第76話 SS リーナの悩み 5
夕暮れ前。
「ねえ、ちょっと
露店をめぐっている内に、いつの間にかにそんな時刻になっていることに気づき、そろそろリーナを送って行かないとと思った俺の胸の内を見透かしたように、リーナは言った。
ジュートノルの街は、貴族の代官がトップにいるだけあって、それなりの防備が整えられている。
その最たるものが街壁で、魔物が簡単に侵入できない程度の高さで石材が組まれ、上部には人一人が優に通れる歩廊がある。
平時は、街門などの施設がある箇所以外は一般に開放され、ちょっとした憩いの場となっている。
リーナの住居の近くまで来た俺達は、外壁の階段を上って歩廊のへりに座って折り詰めを開けて、改めて丹精込めて作られたフルーツパイを愉しんだ。
「やっぱり、外で食べると一味違うわね。ああいうお店にいると、どうしても昔を思い出しちゃうから」
「……昔っていうと、実家のことか?」
これまであまり踏み込んでこなかった、何より聞くのが憚られた話題に、リーナの口から出たこともあって、あえて聞いてみる。
すると、意外にもさばさばとした様子で、リーナは答えてくれた。
「そう。本当に窮屈な毎日だったわ。兄さまたちに混じって剣の稽古をしている時以外は。レオンとも、その頃に知り合ったのよ。性格は今と変わらずいけ好かないけれど、剣の話だけは馬が合ったから」
「じゃあ、パーティを組んだのも?」
「うん。ルミルとロナードは、レオンの実家の伝手で仲間になったの。でも、私の家柄が家柄だったから、王都や大きな街で冒険者になると、どうしてもい家名に差し障りがある」
確かに、まだ推測の域を出てはいないけど、どうやらリーナの実家はとんでもない家柄らしい。
知り合いに出くわしそうなところで冒険者をやるのがまずいことくらいは、事情を掴み切れていない俺でもわかる。
「だから、できるだけ目立たない形ということと、ちょっとした縁もあって、ジュートノルで冒険者学校入学から始めることになったの」
「……なるほどな。道理で、いきなり四人でパーティを組んだわけだ」
通常、冒険者学校の卒業者は、同期同士でパーティを組まない。というより、組むことを事実上禁じられている。
理由は単純明快――それが、最も全滅の危険度が高いからだ。
だから、普通の新米冒険者は、先輩冒険者のパーティに組み込まれ、経験と実績を積んでいった後で独り立ちするのが常識だ。
だけど、
「私達の場合は、実力が高く評価されていたのと……あとは、実家の圧力ね。ほとんどはレオンの家からだったみたいだけれど、私の家からも軽い注文くらいはついたみたい。まあ、私が平民を敬うなんて、あのお父様でも許してはくださらないでしょうから、私は口を挟まなかったけれど」
――リーナ達の冒険者パーティ、「青の獅子」が特別扱いをされていたことは、同期なら誰もが思っていたことだったけど、まさかそんな裏事情があったとは……
だけど同時に、湧き上がってくる疑問がある。
なんで今、リーナはこんな話を俺に?
「レオンが、ギルドからの謹慎処分を無視して、実家のある王都に戻っているのは、この間話したわよね」
「ああ」
「そのレオンが、ジュートノルから王都への移籍を考えているのよ――ううん、この言い方は正確じゃないわね。はっきりとジュートノルの冒険者ギルドの面目を潰して、自分だけじゃなくて私達三人の謹慎処分すらうやむやにしようとしているのよ」
「移籍……?三人……?」
冒険者学校のことならともかく、ギルドのことはほとんど知らない俺にも、リーナの言っていることが尋常じゃないことは伝わってきた。
そして、レオンが何を企んでいるのかも。
「有体に言うと、私とロナードとルミルに、レオンから王都に来ないかって誘いが来たってことよ。それなりの待遇を約束した上でね」
「それは……」
何かを言おうとして、言葉が見つからなかった。
いくら強くなろうとも、奴隷同然だったゴードンとの契約から解放されようとも、俺は冒険者じゃない。
だけど、俺は――
「そうだ、リーナ、これを」
「え、なに?」
変なタイミングだけど、思い出した以上は渡さない理由はない。
俺はリーナに、小さな紙袋を渡した。
「これは……」
リーナが紙袋から取り出したのは、金属製の髪留め。
「エルさんに連れてきてもらったさっきの店、料理だけじゃなくて、こういう小物も展示しては、売ってるらしいんだ。たまたまそれを、店を出る前にカウンターで見つけて、こっそりと買ったんだ」
「でも、冒険者の私には……」
「それ、リーナが武具店で褒めてた、カタリーナ工房の作品だってさ」
「え……!?」
思いもかけなかったという顔で、俺を見るリーナ。
「と言っても、俺がそれを知ったのは、買う直前に店員さんに教えてもらったからだから、ただの偶然だけどな。でも、武器を造る工房なだけあって実用性は高いらしい。冒険者が戦闘中につけていても、滅多なことじゃ外れないようにできてるんだってさ」
「……テイル、つけてみてくれない?」
「えっ!?あ、いやその、でも……」
ちょっとだけ驚かせるつもりが、思わぬ反撃を食らってしどろもどろになるところに、リーナのクスクスと笑う声が響く。
「女性に髪留めを送るのに、自分でつけるつもりはさらさらなかったってことなのね。それじゃあ、この贈り物を受け取るわけにはいかないわ」
「……わかったよ、つけるよ。不格好だからって、後で文句言わないでくれよ」
「大丈夫よ。後は帰るだけだし、ほら、もうすぐ日も沈むから、誰も気にも留めないわ」
そう言ったリーナが指さす先には、ジュートノルの街並み越しに沈んでいこうとする夕日が見えた。
仕方なく俺は、リーナから髪留めを受け取って、手の震えを気づかれないように腕に力を入れながらプラチナブロンドの髪を束ねて、慎重に髪留めをつけた。
「ありがとう、テイル。どうかしら?」
「うん、良く似合ってる」
リーナの髪を彩ったのは、赤く大きな花弁が特徴の金属製の髪留め。
夕日に煌めくプラチナブロンドのアクセントとして、これ以上ないほど引き立てていると思った。
「褒めてくれて嬉しい――じゃあ、私は
「いや別に、たまたま、そう、たまたま見かけたのがリーナに似合いそうだなって――え……!?」
髪留めをつけた時の白銀の髪に触れた手の感触に浸っていたこともあって、リーナの衝撃の宣言を危うく聞き逃しかけて、今更ながらに声を上げる。
「あれ?もっと驚いてくれると思ってたのに。まあ、実は前々からそうしようかなって思ってはいたんだけれどね。決めたのは、本当に今」
まるで、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、こっちを見るリーナ。
それもまた、俺が知らなかったリーナの一面だ。
「簡単な話よ。実家のこととかもあって色々と窮屈な王都よりも、やり残したこともあるジュートノルに残った方が、今の私にとって悔いの少ない選択だって思っただけ」
「でも、レオン達と別れて、これからどうやって冒険者としてやっていくつもりなんだ?」
「しばらくはフリーでやっていくつもり。どのみち謹慎中だから考える時間はあるし、そこそこ有名な自覚はあるから、当面は依頼に困ることはないはずよ」
「リーナ……」
「……それに、側に居たい人と、絶対に負けたくないライバルもできたしね」
「え?なんだって?」
「何でもないわ。それよりも、もう行きましょ。当然、送ってくれるのよね?」
確認というよりは当然の権利と言わんばかりのセリフを言って、先に歩廊を下り始めてしまったリーナ。
そして、階段の側まで歩いて振り向いた彼女の笑顔は、夕日の赤光ですら塗りつぶせないほどに輝いて見えた。
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