第78話 冒険者ギルド


「すまんな、忙しい時にこんなところまでついて来させて」


「いえ、それは良いんですけど……」


 本当はあまり良くはないんだけど、今の俺にはそれ以外の返事はできなかった。


 いつもは、熟練冒険者らしい風格を常に漂わせて頼りがいのある姿が、今日に限っては少し肩を落としているせいもあって、一回り小さく見える。

 悄然として俺の隣に座っているその人――ジョルクさんだけど、その一方で、どこかホッとした雰囲気も見え隠れしている。

 どうやら、俺達が並んで座っているこの建物――冒険者ギルドの主に相当に困らされての、今のこの状況があるようだ。


「ん?ジョルクじゃないか。お前がここに来るなんて珍しいな。何が――いや、言わなくてもいい。大方の予想はついた」


 そんなわけで、この人の行き来の少ない通路に置かれた長椅子にジョルクさんと座っていると、たまたま通りがかったギルド職員の制服を着た男性が声をかけてきた。


「フレッドか」


「フレッドか、じゃないだろう?少しはギルドにも顔を出せ。報告はいつも仲間に任せっきりで、お前に教えを請いたいが会えんと、他の冒険者達に泣きつかれる俺の身にもなってみろ」


「すまんが適当にあしらっておいてくれ。そこまで暇じゃない」


「……まったく、伝説のウルフイーターがこんなにも人嫌いと世間に知れたらどうなることやら――ん、なんだその小僧は、連れか?」


 ジョルクさんとの会話に興じていた男性の眼が、興味深いものを見るように俺に向けられる。


「……そうだな、そろそろ紹介するべき時期か。テイル、こいつはフレッド。冒険者ギルドダンジョン部二課の課長」


「もう部長だ」


「そうか――この間のゴタゴタのおこぼれで、めでたく部長に昇進した運のいい奴だ。そこそこ信用できる奴だから、ギルド関連で何かあったら相談するといい」


「は、はあ」


「フレッド、こいつはテイル。例の『帰還者』だ」


 ガッ


「君かっ……!!」


 ジョルクさんの言葉が終わった途端、突然俺の肩を掴んで揺すりながらそう叫んだフレッドさん。

 もちろん、俺には何のことだかわからないので、ジョルクさんの方を見る。


「フレッドはな、お前がダンジョンで行方不明になった時の、ギルドの責任者の一人だ」


「すまなかった!!」


「え?」


 驚きは――思った以上に無かった。

 俺の肩を揺すっていた時から、フレッドさんの眼に悔いのようなものが強く宿っていたからだ。


「テイル君の救出が間に合わなかったのは、ひとえに私の責任だ。そもそも、新人ばかりでしかも二十四人もの大所帯のレイドパーティで、未踏領域が存在するダンジョンに潜る許可を出したこと自体が、冒険者ギルドとしてあるまじき失態だった。本当に申し訳なかった!!」


 まるで昨日のことのように、熱い言葉で謝罪してくれるフレッドさん。

 だけど、あれから数々の修羅場を潜り抜けてきた俺からすると、遠い昔に起きた出来事に近い。

 そのギャップに戸惑って、横のジョルクさんの方を見ると、


「こいつの言葉は、あまり真に受けるな。あの頃は、前ギルドマスターが冒険者ギルドを牛耳っていた時期でな、まともな意見の方が通りにくかった。お前が行方不明になった件も、帰還した冒険者のを鵜呑みにして、フレッドの意見は端から無視されていたくらいだ。救出に動こうにも動けなかったのさ」


 そう言いながら、「お前もその辺にしておけ」と、俺の肩を掴んだままのフレッドさんを引き剥がしてくれた。


「しかしだなジョルク、冒険者ギルドとしても、俺個人としても、なにかしらの形でテイル君に報いなければ――」


「顔つなぎはしてやったんだ。今日はこれで満足して、謝罪を形にするのはまた今度にしておけ。それに――」


「それに?」


「部長のお前がいつまでも俺達に構っていると、下の職員が声をかけづらいだろう?」


 そう言うジョルクさんの視線の先には、仕事とフレッドさんへの配慮との板挟みで、困り顔の職員の女性が一人、通路でおろおろしていた。






 その職員の女性の目当てはフレッドさん――ではなく、俺達の方だった。

 女性職員さんの案内でやってきたのは、ギルドで一番奥まった広い部屋。

 そこにいたのは、


「やあやあ、待っていたよ!君は確か……そうっ、テイルだ!ジュートノルの英雄とようやく会えて、冒険者ギルドの長として感激の至りだよ!本来ならばソルジャーアント撃退の直後に表彰すべきところを、このような時期になってしまって誠に遺憾だよ!君も知っているだろうが、冒険者ギルドでは最近、大きな変化があったばかりでね、そこは英雄らしい度量の広さで許してもらいたいものだ!」


 そう、ジョルクさんを通じて俺をここまで呼び出したのは、冒険者ギルドの今のいまのギルドマスターだ。

 俺を連れて来ること自体に消極的だったジョルクさんでも、ギルドマスターの命令には逆らえるはずもなかったわけだ。


「ギルド内では、君の経歴に鑑みて、私が直接会うことに難色を示す声も少なくなかった!だが、私はそういう古い慣例にはつい反発してしまう性格でね、なんとしても君に正当な評価と褒美を与えないと気が済まなかったんだよ、ベイル!」


 ギルド長の椅子に座ったままで、俺に向かってご機嫌な様子で話しかけるギルドマスター。


 もちろん、「ベイルって誰だよ」なんて無粋なことは言わない。

 言ったところで、俺の名前を覚えてくれるとは思えなかったし、覚えてもらう要も感じなかった。


 と、ギルドマスターの視線が俺からジョルクさんに移った――急速にその熱を冷ましながら。


「ん?ああ、まだそこにいたのか、ジョルク。任務、ご苦労だった。もう帰っていいぞ」


 まるで羽虫でもあしらうように手を振りながら退室を促すギルドマスターに、ジョルクさんはしかめ面すら消して無表情になった。


「そうはいかん。俺はテイルの監視役だ。冒険者でもない上に未成年のこいつが、ギルド内で間違いを犯さないように見張る義務が、俺にはある」


「そうか。ならば、ギルドマスターの権限において、ジョルク、お前のテイルへの監視任務を今この場で解く――だからとっとと出て行け!」


 俺に話していた時とは真逆の、高圧的な態度でジョルクさんに怒鳴りつけるギルドマスター。

 でも、当のジョルクさんは、ギルドマスターとは対照的に、至って冷静だった。


「ギルドマスターの命令は受領したが、それがそうもいかなくてな。このテイルをここまで案内する前に家族から、『テイルを無事に家まで送り届ける』依頼を請け負った」


「な、なんだとっ!?」


「いくらギルドマスターの命令でも、依頼人との契約に背くわけにはいかん。テイルの後見人として、この場に同席させてもらおう」


「ぐっ……」


 ジョルクさんの言葉に反論しようとしたんだろうけど、ギルドマスターからは呻くような声以外は出てこなかった。


 ちなみに、白のたてがみ亭別館で会ってからこっち、ジョルクさんと常に一緒にいた俺の記憶では、そんな依頼が交わされた覚えは欠片も無い。

 つまり、ジョルクさんがギルドマスターの命令に対して、とっさに機転を利かせてハッタリを掛けただけ、ということになる。


 ――さすがは熟練冒険者、と言うしかないな。


 そんなわけで、しばらくジョルクさんを睨みつけていたギルドマスターだったけど、あの気持ちの悪い薄ら笑いをまた浮かべて、俺の方を見た。


「そうそう、今日は君に褒美を渡すという話だったのだ。喜んでくれ!不遇にも、ノービスのままで冒険者学校を辞めざるを得なかったベイルには、願ってもない話のはずだ!!」


 そう言ったギルドマスターはニヤリと口元を歪ませると、俺の期待(と思い込んでいる)を煽るようにもったいぶった後、満を持して言った。


「Bランク冒険者の待遇!それにふさわしい装備一式!ジュートノルの英雄に相応しい仲間の斡旋!中心部に住居の手配!さらにはソルジャーアント撃退の報酬として金貨五十枚!どうだね!この夢のような褒美は!」


 確かに、ものすごい待遇とご褒美だ。

 平民からの大出世、レオンやリーナみたいな煌びやかな装備、ジュートノルでも上位の冒険者が仲間になり、一等地での生活が始まり、しばらくは何もしなくても食べていけるほどの大金。

 冒険者になりたい奴なら、誰もが夢見る瞬間に違いない。


 もちろん、俺の返事も決まっていた。


「お断りします」

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