第64話 悪人の始末


「ち、違うのよ!」


「違うって何が?」


「この茶葉入れの開け方がわからなかったのよ!」


「いや、この線から上が蓋なんだけど」


「そ、それにこの魔道具、いくら魔力を注いでも火が着かないのよ!」


「いや、これは火打石で着火して使うタイプみたいだけど。そこに火打石もあるし」


「み、水が……」


「水って、そこの水瓶に入ってるじゃないか」


「まあまあテイル、あまりリーナをいじめるものじゃあないよ。なにしろその昔、お茶会で出たホールケーキを斬り割ろうとして持ってきていた剣で――」


「死ねっ!!」


「うわああっ!?」


「ご自重ください、リーナ様。殺すのではなくて、このなめらかすぎる舌を切り取るくらいなら黙認しますが」


「セレス!!それは普通に死ぬよ!!」


 そんなこんなで、リーナが床にぶちまけた茶葉を片づけ、消去法で俺がお茶を淹れ直すことになり、遠慮するセレナさんをジオが座らせて、「うん、可もなく不可もなく、茶葉のポテンシャルを程良く殺した淹れ具合だね!」という評価を戴いたお茶を、メイドの支度部屋の片隅のテーブルに腰かけて、四人でまったりする。


 まるで、さっきまでの修羅場が嘘みたいなゆっくりとした時間だったけど、代官一人を処分したくらいでこの騒ぎが終わるとは思えない。

 案の定、ささやかなお茶会は長くは続かず、どうやって探し当てたのか、迷いのないノックの音の後、セレスさんの許可で入ってきた黒マントの一人の言葉で、終わりを告げた。


「後始末と諸々の手配が完了しました。代官執務室へご案内いたします」






「さてと、もうひと踏ん張りするとしようか」


 さっきまでサツスキー子爵のものだった、執務室の主の椅子に深く腰掛けて、そう独り言ちるジオ。

 疑問を解消するならここしかないと思った俺は、思い切ってジオに聞いてみることにした。


「なあジオ。俺は、あとどれくらいお前に付き合えばいいんだ?さすがにもう何日もってなると、仕事に差し支えるんだけどな」


 実際には、差し支えるどころじゃない。

 白のたてがみ亭の別館に帰った後、ゴードンからどんな罵詈雑言が飛び出すかと思うだけで、頭が痛くなってくる。

 それでなくても、もうすぐ本館からすらいなくなるターシャさんの行く末を思うと……


 ん?何か大事なことを忘れているような――


「……はあ。テイル、二つほど、認識の間違いを指摘させてほしいな。


 一つ、僕は今回の件の罪人全てを裁くつもりなんて、毛頭ない。

 そんなものは、本来文官の仕事だし、サツスキー子爵に代わる新しいジュートノルの代官とその側近達も、すでに手配済みだ。

 王国の法に則った公正な裁定は、彼らに任せるよ。


 二つ、僕が裁いている悪人は、あくまで表沙汰にすると色々な人に不都合が生じる可能性のある人物だけだ。それは、僕のためであり、大人達の欲望によって穢された子供たちのためであり、とある幸薄い看板娘のためであり、そして何より、君のためでもあるんだよ、テイル」


「俺……!?」


「それからもう一つ。これから先は、そんなに手間は取らせない。これから呼び出すのはたった三人。それもすぐに終わらせる。まあ、黙って見ていてくれたまえよ。悪いようにはしないからさ」


 そのジオの言葉は、確かに正しかった。

 ただし、あくまで俺にとって悪い話じゃなかったという意味であって、その割を食う人達がいるという意味だったんだけど。






「お呼び出しにより参上しましたが……あの、代官様は?」


「ああ、やっと来たのかい?ジュートノルの時間の流れは、王都とは大分違うようだね」


「こ、これは失礼いたしました!!わたくしは――」


「ああ、いらないいらない。君の名前を覚えるつもりはないし、必要も感じない。早速だけれど、君には三つの選択肢の中から選んでもらう。今すぐにだ」


「は、は?一体何を――」


「今ここで死ぬか、後で全ての罪を暴かれて死ぬか、僅かな財を持って家族と共にジュートノルから去るか。さあ、どれにする?」


「……何のことをおっしゃられているのか、さっぱりわかりませんな。それよりも代官様、サツスキー子爵はどこに?どなたか存じませんが、このジュートノルで王都の論理がそのまま通じるとは思わないことですな」


「そうか、あくまで白を切るつもりか――僕がこの椅子に座っている時点で気づいても良さそうなものだけれど、思った以上の愚物だったようだ。では、そんな君にも理解できるほどの、伝言と書類と一つづつ、披露するとしようか」


「勝手に話を進めないで頂きたい!!これ以上――」


「一度しか言わないからよく聞いてくれ。『冒険者学校の入学金金貨一枚とは大きく出てくれたな、エルザム支部長。よくも俺の顔に泥を塗ってくれたよ。二十年前、お前が功名心に逸ってダンジョンのトラップを踏み、パーティー全滅の危機を作った失態を忘れて、ジュートノル支部長に推してやったというのに、だ。このままジュートノルに居座り続けるというのなら、相応の報いを受けさせてやる。覚悟しておけ』だそうだ」


「っ――!?」


「それからもう一つ――これは、前ジュートノル代官だったサツスキー子爵が、僕へと送った全権委任状だ。君は、代官の呼び出しに遅れただけじゃあなく、このわずかな間に様々な無礼を働いたことになる。何か反論はあるかな?ああ、これ以上の無礼は、僕の護衛達が許さないだろうから、言葉選びは慎重にね」


「……しょ、承知いたしました。即刻、ジュートノルより退出いたします」






「ジオ、あれはひょっとして、冒険者ギルドの?」


「ああそうだよ。冒険者ギルドのトップ、ギルドマスターだ。入学金のつり上げを始めとして様々な不正を行っていた、サツスキー子爵の腹心だ。また、一部の冒険者を使ってサツスキー子爵に反抗する者達に対して、嫌がらせの域を超えたイリーガルな活動を指示していた」


「そんなことまで……」


「うん、まるでマフィア気取りだよ。本来ならそこまであくどいことをやれば、役人や流れの冒険者の口を通じて王都のギルド総本部の耳に入るはずなんだけれど、代官のサツスキー子爵があの手この手で報告を握りつぶしていたらしい。まあ、その代官の首がすげ代わったら、この街で生きていくことはどの道できなかったんだよ。あのギルドマスターにも功績が無いわけじゃないし、このくらいの温情が妥当なところだろうね」






「し、失礼いたします……」


「やあ、思ったよりは早かったね。ミゲル商会の――」


「次男のギレムです、ジオ様」


「そう、ギレムだ。ありがとうセレス――ジュートノル最大の商会の次男坊のギレム、よく来たね」


「そ、それはもう。跡継ぎでもない私を御指名されることなど、この上ない名誉なことですので。……あの、それで、代官様はどちらに?今日は大事な用件があるとのことでしたが……?」


「そうそう、そのことだ。ギレム、結婚はしばらくの間、諦めた方がいい」


「……は?」


「というより、もう結婚は十分じゃないかな?君の経歴を見て驚いたよ。二十五年の人生の中で、結婚が八回、離婚が六回、浮名を流した女性は数知れず。これだけならまだ救いようがあるけれど、二人の奥さんが不審な死を遂げている上に、街一番の商家という実家の威光を笠に着て、強引に関係を迫った女性が分かっているだけでも五十人以上。王都の貴族や金持ちも真っ青な女性遍歴だ」


「そ、そそそ、それが、どど、どうしたというのですか!?私がどんな女性と親しくなろうとも、貴方には関係のない話だ!!」


「僕と関係があるかどうか、それこそ君には関係のない話だ。君に言って聞かせる事柄はただ一つ、君はこれから、とある奴隷商人に買われて、見知らぬ遠い国で新たな人生をスタートさせることになる、ということだけだ」


「な、なにを……!?」


「ああ、実家の助けは期待しない方がいい。今頃は、僕の手の者が当主との交渉を終えているはずだ。ミゲル商会の幹部に名を連ねているバカ息子の乱行を理由とした業務停止命令の執行を保留する代わりに、問題のギレムは商売のイロハを学ぶために遠国へ修行に出た――という口裏を合わせてもらう手はずを整えているはずだ」


「な、ななな、なっ――!?」


 パンパン


「お呼びでしょうか?」


「さあ、男の風上にも置けないクズがお帰りだ。裏口に待たせてある奴隷用の馬車に丁重にお送りしてきてくれ。くれぐれも、間違いのないようにね」






「ジオ、今の男は……?」


「うん?聞いてなかったのかい?ジュートノル一番の商会で、商業ギルドの影の支配者であるミゲル商会の次男坊さ」


「いや、それはわかってるけど、俺とどんな関係が?」


「彼――ギレムこそが、君の大切な人であるターシャ嬢の結婚相手だよ」


「っ――!?」


「代官のサツスキー子爵の元に行くのは、表向き。実際は、さすがに外聞が悪くなってきて結婚一つとっても小細工が必要になってきたギレムと、ミゲル商会との結びつきを強めたいサツスキー子爵との利害が一致したのさ」


「そんな、そんなことのためにターシャさんが……」


「見ず知らずの関係だけれど、ターシャ嬢があんなクズの毒牙にかからなくて本当に良かったと、僕も胸を撫で下ろす思いだよ。それと同時に、もっと早くこの事実に気づけていればという悔いもある。ああいう人の痛みが分からない奴は、一度被害者と同じ苦痛を味わった方がいい。そのための奴隷落ちさ」


「……」


「ちょっと暗い話になってしまったね。次で最後だから、気を取り直して――気力を振り絞ってほしい」


「……なあジオ、最後の人って――」


「もちろん、テイルにとって最も身近な一人であり、最も憎かろう相手さ」



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