第84話 ジオの告解 下


「ここで一つ、ネタばらしをしておこう」


 気分を変えろというメッセージなんだろう、ジオの話が一旦途切れたところでダンさんが無言で出してくれたお茶を啜った。

誰もが沈黙する無言の時間が流れた後、やんごとなき家柄の出らしい慇懃無礼な男は、そう言って話を再開した。


「ノービスからクラスチェンジしたと思える、テイルの現在のジョブ。その特異な力を持つ者は、このアドナイ王国にはテイルをおいて他にはいない」


「っ――!?」


「そして、僕が知る限り、有史以来、テイルのようなジョブ特性またはスキルを発現した者もまた存在しない」


 。それなら、有史以前のことなら?


 いつかはエンシェントノービスのことを誰かに訊かれるんじゃないかと、あの時以来そう覚悟を決めてきたのが良かったのか、今のジオの言葉には、なんとか表情を変えずに耐えることができた、と思う。

 だけど、そう思ってるってことは、俺の心が少なからず揺れてるって証であって……


 その時だった、ジオの口調が様変わりしたのは。


「あー、やめたやめた。こういう誘導尋問みたいなやり方はしないって決めてたはずだったんだけれどな――落ち着かないとならないのは僕の方じゃないか、くそっ」


 突然、頭を掻きむしりながら何の前触れもなくそう言ったジオは、そのままテーブルに頭を打ち付けた。


「きゃっ!?」 「うおっ!?」


 宿の一階の外、厨房の柱の陰から聞き耳を立てていたターシャさんとダンさんが驚くほどの鈍い音が、一階中に響き渡った。


「ジ、ジオ……?大丈夫か?」


「だ、大丈夫大丈夫。ちょっとおでこがジンジンするけれど、それだけだよ」


「いや、大丈夫って音じゃなかったんだけど……」


「本当になんともないよ。むしろ、さっきよりも意識がはっきりしてきたくらいだ」


 そう言いながら数回頭を振った後、再びこっちを見てきたジオ。

 そのまっすぐな眼差しを見る限り、確かに心配の必要はないみたいだ。

 俺は、気遣わし気にこっちを見ているターシャさんとダンさんに、大丈夫だという意味を込めて頷いてから、ジオに向き直った。


「話を戻そう――カティ女史の報告によって、テイルに王都召還の命令が出ることが確実な情勢になったわけだ。けれど、この命令に素直に従うことを、僕個人としてはあまりお勧めしない」


「なんで?――って聞いたら、これは教えてくれるのか?」


「もちろんだよ――その前に、最前の僕の言葉を、少しばかり訂正させてもらおう。王都からの召還命令と言ったけれど、果たしてテイルの元に実際に届いた時、どのような形式を取って来るのか、この僕にも予測がつかない」


「形式……?」


「最高は、正式な王宮への招待客として、下へも置かない扱い。最低は、生死は問わず首だけでも持ちかえればいい、いわゆる討伐命令だ。他にも、勧誘、誘拐、奴隷化、依頼――可能性を論じればキリがない。もちろん、限りなく低い可能性も含めての、このバリエーションだけれどね」


「く、首?テイル君が殺されちゃうってことっ!?――あ、ごめんなさい」


 とうとう我慢できなくなったのか、思わずと言った感じでターシャさんが割り込んできて、すぐに我に返って柱の陰に戻っていった。


「申し訳ないターシャ嬢、少し過激な言葉を使ってしまったようだ。テイルには正しく現状を認識してもらいたくて、あえて最悪のケースを含めて提示したまでだよ」


「ちなみに、一番可能性があるケースって言うと、どんなことになるんだ?」


 そう俺が聞くと、実に何でもないという雰囲気で、ジオは言った。


「まあ、適当な罪をでっち上げて、罪人として移送するのが一番あり得るかな。王都の貴族が平民を呼びつける時に使う、常套手段の一つだよ。一体誰が、どの勢力や部署の名でテイルを呼び出すのか分からない以上、ちょっと厳しめに予測しておくくらいがちょうどいいと思う」


「それは……」


 そんなとんでもないことを事も無げに言うジオの浮世離れっぷりに若干引きつつも、その言葉の意味するところを真面目に考える。


 身に覚えのない罪で罪人にされるのは願い下げだけど、それ以上に気にかかるのが、白いウサギ亭のことだ。

 客の信用が第一なのが、商売の基本。

 そのために、ターシャさんのような丁寧な接客を心掛け、部屋を清潔に保ち、ダンさんの旨い料理を用意して、宿泊客をもてなしている。


 そんな客からの信用と同じくらいに大事なのが、世間の評判だ。

 新規の客を呼び込み、常連客の心を掴み続けるためには、巷に流れる評判が欠かせない。

 ターシャさんという看板娘と、街一番とも言われるダンさんの料理のおかげで、白いウサギ亭の評判は上々。

 突然の改名にもかかわらず、常連の宿泊客も変わらずに来てくれて、ソルジャーアント襲撃の傷跡深いジュートノルの中でも景気は悪くない方だと思う。


 だけど、俺が罪人になって王都に移送されたらどうなるだろうか?

 世間には曖昧にしている白いウサギ亭の主が俺だと知れ渡り、評判はガタ落ち、新規の客は一人も来ず、常連客も周囲の空気に流されてよその宿に移るかもしれない。


 ジオの言葉が現実のものになれば、当然予測される、そして一番避けたい事態だ。


「はっきり言っておくと、今の時点で王都からの召還命令を証明することは、僕にはできない。だから、僕の言葉が信用できないとテイルに言われたら、大人しく引き下がることしかできない」


 ジオはそんなことはしない、はずだ。

 悪だくみと言ったら聞こえが悪いけど、搦手の策略を講じるのが得意で、前の代官や冒険者ギルドマスターを蹴落としてジュートノルの実権を手に入れた今のジオなら、俺を王都に連れて行くことはそこまで難しくないはずだ。


 ――それこそ、ターシャさんやダンさんをダシに使えば。


「こういう事態のために、奴隷以下の立場から自由の身にしたり、ターシャ嬢を救う手助けをしたりと、僕はテイルに色々と肩入れしてきた」


 俺からすら言いにくいことを、ジオ本人がはっきりと言う。


「だけど、僕は僕なりのやり方で、テイルに真摯に向き合ってきたつもりだ。もちろん、テイルが不在の間の、ジュートノルの安全は僕が請け負う。ジョルク達に白いウサギ亭を気に掛けるように手を回しておくし、今もジュートノルに残っているアレックス達烈火騎士団にも防衛を任せる。その他にも、テイルが安心して王都に向かえる様に、できる限りの手を打っておくつもりだ。どうかな、テイル」


「行くよ、王都」


 事情は話してもらった。ジオの心づもりも一応わかった。後の心配がないことも教えてもらった。

 そして何より、


「王都に行けば、色々と秘密にしてることも教えてもらえるんだろう?」


「うん。僕が知っていること、調べたこと、推測していることを、テイルに詳らかにするつもりだよ」


 そう、ジオが言ったところで、一区切りついたと思ったんだろう、ターシャさんが柱の陰から出てきて、俺の手をそっと握ってきた。


「テイル君……」


「そういうわけで、ちょっと行ってきます」


「大丈夫なの?」


「大丈夫とは思ってないですけど「えっ!?」まあ、ターシャさんの恩人の言うことですから、一応信用して「一応って!?」王都まで行ってきます」


「……そっか、そうよね。受けた恩は返さないとね」


「はい。ターシャさんに教えられたことでもあるので」


 その俺の言葉にゆっくりと頷いたターシャさんに続いて、柱に肘をついた格好のダンさんも言ってきた。


「宿とターシャのことは心配するな。俺の伝手で、二、三日中にも新しい従業員が来る予定だし、心配事があればお前の先輩冒険者に相談する。安心して行って来い」


「はい!行ってきます!」


 こうして、慌ただしくも俺の王都行きが決まった。


 心配するべきは、ターシャさんとダンさんじゃなくて俺の方だったとは、この時は夢にも思わずに。

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