第83話 ジオの告解 上
前々からやろうと思いつつ、ついつい後回しになっていた白いウサギ亭の改築。
それを普段の仕事の手を休めてまで強行した理由を語るには、数日前に遡る必要がある。
「さてと、どこから話したものだろうね」
すっかり日が暮れて、各所に明かりをともした『白いウサギ亭』のテーブル席の一つに座ったジオが、珍しく思い悩む素振りを見せる。
ちなみに、ソルジャーアント襲撃の余波が残る今でも、数人の宿泊客がいるはずの白いウサギ亭だけど、今日はなぜか一人の予約も入っていない。
やんごとなき家柄に相応しい、明らかに場違いな服装のジオが他の客の目に留まらなくて良かったと思うけど、それすらも把握してのジオの訪問かもしれない。
あるいはジオが……これ以上は考えても仕方がないか。
そして、ジオの向かいに座る俺はというと、
「話の腰を折るようで悪いんだけど、あれは良いのか?」
テーブルを挟んだジオのさらに向こう、柱の陰から覗く、可愛らしい顔と興味津々な瞳が気になっていた。
――有体に言うと、隠れる気のないターシャさんが、柱の向こうから顔を半分出してこっちの様子を覗いていた。
「うん……」
「どうしてもって言うなら、遠慮してもらうけど」
そうは言ったものの、ちょっと嫌そうなジオには悪いけど、あまり気は進まない。
ターシャさんがああしている理由は分かっている。
さっきのミルズの時もそうだったけど、多分ターシャさんは、俺の友達?が訪ねてくるのが、とにかく嬉しいんだと思う。
俺とジオが一緒にいるところを見たくて、柱の陰から俺のことを見守っているんだろう。
――野次馬根性?誰だそんなことを言ってる奴は?
「いや、いいよ。このジュートノルにいる間に、ターシャ嬢と料理人のダンの評判は、僕の耳にも入って来ている。不用意に他人に喋るようなことはないと、思っておくことにするよ」
そう言ったジオの顔つきが、真剣なものに変わった。
「まずは、僕がテイルの存在と、能力に関する情報を隠蔽しようとしていたことを、改めて話しておこうか」
――隠蔽。
その片鱗というか、ジオが俺の行動をできるだけ秘密にしておこうという意図は、初めて会った時からなんとなく気づいていた。
だけど、ジオの口から次に飛び出した言葉は、俺の疑問をさらなる深みに引きずり込んだ。
「端的に言うとね、テイルは僕の計画の重要な鍵なのさ」
「鍵?計画?なんだそれ?」
「悪いけれど、その内容について、これ以上は話せない。重要なのは、テイルに関する情報の隠蔽に失敗したことで、計画のいささかの修正を余儀なくされたことにあるんだ」
饒舌なジオに対して、俺は黙っていることしかできない――というより、黙る以外に話を進める方法が見つからない。
ジオが、これ以上話せないと言っている以上、俺が口を出す隙間は無いように思える。
なにより、ついさっき、夕暮れの中で幽鬼のような雰囲気を漂わせながら立っていたジオに、五感強化だけじゃ測れない、尋常じゃない何かを感じたからだ。
「テイル、先日の、オーガの群れに対抗するために作ってもらった、砦のことを覚えているかな?まあ、忘れたと言われるとこっちとしても困るんだけれども。あの時に、テイルと共に砦の構築に貢献した、魔導士団のカティ女史のことだけでも、思い出してほしい」
「ああ、あのリーナの知り合いとかいう……」
そう言われて、リーナのことをお嬢様と呼んでいた美女のことを朧気に思い出す。
――なぜか、俺への当たりが強かったことも含めて。
「そう、そのカティ女史だ。彼女の報告が王都の当局に提出され、テイルの存在が取りざたされる事態となった」
「なっ……!?」
そこで一旦言葉を切ったジオは、俺の反応を予想していたように、小さく頷いた。
「驚くのも無理はない。テイルは王国の法に違反した覚えはないだろうし、また、王国の法典や冒険者ギルドの規則にも、ノービスの存在を明確に否定するような記述は存在しない」
ジオの言う通り、ノービスというジョブについて――もっと言えばノービスのジョブを持ったまま冒険者学校を退学することについて、俺は冒険者学校に入る前にできるかぎりの情報を集めた。
さすがに、王国の法典やギルドの規則を調べるところまでは行かなかったけど、白のたてがみ亭の客として知り合った、何十人もの流れの冒険者や旅商人に話を聞いて、慎重に冒険者学校入学を決めたつもりだ。
その俺の行動が、まさか王都で……
「な、なんで王都から……?」
「この話が、ジュートノルの冒険者ギルドや政庁舎を飛び越えて、いきなり王都に行ったのには、理由がある。冒険者学校を卒業直前で、しかもノービスのジョブを持ったまま退学した平民がいるなんて、ジュートノル支部の上層部は王都に報告できなかったんだよ。報告すれば、金貨一枚なんていう法外な入学金を取っていた不正が明るみに出かねないからね」
要は、自分達の不正を隠すために、テイルという小さなイレギュラーの存在を隠蔽していたというわけだ。
そう、ジオは語った。
「しかしながら、ノービスという一種の裏技をテイルが見つけたように、何事にも裏の事情というものが存在する――さすがに、一人の若者が日々の暮らしを楽にするために取った行動が、王都の奥深くに潜む虎の尾を踏む羽目になると想像できたのは、それこそ神くらいのものだろうね」
第三者のように冷静に、他人事のように残酷に、淡々とそう語ったジオ。
それだけに、その言葉は信ぴょう性が増して、巨大で得体のしれないものに俺は絡め捕られたんだと、言外に告げてくる。
ジオの体越しに見えるターシャさんも、さっきまでの無邪気さはどこかに行き、青ざめながら柱に縋りついている。
それでも俺達の間に割って入ってこないのは、接客係としての意地とプライドゆえだろう。
それに何より、話はまだ全然終わっていない。
「……なんでだ?」
「ん?何がだい?」
「なんでジオは、そんなことを俺に教えるんだ?」
――仮に、ジオの言うことが全部本当だとしても、なんで俺にそんなことを直接教えに来てくれるんだ?
たかが平民の俺に、いったいどれだけの価値を見出しているって言うんだ?
「ただの平民じゃあない。言っただろう?テイルは僕の計画の鍵だって」
そこで、今日初めて、これまで真面目な顔つきを崩さなかったジオが、いつものような軽薄な笑みを浮かべた。
「前置きも終わったことだし、本題に入ろう。なぜ僕がテイルに肩入れしているのか――そして、テイルにどうしてほしいのか、その理由の一端を披露するとしよう」
表情は軽薄な笑みのまま、しかし、時々見せる妙な威厳を体から漂わせながら、ジオは言った。
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