第82話 白いウサギ亭の改築(魔改造)
「なあテイル、本当にやっていいのか?」
「ああ、手加減無しで、本気でやってくれ」
「……お前な、俺の仕事は街を守ることで、間違っても壊すことじゃないんだぞ?」
「だけど、住民の要望を聞くのも仕事の内だろ。お前くらいの力がちょうどいいんだよ」
「わかったよ、やればいいんだろ!ったく、後で損害を賠償しろとか絶対に無しだからな!」
俺の再三の説得にやっと応じてくれたミルズが、薪小屋から持ち出してきた木のハンマーを持ち、腰だめに構えて呼吸を整えた後、短い掛け声と共に白いウサギ亭の壁目掛けて打ち付けた。
ゴオオオウウウウウウウウウン――
インパクトの瞬間、まるで特大の土鈴を鳴らしたような、心地良いと感じなくもないずしりとした音が響き渡った。
「おおお……」
でも、二人して聞き惚れていたのは、ほんのちょっとの間だけ。
聞きなれない音に何事かと外に出てきたご近所さんに謝罪と説明を繰り返し、最後にその様子を見守っていたターシャさんに「めっ」と温かくも厳しい指導を受けた頃には、俺とミルズの気力は底をついていた。
「お前がうるさくするからだぞ!ターシャさんにまで怒られただろうが!」
「お前がやれって言ったんだろ!このことが詰め所に通報されてみろ!俺の少ない給料がさらに少なくなるんだぞ!どうしてくれるんだ!?」
まあ、その直後にこんな感じの醜い底辺のマウント合戦が行われたわけなんだけど、本当に人に見せられるようなものじゃないので、これ以上は割愛したいと思う。
――そんな感じの不毛な争いが終わった後で、
「しっかし、本当に傷一つつかなかったな。まるで鉄板をぶっ叩いたみたいだぜ」
「だから言ったろ、本気でやってくれって」
「言われたからって信じないだろ、普通。こうやって実際に見るまで、通行人にどう言い訳しようかってことしか頭になかったんだぜ?」
そう言うミルズの視線の先には、ついさっきこいつがハンマーを打ち付けた、白いウサギ亭の土壁があった。
普通なら、打ち付けられた箇所が木っ端みじんになって穴が開いてもおかしくないはずだけど、今俺とミルズが見ている箇所には、傷どころか凹み一つすら見つからない。
「しかも、この建物全部の壁が、これだけの硬さになってるんだろ?普通に考えてあり得ねえって」
自分が叩いた、初級土魔法で強化された壁をまじまじと見ながら、未だに信じられないという風に言うミルズ。
そんな風に驚く元同期には悪いけど、真実はちょっとだけ異なる。
俺が『クレイワーク』で強化したのは、壁だけじゃない。
ジュートノルの街へのソルジャーアント襲撃の主な侵入口になった、地面の下の土に至るまで、これでもかってくらいに固めてある。
さすがに、扉や窓を自作することはできなかったので業者に外注している(それでも頑丈さ最重視で発注した)けど、多分、巨大地震が来ても、白いウサギ亭だけはほとんど被害も出さずに無事に建っているはずだ。
――改築っていうか、魔改造だな。魔法だけに。
もちろん、これには理由がある。
「本当にすげえな、土魔法にこんな使い方があったなんてな。あの時に、ウチの壁のひび割れとか直しとけば、一生修理工なんか呼ばなくて済んだかもな」
冒険者学校の頃を思い出しているのか、感心しっぱなしのミルズ。
――さすがに、エンシェントノービスの力のことをミルズに言うわけにはいかない。
ただのノービスの土魔法だと思ってもらえているなら、むしろ好都合だ。
工事の許可のこととか、色々と便宜を図ってくれたミルズには悪いけど、このまま勘違いし続けてもらおう。
「それにしてもすげえよな」
「何がだ?」
「何がって、工事の早さに決まってんだろ。許可が下りてから、たったの二日で完成だぜ?事実だけを書類にして提出したら、偽装を疑われてすぐに査察が入るぞ」
「それはまあ、確かに」
意外と常人的なところがあるミルズの指摘に、頷くことしかできない。
「お前のことを俺の先輩がよく知ってて良かったな。何でも、ダンさんの古い知り合いなんだってな。正直、先輩が口添えしてくれなかったら、結構面倒なことになってたかもしれねえぞ」
――それはどうだろう?
というセリフは、心の中だけにしておく。
確かに、ミルズの言う通り、二日で建物の改修工事が終わったって報告したら、衛兵隊をざわつかせることになるんだろう。
でも、騒ぎが起きるのは多分、そこまでだ。
衛兵隊の上――政庁舎に報告が言った途端、アイツが圧力をかけて全て握り潰すに違いない。
ましてや、二日前の夜、あの話の後ならなおさらだ。
「それにしても、復興の次は改築ブームかよ。魔物の侵入を許した街ってことで、てっきり一気に景気が悪くなると思ってたんだけどな」
そう言うミルズが見回す先から、あっちこっちからトントンカンカンと音が聞こえてくる。
俺達がなんやかんやとやっている間にも、作業員らしき人が数人、白いウサギ亭の前を通り過ぎている。
「でも、ちょっとおかしいんだよな」
「おかしいって?」
首をかしげながらそう言ったミルズに合いの手を打つと、逡巡を見せた後に言った。
「こうやって街中で改築をやってるからさ、当然俺達衛兵隊も巡回の回数を増やして、騒ぎが起きないように警戒に当たってるんだけどな。ちょっと景気が良すぎるんだよ」
「景気が良いなら、それに越したことはないだろ」
「それはそうなんだけどな、その原因がな……」
「なんだよ、奥歯に物が挟まったような言い方だな」
「テイル、建設業で、
「二番目?一番は、やっぱり人件費だろ。でも、二番目っていきなり言われても……土地か?」
「バカだな。依頼主の方が土地を用意することの方が多いだろ。二番目は、資材費だ」
「ああ、そう言われてみれば」
「その資材費が、なんでも最近馬鹿みたいに安いんだと。どこの現場に行っても、その話題が出てくる。なんかおかしくないか?」
「でも、話を聞く限りじゃ、誰も困ってないんだろ?なら、おかしいことは何もないさ」
「そうなんだけどな。……やっぱり、俺の考えすぎか?」
「そうだそうだ。お前はおかしいんだよ」
「そうだよな……って、今なんか変なこと言わなかったか?」
「言ってない言ってない。変なことなんて、なんにもない」
そう、俺自身は何も知らない。
たとえ、
『テイルも、不在の間にジュートノルがまた魔物に襲われたらって不安になるだろうから、僕の方でできるだけ手を打つよ。具体的にはこれからだけど、とりあえずジュートノルを強化する』
という、ヒントどころじゃない話を聞いていたとしても、エンシェントノービスの力と同様に、ミルズには何も話せない。
と、考えているところで、
「テイルくーん、もう終わったの?終わったのなら、お友達の衛兵さんをお招きしてくれない?お礼ってわけじゃないけど、お昼の賄いを用意してあるから」
そんなターシャさんの声が、中から聞こえてきた。
「よっしゃあっ!!これを待ってたんだ!」
すると、さっきまでの妙な勘の良さはどこへやら、ダンさんの料理で頭がいっぱいになったらしいミルズは、俺が何も言わない内に中に入ってしまった。
――何とか誤魔化せたのは良いとしても、なんか前よりもずっと遠慮が無くなったよな。
そんな感想を、どこか憎めない感じのするミルズに持ちながら、無事魔改造を済ませた白いウサギ亭の玄関を潜った。
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