第66話 ゴードンからの解放 2
「ちょっと数日ほど忙しくなるから、しばらく別行動と行こうか。詳しい報告はその時に」
代官執務室でのひと悶着が済んだ後で(済んだというか、最終的にはセレナさんがリーナを実力行使で大人しくさせたんだけど)、ジオから半ば追い出される形で、ジュートノル政庁舎を後にした俺とリーナ。
そんな俺達二人を正面玄関前で待ち構えていた人がいた。
そして、俺はその人を、少し前に見た覚えがあった。
「あなたは確か、ジョルクさんの……」
「お久しぶりです――というよりは、初めましての方が合っているでしょうね、テイルさん」
「テイル、この人は?」
「俺も良くは知らないんだけど、商業ギルドの人だよ。確か名前は――そう、ロナルドさんって言うんだ」
「ロナルドです。冒険者のリーナ様ですね。どうぞお見知りおきを」
「ええ、よろしくお願いするわ――ふうん、そうなの」
本当は共通の知り合いがいるんだけど、俺とジョルクさんの関係は一応は秘密ということになってるので、ぼかしてリーナに伝える。
「正確には、元、商業ギルド員です。今は、この政庁舎に勤めています」
「政庁舎に――って、役人ってことよね。本当なの?」
「はい。自分でもこの転身ぶりは驚いていますよ」
「転身って、そんなにすごいことなのか?」
「すごいというよりは、普通はありえないことなのよ。商業ギルドは商人の領分。政庁舎は役人の領分。水と油くらい違うわよ。それこそ、よっぽどの圧力がかからない限りは……ああ、そういうこと」
途中から独り言のようになって考え込んだリーナだけど、どうやらすぐに心当たりが見つかったらしい。
「わからない?ロナルドは、偶然私達に行き会ったんじゃあなくって、ここで待っていたのよ。だとしたら、そう指示した人間がいるはずで、そんな奴、一人しか居ないじゃない」
「ああ、ジオか」
「と言っても、まだ政庁舎に入りたてで、役職も何も決まっていない雑用係なんですが。ははは」
「……大変ね。あいつに目をつけられた点は同情するわ」
そう言って笑うロナルドさんだけど、ちょっとその声に張りがない。
そう思って改めて見てみると、若くてシワ一つない顔の血色も、前に会った時より良くない気がする。
リーナの言う通り、ジオに相当便利使いされているらしい。
「さて、挨拶はこれくらいにして、そろそろ向かいましょうか。全てを私達の方で処理しても良かったんですが、やはり姫を助け出すのは騎士の役目ですからね」
「姫?騎士?」
「もちろん、ターシャさんとテイルさんのことに決まっているじゃありませんか」
……ん?俺はともかく、ロナルドさんの口から、何でターシャさんの名前が?
その理由を考える間も与えないためなのか、ロナルドさんはさらに畳みかけてきた。
「テイルさんに、一日限りの騎士の役をお願いしたいんですよ」
「なあリーナ。ここから先は俺の個人的な都合っぽいし、ついてこなくてもいいんだぞ?」
「そんな他人行儀なことを言わなくてもいいじゃない。主にジオ様のせいとはいえ、ここまで付き合わされたんだもの、最後まで見届けるわよ」
「いや、でもな……」
ロナルドさんの案内でやってきたのは、政庁舎から程近い区画。
もうジオの眼はないのに、なぜか帰ろうとしないリーナを説得する時間すらないくらいに、近かった。
政庁舎から近いということは、言うまでもなくジュートノルの上流階級が住まう区画ということになる。
こんな場所なんて来たことも入ったこともない――と言いたいところだったけど、生憎というか、例外中の例外というか、俺にとってものすごく馴染みがあり、同時に忌まわしくも思う場所でもあった。
そう、俺達は今、白のたてがみ亭本館の前に立っていた。
「ロナルドさん、ここに何の用が?正直に言いますけど、あんまり長居したいところじゃないんですよ」
ゴードンのことが無くても、この前のソルジャーアントの襲撃で惨劇の舞台となった光景が、今も記憶に焼き付いている。
そんな俺の事情を知ってか知らずか、ロナルドさんは笑みを浮かべて言った。
「まあまあ、テイルさん。そんなに焦らなくてもすぐにわかりますよ。ここで待っていれば向こうから見つけてくれる段取りになっていますから――あ、来ました来ました」
自分でも驚くほどに、硬い声色で話す俺の気持ちを和らげようとしてくれたのか、軽い感じで返してきたロナルドさん。
その視線は、何かを探し求めるように動いていたけど、ふいに大通りを挟んだ向かいの区画に固定された。
「お待ちしていました。ロナルドさんですね?」
遅すぎず早すぎずの歩みで大通りを横切り、そうロナルドさんに声をかけたのは、平服姿の中年の男性。
どこにでもいる普通の人――と思いきや、軸のブレない立ち姿といい、服越しにもわかる筋肉のつき方といい、見れば見るほど一般人とは思えなくなってくる。
「急な要請にも関わらず、応じて頂いてありがとうございます」
「いえ、これが役目ですので。それに、代官――前の代官が蒔いた悪の芽を摘むお手伝いがわずかでもできるとなれば、こちらに否やはありません」
「そう言っていただけると助かります。それで、配置の方は?」
「ぬかりなく」
そう言った男性がサッと左手を挙げると、視界の中の数人の男女が一斉にこっちに向かって歩いてきた。
全員が私服なので最初は驚いたけど、途中で見覚えのある顔が混じっているのに気づいて、彼らの正体が分かった。
偶然にも、会った場所が全く同じだったというのも、思い出した理由の一つかもしれない。
「ジュートノル衛兵隊第一駐屯地所属、第三分隊二十四名、白のたてがみ亭本館を完全包囲して、すでに待機しております。あとは、ロナルドさんの号令を待つばかりです」
「ありがとうございます。ああでも、口火を切るのは厳密には私じゃないんですよ」
「と、言いますと?」
「口火を切るのは彼です――さあテイルさん、いつでもどうぞ」
ロナルドさんの言葉で、全員の視線が一斉にこっちに向いた。
……え?
「どうぞ、って、え?」
「どうぞ、この中にいるターシャさんを連れ出してください」
「ターシャさんを?そ、そんな、簡単に言いますけど……」
「確かに、普通は簡単には行かないことですが、今回に限っては別です。テイルさん、この建物の中でしたら何をしてもかまいませんので、存分に力を振るってください――ああ、これは私の上司の、そのまた上司からの伝言ですが」
「……本当に何をやってもいいんですか?」
ロナルドさんの言う、伝言の主には心当たりがあり過ぎるし、だとしたら現実味のないロナルドさんの言葉も本当にやってしまっていいんだろうと思いつつも、確認だけはしておく。
「はい。どうやら、白のたてがみ亭本館では、ソルジャーアントの一件以降、良くない噂が流れていまして、最近では用心棒と称したガラの悪い冒険者崩れも出入りしているとか。建物が倒壊しない程度に収めてくれれば、多少の荒事が起きても、テイルさんとターシャさんに責任は求めないとのことです」
「ちなみに、救助対象のターシャ嬢は、最近は滅多に客の前に姿を現すことが無く、どうやら最上階のゴードンの執務室の隣の部屋で、事実上の軟禁状態にあるらしい。しっかりやりたまえ、若者よ」
「え、ええ!?」
なぜか目を輝かせているロナルドさんに、いつの間にかに同調してしまったらしい衛兵隊の隊長さんの後押しまで受けて、俺の知らないところで選択肢が無くなってる気がする。
そんな時に、それまで口を出してこなかったリーナが、俺の顔を覗き込みながら言ってきた。
「無理ないわ。魔物ならともかく人族相手の戦いなんて、冒険者じゃないテイルには荷が重すぎるもの。どうしても気が進まないのなら私が代わってもいいわよ?」
そのリーナの言葉で、ハッと気づかされた。
この本館の中には、俺なんかと比べ物にならないくらい、不安と恐怖と心細さで押しつぶされそうになっている人がいることを。
そして、そんな境遇から救い出す役目を、他の誰にも譲りたくないと思っている俺が居ることを。
「……ありがとう、リーナ。おかげで踏ん切りがついた。行ってくるよ」
「え?何言ってるのテイル――ってちょっと待って!!」
「まあまあ、リーナさん。これ以上邪魔するのは野暮ですよ」
後ろで、リーナとロナルドさんが何やら押し問答している気配は今も感じているけど、本館の正面玄関の前に立った時、もう気にならなくなった。
――ターシャさんを助け出す。俺の手で。
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