第75話 SS リーナの悩み 4


「ここは冒険者の女子会でよく使われるお店の一つでね、味もおいしいんだけれど、ちょっと人目につきたくないなーって時にうってつけなの。もちろん、二人が利用したなんてお店がバラす心配も無いから、思う存分楽しんでね!お代?大丈夫大丈夫!ここは先輩冒険者としてアタシが払っておくから!それよりもテイル君、リーナちゃんのお願いをちゃあんと聞いてあげるのよ!」


 魔導士らしからぬ強引さで俺とリーナを引っ張り回したエルさんは最後にそう言い立てると、さっさと店を後にしてしまった。


 店と言ってもその雰囲気は、さっきまでいた武具店とはまるで正反対。

 美しい装飾もあるにはあるけど、やっぱり武骨なイメージからは逃れられない武具店に対して、大通りから一本外れたところにあるこの店は、落ち着いた雰囲気の中に花をイメージした小物が随所に置かれていて、女性が好みそうな空間を作り出している。

 そして、エルさんが言った通り、俺とリーナが座ったテーブルと隣の間には、これまた花の彫刻をあしらった間仕切りがあって、外から中を覗き込めないように工夫されている。


 これは同じ接客業として参考になる――そう思いながら見回していると、


「さっきはごめんなさい」


 やぶからぼうに、リーナが謝ってきた。

 当然心当たりがあるわけもなく、俺が戸惑っていると、伏し目がちのリーナが話を続けた。


「いくらなんでも、テイルを放っておいて武器に夢中になるなんて、あまりにも失礼だったわ」


「いや、別に気にしてないけど?そもそも、俺はリーナの付き添いのつもりでいるわけだし」


「でも、誘ったのは私で……」


 ――まずい、話の持っていき方を間違えた。

 もっと別な方に関心を持っていけるような……


 そう思っても、いきなり話題を好転させるような方法も思いつかず、どうしようかと思ったその時、


「失礼いたします。本日のお飲み物でございます」


 清潔感漂う衣装の接客係が足音も立てずに、俺達のテーブルにそっと二つのカップを置きお茶を注いで、流れるような動作で去って行った。


「あ……」


「とりあえず、飲もうか」


「……そうね」


 そう言って、カップに口をつけたリーナの表情が、わずかに和らいだ。


 そこから先は、暗くなりがちなリーナの気分を上げるようかのな、店側の独壇場だった。


 次々と運び込まれる料理に、隙あらばお茶を淹れたりメニューの説明をしてくれて、俺への謝罪の言葉を言わせない雰囲気を作り上げていった。

 リーナも、下手をすればお節介とも言える接客術にあえて乗ったようで、途中からは心から料理のコースを楽しんでいるように見えた。

 もちろん、常にカップを満たしていたお茶と、昼間ということもあって軽めの料理のコースの出来栄えが素晴らしかった(ダンさんとの比較はノーコメントで)のは、言うまでもない。


 問題は、コースの最後だった。


「本日のデザートでございます」


 そう言って接客係がテーブルに置いたのは、秋に採れたと思われる何種類もの果物がふんだんに使われた、フルーツパイ。

 その見事な彩りは、ダンさんですら敵わないかもと思えるくらいに色鮮やかで、食べるのがもったいないくらいだ。

 対面で座るリーナも同じ感想かなと、ふと顔を上げてみると、


「あ、あうう……」


 なぜか、今にも頭から湯気が出そうなくらいに、顔を真っ赤にしてもじもじしていた。


 ――ど、どうする?なにか声をかけた方がいいのか?


 と思っていると、ぎくしゃくとした動きながらもナイフとフォークを手に取り、サクサクのパイを一口分だけ切り分けていった。


 ――なんだ、大丈夫じゃないか。ひょっとして、綺麗なパイに見惚れていただけだったのかも。


 そう思ったのが、大きな間違いだった。


「テ、テイル……あ、あーん」


 見えたのは、テーブル越しにこっちに顔を近づけてくるリーナと、彼女が持つフォーク。

 そして、その先端には、切り分けたばかりの一口大のフルーツパイ。


「テイル、あーん!!」


 百万歩譲って、一度目は幻聴と幻覚だと思い込むにしても、勇気を出してさらに俺に身を寄せようとするリーナの二度目を、無視することはできなかった。


 ――こ、これが、巷で噂の、若いカップルを中心に行われる儀式、「恋人にあーん」というやつか、そうなのか……!?


 そう意識した瞬間、全身がかあっと熱くなるのを感じ、見ている人などいるはずもないのにテーブルの周囲を確認して、とっさに断ろうとしたその時――


『リーナちゃんのお願いをちゃあんと聞いてあげるのよ!』


 あれだけ早口でまくしたてられて、内容の半分も覚えていなかったはずのエルさんの言葉が、頭の中に響き渡った。


 パクッ


「あ……」


 気づいた時には、羞恥も衒いもなく、ごく自然に体が動いて、リーナが差し出してくれた一口大のフルーツパイを、口の中に頬張っていた。


「んぐんぐんぐ……うん、うまいな。果物の甘さと酸味がほどよく感じられるのは当然だけど、パイ生地が主張しすぎないのがいい。パイの厚みやバターの量を控えめにして、だけど果物と一緒に食べた時の甘みや食感まで考えて焼き上げられている。本当にすごいよ」


「あ、ああ、あううううう……」


「これはダンさんにも教えないと――リーナ?」


「うわあああああああああああああああああっ!!」


 せっかくリーナから食べさせてもらったので、まともな感想を言おうと、ダンさん仕込みの料理の知識を総動員してみたのだけど、肝心のリーナが奇声を上げながらテーブルから立ち上がって、その勢いで椅子を倒し、直す素振りすら見せずにどこかに走り去ってしまった。


「あ、え?……えええ?」


 リーナの身に何が起きたのか見当もつかずにおろおろする俺に、「お連れ様はお花摘みに行かれています。私共でお世話いたしますので、どうかお席でお待ちください」と、気配もなくやってきた接客係の人が言ってくれた。


 その後、別の接客係の人に付き添われる形で、顔を赤らめたまま戻ってきたリーナ。

 さすがに仕切り直してデザート再開というわけにもいかず、接客係の人が気を利かせてくれた、フルーツパイの折り詰めを持って、リーナを先に行かせて店を後にした。


 その時、店のカウンターに置かれていた小さな籠、その中に入っていたものに目を引かれた。


「すみません、これは?」






 昼下がりのジュートノルの街を、二人で歩く。


 店の中にいた時は気が動転しっぱなしのリーナだったけど、外の空気を吸って気持ちを切り替えたのか、その後は終始ご機嫌だった。


「ねえテイル、市場に行ってみない?」


 さっきの大通りのような騒ぎがまた起きないか、心配にならなかったと言えば嘘だけど、明るい口調でそう言うリーナにネガティブなことを言うのは憚られた。


 まあ、結論から言うと、俺の心配はただの杞憂だった。


 人族というものは、常に堂々としていれば、案外他人から干渉されることはないものらしい。

 ソルジャーアントの襲撃から立ち直ったばかりの市場の露店を楽しそうに見て回るリーナに、ちょっかいをかけようという男は一人も現れなかった。(現れなかっただけで視線は刺さりまくりだったけど)


 そんなリーナを改めて見てみて、驚かなかったと言えば嘘になる。


 これまで、俺が思っていたリーナは、男が圧倒的に多い冒険者の中で颯爽と剣を振るう男装の麗人というイメージしかなかった。

 今日、初めて私服姿を見て、その可憐さに思わず目と心を奪われたのは本当だけど、あの時の俺はまだ、昨日までのリーナのイメージとのギャップに、ショックを受けていただけだったみたいだ。

 それが、今目の前で素の表情を晒しているリーナを見て、つくづく思い知らされた。


 ――そんな思考が余計だったとは思わないけど、「テイル、お願いね」と、ごく自然にリーナから渡された、露店で買ったと思われる品々をフルーツパイの折り詰めと一緒に抱えさせられている現状を、前が見えなくなった段階で初めて自覚したのは、やっぱり油断以外の何物でもないと思った。

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