。
「テイルが何気なく感じたものこそが、アドナイ王国の歴史であり、人族の歴史そのものでもある。折角の長い旅路だ、暇つぶし代わりに、その辺のことを考えてもらうきっかけを作るとしようか」
ジオは語り出した。
その内容は、俺がとっくの昔に知っていたことでもあり、それでいて一度も考えたことすらないような、当たり前のようで当たり前じゃない話だった。
一言で言うと、衝撃だった。
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