第81話 あいつらのその後
今日も俺は、白のたてがみ亭別館改め、白いウサギ亭の玄関前に立って、二階建ての建物を見上げる。
いや、睨みつけていると言っていい。
と、そこへ、
「あー、テイル君またサボってるの?いけないんだ。ダンさんに言いつけちゃうぞ」
「違いますよ!今日はちゃんとやることやってますから!」
いたずらっ子を見つけた時のような口調で注意してきたターシャさんに、全力で否定する。
ちなみに、ダンさんは厳しい人だけど、過去の俺のことを知っているせいか、仕事に関してはちょっと大目に見てくれるところも意外とあったりする。
そういう意味だと、本当に怖いのはターシャさんだ。
普通にニコニコ笑っている内はまだいい。
だけど、ターシャさんが本気で怒ると、いつもの笑顔のままでずっと見られる。比喩じゃなくて、本当にずっと見られる。
さすがにお客さんが来たらそっちに専念するけど、終わったら、また見られる。
その時の罪悪感の凄まじさといったら……うん、寒くもないのに震えてきた。
「そっか。じゃあ、玄関の前に立って、なにしてるの?」
「いや、こうして改めて見てみると、ずいぶんと年季が入ってるなと思ったんですよ」
「ああ、うん、確かに。騙し騙しやって来たもんねえ、本当に」
そう言いながら、俺に寄り添うように隣に立って、白いウサギ亭を見上げるターシャさん。
予想外のイベントにドキドキしつつ、それでも、白のたてがみ亭別館と呼んでいた頃のことを思い出す。
自分の城とも言うべき本館ですら、修繕費を出し渋ったゴードン。
そんな奴が別館の方に気を回すはずもなく、一時期は建物中にヒビや歪みが生じて、いつ土台ごと崩れてもおかしくない、危険な状況だった。
俺が冒険者学校に入ってノービスの力を手に入れようとした動機の中に、別館を修繕したいという思いがあったことは間違いない。
「ひどい時は客足にまで響くくらいに、ボロボロだったもんね。でも、テイル君のお陰で、ずいぶんと見られるようになったじゃない。何か不満でもあるの?」
「不満といえば不満ですね」
きっかけは、ソルジャーアントの襲撃だ。
あの事件は、ジュートノル中を混乱に陥れたけど、旧白のたてがみ亭別館も例外じゃなかった。
中にある調理用の食材にでも釣られたのか、俺が駆け付けた時には、まさに三匹のソルジャーアントが裏口を破壊して侵入する寸前だった。
あの時は何とかなったけど、その後のオーガの群れといい、安心できる建物というには程遠い状態だ。
そんな感じのことを、かいつまんでターシャさんに話したら、
「それは、私もそう思うけどね。でも、修繕するって言ったって、お金はどうするの?はっきり言ってウチ、そんな余裕なんてないわよ?」
「それは俺もわかっています。だから、木材の費用ととその職人の都合さえつけば、後は俺がなんとかします」
「なんとかって……ああ、そういうことね」
俺の言いたいことを、全てを聞かずにわかってくれたターシャさん。
だけど、すぐに悩ましそうな顔になった。
「ごめん、それが名案なのかどうかは、私には答えられない」
「どうしてですか?費用は大幅に浮くと思います。もちろん、俺は建物を造ったことはないですから、その道のプロになにがしかのお金を払って、アドバイスしてもらわないといけないんですけど」
「うん。それもあるんだけど、もっと大事なことがあるのよ」
「大事なこと?」
「それはね――あ、ちょうどいいところに来た。こんにちはーーー!!」
そう叫びながら俺から離れて、ちょっと先の十字路に向けて手を振ったターシャさん。
その先にいたのは、統一された簡素な鎧と槍を身につけた、衛兵隊の一団。
巡回中なんだろう、全部で五人の衛兵隊は、少しでも覚えてもらいたいのか、雄たけびを上げながらターシャさんに手を振っている。
と、そのうちの一人がガチャガチャと金属音を響かせながら、こっちに走ってきた。
――なんだ?ターシャさんの過激なファンか?
と思ったら、違った。
「テイル!久しぶりだな!」
そう言いながら、目深にかぶったヘルメットをずらしたその顔に、見覚えがあった。
「ミルズ!?」
「よう、元気そうだな。って言っても、お互いけっこう変わっちまったみたいがな」
「この辺りの担当になったのは、本当に偶然なんだけどな。そのうち会えるんじゃないかって期待くらいはしてたさ」
そう言いながら、厨房のダンさんが出してくれたお茶を、俺の向かいに座って飲むミルズ。
ちなみに、その他の四人の衛兵隊の人達は、少し離れたテーブルで、ターシャさんの接客を受けてデレデレしている。
気を遣ってくれたターシャさんに感謝しつつ、ミルズに話しかける。
「そろそろ聞いてもいいか?その格好のこと」
「あははは!相変わらず遠慮しいだなテイルは!聞くも何も、見た通りだよ。冒険者を辞めて、衛兵隊に就職したんだ」
「就職って……」
鎧の下の制服を自慢するように、袖を引っ張りながら明るく話すミルズを見て、心の中に苦いものが走る。
ミルズが生き方を大きく変えたきっかけに、心当たりがあったからだ。
「そんな顔するなよ、テイル。確かに、あのダンジョンでのことがきっかけだったのは間違いないさ。俺が知ってるだけでも、あの時のレイドパーティの内八人が冒険者を辞めて、商人や職人になったり、ジュートノルを出て田舎に帰ったりしてる」
思いもかけないどころか、知ろうとすらしていなかった事実を突きつけられて、言葉が出ない。
そんな俺の様子に気づいたんだろう、「勘違いするなよ」とミルズは言ってきた。
「冒険者に危険はつきもの。それくらいは俺達だってわかってた。だけど、あれから謹慎処分を食らってる間に、調べたんだ。テイル、新人冒険者の五年後の生存率って、どれくらいか知ってるか?」
「あ、ああ、確か冒険者学校で習ったのは、百人中、四、五人くらいだった気が――」
ジョブの恩恵のお陰で、冒険者の生命力は強い。
もともと体に備わった自然治癒力の上昇はもちろん、普通は血の流し過ぎで死ぬような状況でも、治癒魔法をかければ助かるなんてことも、冒険者ならざらにある。
もちろんこれは、ミルズのように冒険者を辞めた奴も含めた数字だから、死亡者=落伍者というわけじゃないんだけど。
「テイル、その情報は古いな。俺が聞いた話じゃ、ジュートノルの冒険者ギルドに所属する冒険者だけでも、ソルジャーアント襲撃の後に受けた依頼中に、全部で十四人が死んでる。そのほとんどが、魔物に襲われてのことらしい」
「っ――!?」
「夢のある職業どころじゃねえ、新人冒険者の俺達が剣だの魔法だのはしゃいでるすぐ側で、死神が鎌を持っておいでおいでしてたってオチだ。この世で一番笑えないギャグだぜ」
ミルズの自嘲気味のセリフに、俺は答えられない。
ミルズの話に、ただ耳を傾けることしかできない。
「今となっちゃ、あのタイミングで謹慎になって良かったと思うよ。怒り狂ったリーダーにパーティを追い出されてからこっち、時間だけはあったからな。同期同士で情報を交換し合ったり、先のことをゆっくり考える時間ができた。衛兵隊も、元冒険者の今の上司の伝手でなれたんだぜ?冒険者なんてろくなもんじゃないが、何でも役に立つもんだよな」
「後悔は、ないのか?」
冒険者になる直前に途中で投げ出した俺が言える立場じゃないけど、それでも聞かずにはいられない。
俺はノービスという半端なジョブということで見逃されているけど、ミルズの場合は冒険者を辞めると共に、ジョブの恩恵も返還したはずだからだ。
「ハハハハハ!バカなこと聞くなよ!そんなの、辞めたばっかなのにわかるわけないだろ?――でもまあ、こうして街の人に声をかけて気に掛ける衛兵って仕事は、冒険者だった時よりもよっぽど充実感があるぜ!!」
元から陽気な性格のキャラだったけど、そう言い切ったミルズの笑顔は、ダンジョンで見た時よりも明るく見える。
そのミルズの姿に、思わず眩しさを感じていると、
「そう言えば、俺に――っていうか、衛兵隊に用があったんじゃないのか?」
正確には俺じゃなくって、ターシャさんが衛兵隊を呼び止めたんだけど、それは些細な違いだ。
ターシャさんの用を要約すると、建物の改築には、政庁舎の許可が必要だということだった。
ただし、そのレベルの相談を直接政庁舎に持ち込むと、役人の仕事が際限なく膨らむので、普通は担当区域の衛兵にまず話を持ち掛けるらしい。
ただ、白いウサギ亭の場合は俺の魔法を使うので、普通の改築とは一線を画すことになる。
「とりあえず詰め所に持ち帰って上司に報告するけどよ、多分大丈夫だと思うぜ」
と、新人衛兵殿は有り難い言葉を残して、仲間と一緒に巡回に戻っていった。
ミルズがいる間に、すでに日は傾き始めていた。
夜の宿泊客を迎えるために、急いでカップを片づけていると、
カランコロン
「すいません、まだ準備中なんですよ」
そう言って、フライング気味にやってきた客を断ろうと玄関の方を見ると、
「すまないが、客じゃあないんだ。むしろ、これから商売の邪魔をすることを謝罪しておかなきゃあならないのさ」
そう言って入ってきた気配は、一人。
夕日が外から差し込んでいるせいで黒い影しか見えなかったけど、声の主が誰なのかはすぐに分かった。
ただ、実際にシルエットを見るまで、そいつだとは気づけなかった。
そいつが普段必ず連れている、セレスさんの気配がなかったせいだ。
「すまないテイル、ミスった」
病人かと思えるほどに病的な顔色をして、たった一人で白いウサギ亭を訪れたジオが、開口一番そう言った。
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