第67話 ゴードンからの解放 3
「てめえは確か、別館の奴隷じゃねえか。なんだそのふざけた格好は?俺にケンカ売ってんのか?ああ?」
黒の装備を身につけた俺を怪しんでか、中に入るなり用心棒らしきならず者に因縁をつけられてしまった。
――ジュートノルで一番の宿。
そういう触れ込みの白のたてがみ亭本館だけど、最近ではそんな噂が聞かれなくなってきた。
それどころか、ゴードンの命令で本館の仕事に関わることのなくなった俺でさえ知っているほど、本館の悪評が街中に広まっている。
もちろんその原因は、ソルジャーアントの本館への襲撃と、ゴードンの対応のまずさだ。
あの時、ゴードンは何を考えていたのか、ソルジャーアントが街の中に入り込んだにもかかわらず、客を避難させなかった。
その結果、不運にも本館一階にソルジャーアントの巣穴が出現し、客のほとんどが犠牲になるという悲劇が起きた。
その後、俺に同行してくれたジョルクさんの助言?もあって、ゴードンはなにやら隠蔽工作らしきものをやっていたらしい。
だけど、と言うべきか当然と言うべきか、ゴードンの努力は実を結ぶことなく、犠牲者の遺族や友人達からの信用を一気に失った。
彼らのほとんどが、本館の客に相応しいジュートノルの上流階級だというのも、街に流れる悪評の大きな理由になっている。
そのせいだろうか、最近、本館の従業員が増員されて、接客業とはとても思えないガラの悪い連中がうろつくようになったという噂が、別館の宿泊客の口を通じて俺の耳に入ってきていた。
その噂をロナルドさんによって補強された後でも、しょせん噂だからと話半分に聞いていたら、
「なんだぁ、こいつは?」 「おい、奥に連れ込め。どこの馬鹿の差し金か吐かせるぞ!」
見事にバチが当たった。
正面玄関に待合用に備え付けられているソファに、横に棍棒を立てかけて一人座っているだけでも浮きまくりだったのに、さらに、スタッフルームに続く奥からガラの悪い男二人が出てきた。
何も知らない人が見たら、白のたてがみ亭本館が借金のカタに乗っ取られたと思うに違いない。
――経営の危機にあるという意味じゃ、どっちも一緒なんだけど。
……でも、三人とも冒険者じゃないな。
ならずもの三人が、それぞれ持っている棍棒の重さで足運びが崩れている様子を見れば、一目瞭然。
だとすれば、やり過ぎないように手加減しないといけない。
そう考えて、腰の剣を使うことを諦めて、まっすぐにならず者達の方へと歩く。
「なんだぁてめえ、やんのかこらぁ!?」
ならず者達の中でも、特に頭の悪そうな喋り方をしている奴に向かって行く。
大事なのは、先に相手に手を出させること。
「痛い目見ねえとわかんねえようだなぁ!」
ブォン! パシッ メキィ
「あぁ!?」
そして、一回のアクションで相手の心を折ることだ。
「う、嘘だろ」 「こいつ、冒険者だ!?」
俺がやったのは、大して早くもない棍棒の振り下ろしを右手で掴んで、力を込めて圧し折っただけ。
たったそれだけで、ならず者たちの腰が引けた。
「このやろぉ!!」 「バカッ、よせっ!!」
仲間が止めるのも聞かずに、俺に棍棒を壊されたならず者が、無謀にも空いた手で殴りかかってきた。
俺は、五感強化で止まって見えるほど遅いその拳の手首を掴んで引き寄せ、相手の勢いを利用して体の位置を入れ替えたところでその首にもう片方の腕を回し、骨を折らないようにゆっくりと絞めた。
「ぐえぇっ!?」
「くそっ、離せこの野郎っ!!」
俺を冒険者と思った上で(間違いなんだけど)、それでもかかってくる仲間思いのならず者に感心する。
とは言っても、さすがに素直に攻撃されてやる理由はどこにもないので、遠慮なく無力化させてもらう。
『ストリーム』
ガントレットをつけている左手をかざしたのは、少し離れたチェストの上に置かれたガラスの水差し。
そこに入っていた水を魔法で引き寄せ、開いた手の前で球状に固定する。
「なっ!?」
「悪いけど、ちょっと溺れてくれ」
ドポン
二人目のならず者の勢いが良かったせいで、その顔面が水の球に突っ込んだ音が大きく響く。
「ゴボッ!?ガボポボボボボボッ!!」
丸い水面越しのならず者の顔は歪んで見えて、大きく息を吐く表情もなんだか滑稽だけど、パニックを起こしている姿を笑うほど悪趣味なつもりはないし、笑える状況でもない。
「ゴボ……」
バタン
ならず者の息が切れて、糸が切れた人形のように崩れ落ちた姿を確認して、すぐにストリームを解除する。
それによって、魔法で自然の法則から外れていた水の球は、床に敷かれていた絨毯に落ちて大きなシミを作る。
その代償というのも変だけど、ならず者の呼吸を奪っていた水は消えてなくなり、大きく空気を吸い込む音が辺りに響き渡った。
「ヒ、ヒイイイッ!?化け物おおおっ!!」
そして、残った三人目はというと、まだ苦し気に大きく呼吸を繰り返す仲間を見捨てて、裏口へ続く奥へと逃げ出してしまった。
「逃げても無駄だぞ。衛兵隊が包囲してるからな」
特に叫ぶこともなく、逃げる背中に一応助言してやるけど、聞こえたかどうか。
聞いていたとしても理解してもらえたかどうかはわからない。
まあ、どうせ衛兵隊に捕まることは避けられないだろうから、助言自体が無駄かもしれないけど。
「さて、あと一人」
そう思って右腕で頸動脈を締めている一人目を見てみると、
ピク ピクピクピク
すでに白目を剝いて気絶していた。
「おっと、やばいやばい」
ロナルドさんからは、多少のことは目を瞑ってくれると言ってもらっているけど、さすがに人殺しを許してくれるかはわからないし、そんなことになれば、ターシャさんを助け出したいだけなのに後味が悪くなってしまう。
もしも、こいつらが死んだ方がいいくらいの極悪人だとしても、その裁きは適材適所でお願いしたい。
そんなことを考えながら、頭を揺らさないように気をつけつつ、気絶した一人目をゆっくりとその場に横たわらせる。
もちろん、その間も他のならず者が襲ってこないか五感を研ぎ澄ませるけど、手のひらで下から支えた一人目の頭を床につけるまで、新たな気配が近づいてくる様子はなかった。
どうやら、一階の敵はこれで打ち止めらしい。
そう思って安堵のため息をつきそうになり、済んでのところで思い留まる。
あの守銭奴のゴードンが、あの程度のならず者だけに自分の留守を任せるとは思いにくい。
多分、この上――おそらくは最上階に、ロナルドさんが言っていた冒険者崩れが待ち構えているんだろう。
間違えちゃいけない、俺の目的は、ターシャさんの無事を確認して、本館から連れ出すことだ。
そう、自分の心を引き締め直したところで、上の階に通じる階段の一段目を、ライトアーマーのグリーブ覆われた足で踏みしめた。
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