第71話 SS エンシェントノービスに慣れたい今日この頃 下
「それで、俺のところに話を持ってきたというわけか」
「すみません。こんなこと、他に相談できる人がいなかったので」
ダンさんに追い立てられるように俺が向かったのは、冒険者ギルドの近くにあるアイテム屋。
ここに来たのは、エンシェントノービスの力に慣れるためのアイテムを探しに――なんて理由じゃなく、この店の常連?らしい、ある人に会うためだった。
果たしてその人――冒険者のジョルクさんは運よく居て、店の奥の一室で紙束に何かを書き込んでいるところだった。
休憩中といった感じだったにもかかわらず、俺の悩みを聞いてくれたジョルクさんは、
「……あまりにも都合が良すぎる気もせんではないが、これが天の配剤というやつか」
「どうかしました?」
「いや、なんでもない。それよりもテイル、力の加減を学ぶには、解決策はたった一つだ」
「たった一つだけなんですか?」
「ああ。ジョブを得たばかりの新米冒険者にはよくあることだ。ずばり、経験を積むしかない」
簡潔に答えてくれたジョルクさんだけど、俺の心は晴れない。
その
「わかっている。冒険者の枠を大きく超えたお前の能力を下手に使えば、騒ぎが起きる危険がある。もしそうなれば、ノービスの恩恵を持っているお前のことを暫定的に目こぼししているギルドも黙ってはいないだろうし、監視役の俺の責任も問われるだろう」
「やっぱり、難しいですかね」
ジョルクさんの厳しい見立てを聞いて、軽く途方に暮れかけたその時、
「いや。幸いなことに、お前に一気に経験を積ませ、その力に慣れさせることが、今なら可能だ」
「えっ!?」
「ただし、そのためには、俺の仕事を手伝ってもらう必要があるがな」
「その仕事を手伝えば、俺の悩みも解決するんですか!?」
「さすがに保証はできんが、多分な」
「やります!!」
思わぬ救いの手が差し伸べられたことに、つい我を忘れて嬉しくなる。
その影で、紙束に何かを短く書き込んだジョルクさんの口元が意地悪く歪んだことに、この目で見ていたにもかかわらず、この時の俺は気にも留めなかった。
「準備をしてくるからちょっとここで待ってろ――店主、例のあれを用意してくれ。ああ、赤いやつだ」
そう言ったジョルクさんが足早に店を出て行き、代わりに部屋に入ってきたのは、毎回挨拶を交わす程度の関係の、この店の店主。
その店主から無言で渡されたのは、籠に入った何かの衣装。
どうやら、これを着ろということらしい。
そして、少しして戻ってきたジョルクさんに、着替えを終えた俺は言った。
「ジョルクさん、なんですかこれ」
「ああ、よく似合って――いやすまん、嘘だ、全然似合っていない。完全に衣装に着せられている感じだ」
「そりゃあそうでしょうよ。だってこれ、どう見ても魔導士のローブですもん」
ついつい口調が荒くなってしまった元凶は、もちろんジョルクさんの指示で着させられたこの衣装だ。
全身どころか目元以外全てを布で覆っている上に、色は真っ赤――これじゃ魔導士というよりも、大道芸人みたいだ。
「素性を隠すのなら、却って派手な格好の方が、当人に注目が集まりにくい。まさか宿屋の雑用係だとは、誰も思うまい」
「それはそうですけど……」
「いいからついてこい。お前にうってつけの訓練場所に案内してやる」
そう言ったジョルクさんが俺を連れてきたのは、ジュートノルにならどこにでもあるような、街並みの一角。
ただし、普通とはちょっと違ったのは、
「ジョルクだ。話は通っているな」
「ご苦労様です!!」
なぜか検問を設置していた衛兵に断って、その先に進んだことと、
「ここだ」
しばらく進んだ先で、この間のソルジャーアントの襲撃で破壊されたと思えるひび割れだらけの建物を、ジョルクさんがおもむろに指差したことくらいだろう。
――全然意味が分からないことを除けば、だけど。
「ジョルクさん、これは一体……?」
「好きに壊してくれ。この区画の外に被害が出なければ、何をしてもいい」
「……は?」
何も言葉が出てこなかったので、言葉は分かっても意味が分からなかったという意味を込めて一言言ってみたけど、逆に何も言わない方が良かった感じになってしまった。
「なんだ、聞いていなかったのか。ならもう一度言ってやる。好きに壊していいぞ。方法は任せる。魔法でも腕力でも、解体できるのなら何でもいい」
と言っても、そんな些細なことを気にするジョルクさんではないのだけど――色々な意味で。
「もう察していると思うが、ここはソルジャーアントの被害が特に大きかった区画の一つだ。また利用するには危険すぎるし、何より、修繕をしている最中に、万が一ソルジャーアントの生き残りでも潜んでいたら、更なる犠牲者を出すことになりかねん。ここまでは分かるな?」
「はあ、まあ……」
「そういうわけで、ここはひとつ冒険者の手で更地にするついでに、ソルジャーアントの生き残りの有無を確認してほしいという依頼が、ギルドを通して俺に舞い込んできたというわけだ」
「それを、なんで俺に?」
「単純に人手が足りんのだ。特に、大規模な破壊が得意な魔導士の人手がな」
「ああ……」
そう言えば、ジョルクさんのパーティ仲間のエルさんは、ソルジャーアントの一件で魔力を使い果たしていた。
体力的にも結構きつそうだったから、今もまだ本調子に戻っていないのかもしれない。
「復興も大事だが、今のジュートノルには、いつまた新たな魔物の襲撃があるかという不安の空気が蔓延している。魔物討伐の切り札である魔導士を、今は不必要に消耗させるわけにはいかん――というのが、冒険者ギルドの方針でな」
「……それ、俺なら力を使ってもいいっていう理由になってるんですかね?」
顔は隠しているけど、これで俺がバンバン魔法を使えば、冒険者ギルドの目に留まって面倒なことになるんじゃないのか?
そんな俺の疑問と不安を、ジョルクさんはたった一言で、色々な意味で吹き飛ばしてくれた。
「大丈夫だ。
「『イグニッション』!!『イグニッション』!!『イグニッション』!!」
奴というのが誰のことか――ジョルクさんの口から出た時点で、すぐに分かった。
俺を厄介事に巻き込んで散々振り回した上、謎の権力を乱用してジュートノルの街そのものを黙らせるような人物を、俺は一人しか知らない。
その、苛立ちとも八つ当たりとも知れない思いを込めた特大の三連着火魔法は、ひび割れた一つの建物の壁に見事全弾命中、派手に瓦礫をまき散らしながら室内を露出させた。
「その様子なら、もう説明は十分なようだな。ああ、これが解体してほしい建物のリストを記した地図だ。一応機密扱いだから、絶対に無くすなよ。衛兵にも、赤い魔導士が来たら検問を通すように言っておく。じゃあ、明日までに頑張れるだけ頑張れ」
そう言って、地図らしき紙を折り畳んだものを握らせてきたジョルクさんは、俺の存在なんか忘れたようにさっさと歩いて行ってしまった。
この時の俺の暴れっぷりは、あえて封印しようと思う。
お世辞にも、人に言えるようなスマートなものじゃなかったのは確かだし、そもそもエンシェントノービスのジョブ自体が秘密なので、言いたくても言えないからだ。
ただ、この件で良いことがあったとすれば、ジョルクさんのおかげでエンシェントノービスのバカげた力の加減が上手くできるようになったこと(あえて奴の名は口にはしない。絶対にだ)。
それから、この一件の後で、ターシャさんに例のダンさんのダジャレを教えたところ、涙が出るほど笑ってくれたことくらいか。
逆に言うと、たった一つの良い思い出のために、他の十倍くらいの嫌な思い出を忘れられなくなったということでもあるんだけど。
いつか懐かしく思える日が来るのかどうかは、今の俺には分からない。
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