第79話 大人達の暗黒面
もちろん、俺がこんなことをいきなり言ったのには、ちゃんとした理由がある。
『どんな甘い蜜だろうと、ギルドマスターの提案はとにかくすべて断れ』
ギルドマスターの執務室に入る直前にジョルクさんからこう言われていなければ、金貨五十枚の使い道を考えることくらいはしたかもしれない。
「私はこの街の全ての冒険者を取り仕切るギルドマスターだぞ!!その私の温情を断って、これまでのような冒険者まがいの行為を許すと思っているのかっ!?」
当然のリアクション――と言うには、沸騰するのが早すぎるギルドマスターだけど、さすがの俺でも、ジョルクさんの指示をそのまま鵜呑みにするほどバカじゃない。
ジョルクさんの指示には続きがある。
『すでに手は回してある。お前はただ、ギルドマスターの要求を躱して時間を稼いでくれればそれでいい』
「おい!私の話を聞いているのか!!黙っていれば不利になるのはお前の方なんだぞ!!お前もだジョルク!!この街で冒険者としてやっていけなくなってもいいのか!?」
そう言ったギルドマスターが、体ごと沈み込みそうな豪華な椅子から立ち上がって執務用の机を回り込み、ジョルクさんに詰め寄ろうとした、その時だった。
……、――っ!
「た、大変です、ギルドマスター!!」
そう言って、ノックもせずに部屋に入り込んできたのは、ギルドマスターよりも少し年下といった感じの、ギルド幹部らしき男。
「馬鹿者!!今は誰も通すなと命じたのを忘れたのかっ!!」
「し、しかし、政庁舎からの使者の方が……あっ!?」
「はいはい、お邪魔しますよ」
そのギルド幹部らしき男を押しのけるように部屋に入ってきた人を見た瞬間、ジョルクさんの言っていた仕掛けが全部分かった。
「き、貴殿は、まさか……!?」
「先日のパーティーでお会いして以来ですね、ギルドマスター。早速ですが、そこの二人を引き取らせていただきますよ」
「なっ……なぜっ!?」
「困りますね、ギルドマスター。貴方には、私の主から、くれぐれも余計なことは慎むようにと忠告――失礼、助言があったはずですが?」
「そ、それは……」
「もちろん、冒険者に関することは冒険者ギルドの領分でしょうが、それを押して、私の主は貴方に特別な助言をされたのです。それを、一体どのように曲解されたのかは知りませんが、担当職員はおろか秘書の一人も同席させずに、御自身の権力を濫用してこのようなやり方をされるとは。私の主がこのことを知ったら、さぞ嘆かれるでしょうね」
「ま、待った!!」
「待った、とは?」
「っ……!!待っていただきたい!!私はただ、先日の魔物の襲撃に際して多大な功績のあった二人に、ギルドを代表して礼の言葉を述べていただけです!誓って、それ以上の他意はございません!!」
「ほう、なるほど。では、二人を連れて帰ることに、なんの異存もありませんね?」
「もちろんです!!――おい!御三人を玄関まで丁重にお送りしろ!!」
「は、はあ……」
「はっきりと返事をせんか!!」
「は、はいいいいいいぃぃぃ!!」
「いやあ、最近はジオ様の名代としてパーティー三昧の毎日でしてね、少々うんざりしていたのですが、顔は売っておくものですね」
冒険者ギルドの建物を出たところで、初めて俺に話しかけてきた――ギルドマスターから俺達を助けてくれたのは、元商業ギルドの職員で、最近ジオの配下になった(強引に勧誘されたとも言う)ロナルドさんだった。
「災難でしたね、テイルさん。ジョルクさんからの連絡が届いた時にはまさかと思いましたけど、いや、二人に危害が及ばなくて本当によかった」
「いえ、それはいいんですけど……」
ロナルドさんの言う通り、俺もジョルクさんも、危害と呼ぶほどのことはなかった。
厳密に言えば、白のたてがみ亭別館の仕事を邪魔されて、それなりに不満はあるけど、まあそれは置いておく。
だけど、俺の頭を飛び越えてひとりでに解決してしまった気持ち悪さがあるし、何より仕事の途中で出てきたから、後を任せっきりになっているダンさんとターシャさんの二人に、言い訳の一つくらいはしたい。
「ははは、確かに『もう用は済んだのでお帰りください』では、テイルさんも納得できませんよね。ではお話しましょう。ただし、聞いたところでスッキリするような類の話でもないのですが」
そう言ったロナルドさんは、冒険者ギルドの向かいにある喫茶店に俺達を誘って、奥まったテーブル席の一つに腰を下ろし、てきぱきと注文を済ませて店員を下がらせた後に、再び口を開いた。
「きっかけは、テイルさんもよくご存じの、代官交代劇ですよ。あれに連座する形で、冒険者ギルドの前ギルドマスターが解任の上追放処分となったのは、もちろんご存じですよね」
ロナルドさんから水を向けられて頷くと、今度はジョルクさんが話し出した。
「代官を頂点とした腐敗は根深いものだったからな、冒険者ギルドを始めとして、各ギルドや衛兵隊など、ジュートノル中が良くも悪くもその余波を受けている最中だろう。もっとも、平民が変化を肌で感じるようになるのは、もう少し先の話だろうがな」
「つまり、いまジュートノルの上流階級の間では、人事の刷新と世代交代が急ピッチで進んでいるんですよ。私もその一人といえなくもないですし、あそこの今の主もそうですね」
そう言ったロナルドさんの視線の先には、今さっきまで俺達がいた冒険者ギルドがあった。
「と、言いたいところなんですけど、実は冒険者ギルドは少々事情が異なります」
「え……?」
「要するに、今のギルドマスターは、ジオが自分の手駒を王都から呼び寄せるまでの、ただの繋ぎだ」
「彼は、前ギルドマスターとその派閥を一掃した後に残った、いわば日和見派の代表格です。要するに無能なんですよ」
うわあ……
思わず言葉に出してしまいそうになった、憐れみとも嘆きともつかないその言葉を、すんでのところで飲みこむ。
ロナルドさんのセリフだけ聞けば同情するのもやぶさかではないんだけど、あの初対面で全て帳消しどころか嫌悪感の方がはるかに勝っている。
なるほど、無能と呼ぶことすら控えめな表現だ。
「ジオのことだ、準備ができ次第、すぐにあのギルドマスターを一身上の都合で引退させる気なんだろう。最低限の名誉は与えるつもりでも、それ以降は表舞台に立たせる気はないはずだ」
「それでも、元ギルドマスターという肩書は、それなりにちょっとしたものなんですが、彼もそれでは満足できなかったんでしょうね、更なる功績というか、ジオ様との伝手を欲しがった」
「それで、俺を冒険者に?」
「そういうことだ。冒険者の俺をギルドマスターの命令という形で強制的に動かし、冒険者ギルドにお前を取り込んで『ジュートノルの英雄』と喧伝し、その陰で、ジオでも簡単に首を挿げ替えられないほどの影響力を得ようとしたんだろう」
「ソルジャーアントに続いて、オーガの群れの撃退にテイルさんが深く関わっていることは、平民にはまだ知れ渡っていません。ただし、平民への情報封鎖に関わっている一部の役職の者達の間では、テイルさんは今まさに注目の的です。ジオ様との繋がりも含めて、魅力的な人材と考えている者は少なくありません」
――そういうことだったのか。
営業スマイルと呼ぶには気持ち悪すぎた、ギルドマスターのあの笑顔も、実は必死になった結果だったってわけだ。
そう考えると少しは同情――駄目だ、まだ嫌悪感の方が上回ってる……
「そういうわけだ、テイル。これからは不審な呼び出し、特にギルドと名のつくところからの使者や招待だとかは、全部断れ」
自分のことを棚に上げて、まんまと俺を冒険者ギルドまで連れてきたとはとても思えないジョルクさん。
「私の方でもそれとなく各所に釘を刺しておきますが、もし、業を煮やした相手が強硬手段に出た場合は、遠慮なくやっちゃってください。周辺に被害が及ばなければ、多少の実力行使は目を瞑りますし、衛兵隊にもその旨を通達しておきますので」
さらには、まるで他人事のように(実際他人事なんだけど)いざという時には暴力で解決しろと、俺をけしかけてくるロナルドさん。
「あ、はい」
これまで常識的な人達だと思ってきた二人の大人の暗黒面を見せられて、思わず言葉を無くす。
俺ができたのは、出てきそうになった盛大な溜息を体の中に押し戻すために、変な重圧で味もわからなくなったお茶を、この喉に一気に流し込むことくらいだった。
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