第70話 SS エンシェントノービスに慣れたい今日この頃 上

 ※これは、ソルジャーアント襲撃事件直後、「ノービス編」と「戦力と権力編」の空白期間のお話です。

 ここから読み始める方はまずいないでしょうが、ノービス編読了前提のサイドストーリーになっています。ご注意ください。


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「おい、テイル。ちょっとそこに座れ」


「はい」


「誰が床に座れと言った。そこの椅子に座れ」


「はい」


 ソルジャーアントの群れの襲撃を撃退して、三日後。


 厨房に空いた巣穴やら客の犠牲やらでまだまだ混乱の収まる気配のない本館と違って、「一日でも早く再開するぞ!」というダンさんの号令の元、急ピッチで細かい修繕や食材の確保を行い、なんとか白のたてがみ亭別館の営業再開にこぎつけた。


 いつもなら、朝の客の朝食ラッシュが終わった後は、黙々と厨房の片付けと夕食の仕込みに取り掛かるダンさんが、何の前触れもなく俺を呼び止めて座らせたのは、営業再開の翌日のことだ。


「テイル。俺が何を言いたいのか、わかってるな?」


「はい」


 何の前触れもなく、とは言ったものの、俺にはダンさんがこれからする話の内容も、ついでに言えば俺がこれから怒られる理由についても、わかり過ぎるほどにわかっていた。


「テイル。お前に任せているのは比較的簡単な作業ばかりだが、そのどれもが丁寧で、ミスも驚くほど少ない。ゴードンの旦那は決して首を縦に振らんが、俺的には助手にしたいほどの真面目な仕事ぶりだ」


「あ、ありがとうございます」


「ところでだ、テイル。昨日、お前がいくつのミスを犯したか、覚えているか?」


「え、ええっと……、十回くらい?」


「十三回だ馬鹿野郎が!!」


 ダァン!!


 まるで雷でも落ちたような音が、ダンさんによる机への拳の振り下ろしで厨房に響き渡る。


 威圧感と恐怖部門で歴代ダントツ一位のダンさんの激怒に、俺は震えることしかできない。


 ――ダンさんの拳でダァン。ダンさんがダァン。なんちゃって。フフフ。


「おい、今何か言ったか?」


「いいえ何も!!」


 恐怖のあまり、頭がおかしくなったとしか思えないダジャレをすぐに忘れようとして――思い留まった。


 というのも、ターシャさんが、


『ふふっ、あはははは!テイル君ったら、ネギを値切ったなんてそんな、うふふふふふふ――も、もやめて、これ以上言わないで――』


 こんな感じで、普通なら誰も笑わないようなダジャレが大好きなのだ。


 白のたてがみ亭の一部の従業員は、ジュートノルの宝石とも噂されるターシャさんの唯一の欠点だと陰口を叩く奴もいる。

 だけど、いやだからこそ!!ターシャさんは魅力的なんじゃないかと、俺は思う。


「おい、テイル、聞いているのか」


「はい、聞いてます聞いてます」


 思わず二回セリフを繰り返してしまった俺に対して、少しの間疑いの目を向けたダンさんだったけど、気持ちを切り替えたらしく、ちょっと真剣味を増した顔で言った。


「問題は、ミスの数じゃない――かまどに火をつける程度で、爆発を起こすな!!客を殺す気か!!」


「すみません……」


 俺がやらかしたミス。

 それは、薪に火をつける程度の威力しかないはずの火の初級魔法『イグニッション』で、加減を間違えてかまどごと爆散させてしまったのだ。(もちろん壊してしまったかまどはクレイワークで修復済みだ)


「それだけじゃない。水魔法でバケツの汚水を床にぶちまける、掃除の時に使った風魔法で部屋の壁をずたずたに斬り裂く、その修繕のために使った土魔法は勢い余って通路を塞ぎ、一時客が通れなくなった――何か反論はあるか?」


「いえ、一字一句、その通りです」


「……そうか。で、原因は分かっているのか?」


 滅多なことでは感情をあらわにしないダンさんが落ち着きを取り戻して(これだけでも俺のやらかしっぷりが分かる)、静かな口調で俺に尋ねてきた。


 もちろん、原因は分かってる。

 例のダンジョンで手に入れた新たなジョブ――エンシェントノービスという、謎の力のせいだ。


「はい。近い内には何とか元の調子に戻せると思います」


「そうか。なら、一日だけ時間をやる」


「一日、ですか?」


「そうだ。ソルジャーアントの一件で本館に人手を取られて以降、お前の復調を悠長に待ってやる余裕はない。明日一日くらいなら、お前の分の仕事は俺一人でカバーする。だから、今から明日の夜までにその原因とやらを何とかして来い。もし、できなければ――」


「できなければ?」


 基本的に無口なダンさんが、ここまで喋ること自体が珍しい。

 ということはつまり、それだけ重要で、かつ気が重い話だってことだ。


「非常に不本意だが、別館を預かる俺の権限で、お前を出勤停止処分にする。もちろん、ゴードンの旦那への報告込みでだ」


 普段ですら厳ついダンさんの顔にさらに眉間にしわが寄り、目の前まで突き出される。

 俺にできたのは、頷きなのか震えなのかわからないほど緊張した上で、了承することだけだった。

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