第65話 ゴードンからの解放 1
ジオが呼び出した三人目――最後の男は、一番弱い立場のはずなのに、一番偉そうな雰囲気で現れた。
年々焼け野原になっていく頭頂部を持つ金髪に、反対に立派になっていく胴回り。
樽のような小柄な体型に、過剰なほどの金糸銀糸を縫い付けた衣装に着られた姿。
それが、少しでも自分を偉く見せようという、内面を伴っていない悲しい足掻きだということが、ジオというお手本を見た今ならよくわかる。
「なんだ貴様は!!なぜ代官様の椅子に座っている!!不敬だぞ!!」
「セレス」
「は。拘束しろ」
不敬なのはどっちだと言いたくなるような最後の男――白のたてがみ亭の主のゴードンが、背後から羽交い絞めにされてその場にうつ伏せに倒される。
それを為したのはジオが連れてきた黒マント――ではなく、このジュートノル政庁舎の代官執務室を守護する、ごく普通の衛兵二人だった。
サツスキーの巻き添えを食らった二人の悪人を見送った後、騎士ミルトロズを始めとした黒マントの一団十二人は、「一応、冒険者ギルドとミルズ商会に不審な動きがないかしばらく見張ってくれ」というジオの命令で、政庁舎を去っている。
ジオの身辺警護を兼ねていた黒マント達が護衛対象から離れたのは、ひとえに政庁舎――つまりジュートノルの政治機構を掌握したという、自信と確信の表れなんだろう。
「彼らはミルトロズの部下で、全員が騎士だよ」
寸分の狂いもない隊列で黒マント達が出て行った執務室のドアを何とはなしに見ていると、唐突にジオが話し出した。
「彼ら十一人は、ミルトロズがイリーガルな活動に手を染めることを知った上で、僕の指揮下に入って手助けしてくれているのさ。本来なら、僕ごときが扱えるはずもない、名実ともに正真正銘の騎士達だよ」
「騎士達?あのミルトロズという人だけじゃないのか……?」
「うん。彼ら全員が、陛下に剣と忠誠を捧げた、歴とした身分を持った騎士だよ。テイル、よく覚えておくといい。ミルトロズのような者達こそが、本当に敵に回してはならない存在だ。サツスキー子爵やギレムのような、地位や金の力で何でもできると勘違いしている奴らは、ただのザコだ。本当の支配者とは、力の種類と使い道を知り尽くしている者のことを言うんだ」
俺からしたら、まさにジオこそがその支配者像と一致するんだけど、語り口からいって、明らかに別の人のことを指しているように思う。
結局、それ以降ジオが無言でお茶を飲み始めてしまったので、それ以上深く聞くことも躊躇われてたまま、ゴードンが来るのを待つことになった。
「ぐうううっ!!放せっ、放せえええっ!!」
「黙れ下郎。ジオ様の言葉を遮るな」
「ヒッ!?」
完全にジオの指揮下に入った衛兵に取り押さえられながらも、なおも元気に喚くゴードンの地面すれすれの首元に、いつの間にかに抜いた剣を突き付けるセレスさん。
その彼女の視界に、常にジオの姿が入ったままなことに気づけたのは、俺がそれなりに修羅場を潜った証なんだろうか。
「次、その醜い声で鳴けば、手足のいずれかを斬り落とす。いいな、下郎」
「は、は、はいぃ……」
醜いというよりは蚊の鳴くような声で、セレスさんに答えたゴードン。
そうすることで、ようやく周囲を落ち着いて見ることができたんだろう――ジオの背後にリーナと一緒に控えている俺の姿を認めて、見たこともないほどに両の眼を見開く。
だけど、セレスさんの言葉と剣の冷たさをさすがに覚えていたらしく、ゴードンは何も言わなかった。
「さて、白のたてがみ亭の主、ゴードン。お前には、前代官への多額の賄賂、同業者への不当な圧力、従業員への賃金の未払いなど、計十二の嫌疑がかけられている。すでに証拠は押さえてあるから、弁明の機会は省略する。では、被告人ゴードン、最後に何か言っておきたいことはあるか?」
二人の衛兵に押さえつけられた姿勢のまま、無駄に大きな口をあんぐりと開けたまま、一言もしゃべらなくなったゴードン。
ターシャさんを代官に差し出すクズと一緒というのは釈然としないけど、それでもジオのあまりの即断即決の裁定に唖然としていると、
「平民のテイルは知らないでしょうけれど、別におかしいことじゃないわよ」
口元に手を添えたリーナが、俺に近づいてきて耳元で囁いた。
「代官と領民の身分差って言うのは、それだけ大きなものなのよ。そもそも、代官と被告が同じ部屋に居ること自体が異例で、普通は庭先で役人から裁定を言い渡されるだけで、代官本人が立ち会うことはまず無いわ」
リーナの分かりやすい説明に完全に納得――するどころか、その完璧に整った顔立ちの肌の柔らかさまで伝わってきそうな距離な上に、彼女が喋るたびに俺の顔にかかる吐息で頭がくらくらしっぱなしだった。
それでも、リーナの息で吹き飛びそうになっていた直近の記憶を、残った理性を総動員して何とかかき集めて大筋を理解したところで、ジオの冷淡な声が執務室に響いた。
「何もないようなので、裁定を言い渡す。被告人ゴードンを懲役五年の刑に処す」
「なっ――!!」
「もしくは、養子のテイルを成人させた上で、こちらで指定した従業員と財産を分与することで、刑の執行を十年間猶予するものとする」
驚いたのは、多分俺だけじゃない。
隣にいたリーナも驚愕で声も出ない感じだし、もっと言えば、裁定を下したジオの護衛であるはずのセレナさんも、目を見開いて主に視線を送っていた。
「バカな!!そんな無茶苦茶な裁定がまかり通るわけがない!!奴隷同然のテイルごときに私の財産を分け与えるだと?ふざけるのも大概に――」
だから、ジオの裁定を一瞬で理解し、怒涛の勢いで不満とも反論ともつかない言葉を並べ立てたゴードンには、ある意味で感心した。
だけどそれは、俺でも絶対にやらないと言い切れるほどに、愚かな行為だった。
キン ヒュパン
「――あ?」
「言ったはずだ、下郎。手足のいずれかを斬り落とすとな」
カチン ゴトン プシャアアアアアアアアアアアア
「ッッッギャアアアアアアアアアアア!!??」
再びセレスさんの腰から光が生じた直後――ゴードンの二の腕から先が切り離され、落下音が床を叩いた。
続けて執務室に響いたのは、新鮮な血が勢いよく噴射する音と、二人の衛兵に組み伏せられたまま痛みにのたうち回るゴードンの絶叫。
もちろん、ジオを護衛するセレスさんとゴードンの距離は離れていて、剣の間合いでは絶対に届かないはずだ。
――一体どうやってこの距離を?しかもゴードンを抑えている衛兵の体を掻い潜って?
そんなことに気を取られている内に、不可思議な現象はまた起きた。
「ふん、痛みに泣き叫ぶ姿は、まさに豚そのものだな。耳障りだ。『ブラッドフリーズ』」
力ある言葉と共に、セレスさんの左手が青白く光り出す。
その手を断続的な絶叫を繰り返すゴードンの方へと向けた途端、
パキイイイィン
なんと、勢いを弱めながらも両方の断面から噴き出していた血が、一瞬で凍結した。
「冒険者ギルドに腕のいい治癒術士の派遣を要請しろ。今ならまだ、腕の接合も可能なはずだ」
「は、はっ!了解いたしました!!」
腕を切断されて暴れる罪人に手を焼いていたはずが、傷を凍らされて気絶したらしいゴードンの様子に驚いていた二人の衛兵。
それでも、セレスさんの命令で我に返ったらしく、切り離された腕を拾う時にも忌避感を表に出すことなく、ゴードンの両脇を抱えて退室していった。
「……まったく。こういう主思いに過ぎるところさえなければ、今頃は出世街道に邁進できていただろうに。ちょっと僕が侮られたくらいで激高するその癖、少しは改める気はないのかい、セレス?」
「せっかくの御言葉ですが、不要です。今の私には、こんな性格を許容してくださる主がおりますので」
「別に許容しているわけじゃあないんだけれどな」と、頭を掻きながら呟くジオ。
直後に、その視線が向いた先は、俺の方だった。
「おめでとう、テイル。これで君は借金から解放されて晴れて自由な身の上に、一国一城の主だ。さらに、ゴードンの私利私欲の犠牲になりかかっていたターシャ嬢もゲット出来て、めでたしめでたしの大団円だ」
「は?……はあああああっ!?」
「ちょっとジオ!!ターシャって誰よ!?テイルがゲットって、どういうことなの!?」
目の前で次々と何人もの運命が急転していく怒涛の展開にすっかり忘れていたけど、そう言えば俺の詰みの状況を何とかしてくれるって話だったなと、思い出す。
だけど、さすがに一国一城の主といきなり言われても何のことだかさっぱりだし、なによりさっきから、
「ちょっとテイル!!あなたも何か知っているんでしょう!?心当たりがあるんなら、全部吐きなさいよ!!」
と、やんごとなき家柄のお嬢様とは到底思えない強引さで、俺の肩を鎖骨が砕けんばかりに掴んで揺さぶってくるリーナのせいで、何一つ思考が纏まらないのだった。
ていうか誰か助けて!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます