第63話 断罪


「人身売買に、少年少女を利用した秘密クラブ、果ては人材確保目的の誘拐ビジネスまで。世に悪の種は尽きまじと言うけれど、これほど卑劣な所業もなかなか無いよ」


 怒りと恨みに震える、ロズ改め騎士ミルトロズ。

 その怒りの矛先を向けられて、違う意味で震えっぱなしのサツスキー子爵。

 衝撃の事実を知って言葉も出ない、俺。

 そんな中で超然としているのは、相も変わらず無言で控えている護衛騎士のセレスさんと、この空気を作った張本人にもかかわらず話を続けるジオだ。


「し、知らん!私はただの客だ!そのような非道に手を貸した覚えはない!」


「それが通らないことくらい、貴族であるサツスキー子爵にもわかるだろう?こう言った闇の組織の力は、権力者とのコネの数と質で決まる。秘密クラブの客に代官がいるということは、秘密クラブと背後に控える組織にとって、ジュートノルの当局ですら手が出せないことになる。子爵さえ客になっていなければ、組織の犠牲になる子供の数はもっと少なく済んでいたに違いない。首魁とまでは言わないが、数々の悲劇の元凶は間違いなく君だ、サツスキー子爵」


「ううぐ……」


 全くの澱みのないジオの長口上。

 その朗々たる響きは、聞く者全てに理解を強要する――最も認めたくないはずの、サツスキー子爵さえも。


「しょ、証拠はないはずだ……」


「そうだね。さすがに組織も、そこについては万全を期していたようだ」


「ならば――」


「だけれど、彼らもまさか自分達が捕縛されて生きた証拠になるとは想像していなかったようだ。子爵を告発できるだけの証人は、秘密クラブの施設を強襲した僕の手の者ですでに確保済みだ。残りの往生際の悪い者達は、逃がすわけにもいかなかったので全員始末させてもらった。今頃は、全ての遺体が街の外のどこかの土の下で永遠の眠りに就いているはずさ」


「そ、そこまで……」


「言っただろう?僕はサツスキー子爵に目を付けたって。どうせやるなら徹底的にやるのが僕のやり方だけれど、別に最初からジュートノルに狙いを定めていたわけじゃあない。この近辺の街なら、別にどこでも、誰でもよかったんだ」


「な、ならばなぜ……!?」


「都合が良すぎたんだよ、子爵は。立地条件、街の規模、資金力、不正の数、敵の多さ――僕が乗っ取るのに最も適していたのが、このジュートノルだった」


「そんな程度のこと!!誰でも――」


「誰でもじゃないよ、子爵。君が間違いなくナンバーワンだ。でも、強いて一つ理由を挙げるのなら、ミルトロズの力を借りられた点だね」


「うっ……」


 ジオの言葉を聞いたサツスキー子爵の視線が左に流れて、息を詰まらせる――横に立っている騎士ミルトロズの、地獄の炎のように燃えさかる眼を見て。


「さすがにここまでの罪が白日の下に晒されれば、王宮としても死罪を言い渡すしかないだろう。もしくは、その過程で不審な死を遂げて、真相は闇の中かな?そっちの方があり得そうだ」


「う、ううううううううう」


 悲惨な末路を想像してか、サツスキー子爵の体の震えが大きくなる。

 だけど、ジオの話はまだ終わってはいなかった。


「だけれどね、そんな生温い死に方じゃどうしても納得できないと、このミルトロズが言うんだよ」


「……当然だ。我が愛しの妹キャロルは、あの地獄の日々のせいで今も家から一歩も外に出ていない。それもこれも、貴様から受けた恐怖と傷のせいだ。キャロルの自由と笑顔を取り戻すには、貴様の首を私自ら斬り落とし、胸を張って敵は討ったと報告する以外に方法はない」


「さっきから貴様は何を言っているのだ!?」


 淡々とした口調とは裏腹に、血走った眼が激情をよく表している騎士ミルトロズに、サツスキー子爵が叫んだ。


「いくら私とて、一夜の相手を騎士の娘にさせるほど愚かではない!あの店に出ていたのはどれも平民の子ばかりだ!貴様の妹など私は知らぬ!何かの間違いではないのか!?」


「貴様……!!」


「はいはいロズ、少し落ち着いてもらおうか。君が口を出すと話がややこしくなるから黙っていてくれと、あれほど忠告したのに」


「はっ、誠に申し訳なく」


「子爵もだ。今のは挑発と取られても文句は言えない発言だ。少しでも生き永らえたいのなら口を慎むべき――と言いたいところなのだけれど、覚えているかな?僕が子爵に同情している点は、まさにそこなんだ」


「な、なんだと……?」


「サツスキー子爵。私は平民の出だ。ある大規模な魔物との戦いで兵士として従軍し、類まれなる剣の腕を見出されて今の養家に迎え入れられたのが、十二の時だ」


「なっ――!?」


「たまたま騎士の養子となるほどの実力者の兄を持つ平民の娘が、たまたま攫われた挙句、たまたま貴族の餌食となった。ただの偶然だと言ってしまえばそれまでだけれど、僕としては運命か宿命と呼びたいところだ。そっちの方が神の思し召しのような気がして、まだ救いがあるからね」


 一瞬、神に祈るように目を閉じたジオは、改めてサツスキー子爵の方に向き直った。


「これで分かっただろう、子爵。ロズの妹の無念を、王宮の裁きでは欠片も掬い取ってはくれない。だからロズには、自らの手で敵を討つ以外に道はないんだ」


「し、しかし、貴族と騎士の私的な争いは王宮が固く禁じている!そんな真似をすればどうなるか、わからないはずかあるまい!」


「わかっていないのは君の方だ、子爵。そこで立ち止まるようなら、ロズは僕に手を貸してなんかいない。全て覚悟の上でやっているんだよ」


「馬鹿なっ!?仮に私の首を獲ったとしても、待っているのは家名断絶と極刑、一族郎党の連座だぞ!?」


「……やれやれ、ジュートノルの代官は腹黒だが切れ者、という評判に偽りありだね。最初に言っただろう、サツスキー子爵。自死してくれって。それが僕にできる、最大の譲歩案だ」


「っ――!!」


 ここに来て、初めてサツスキー子爵が納得の表情を見せた。

 ただしそれは、謎が氷解してすっきりしたというものでは決してなく、真っ暗な穴の中へ自ら飛び込むしかないと理解したかのような、暗澹たるものだったけど。


 そして、そんなサツスキー子爵の絶望の表情こそを見たかった――そう言わんばかりに、ジオと子爵の間に立つ、ミルトロズの眼は、爛々と輝いていた。


「もちろん、ただ死ぬだけでは、子爵にも色々と未練があるだろう。だから、サツスキー子爵家が王都にいる嫡子に無事継承されるように、僕から口添えをしてあげよう。もちろん、ジュートノルでのことは一切表沙汰にはしない」


「……本当か?」


「これでも、長らく教会に席を置いた身だ。神の名に懸けて誓おう」


「……了承した。それで、私は何をすればいい?」


「そこまで手間は取らせない。ほとんどは、こっちであらかじめ用意した書類に、直筆のサインと印章をもらうだけだ。まずは代官辞任の各種公的書類。続いて――」


 いつの間に用意していたんだろう、セレスさんが背後から厚めの書類を一枚づつ差し出し、ジオが説明していく。

 言葉のほとんどは理解できなかったけど、どうやら代官の地位と職務を引き継ぐための書類らしい。


 そうして、セレスさんが「これで最後です」と言って差し出した書類を説明したジオが、言った。

 口調は穏やかに。内容は残酷に。


「最後に、これが最も重要な条件だ。子爵の死は、表向きは病を苦にしての服毒死ということにするけれど、実際には――」


「わかっている。そこの騎士に首を討たせよと、そう言うことだな?」


「そう言うことだ。では、最後に僕に言っておくことはあるかな?」


「二つある。一つ目は――くれぐれも息子のことを頼む。あれは私とは違って、素直で優しい子だ。導いてくれる者さえいれば、真っ当な貴族になるだろう」


「了承した。もう一つは?」


「地獄に落ちろ」


「それも了承した。遅かれ早かれ、僕はあの世で子爵と一緒になることだろう。その時はよろしく頼むよ。――あとは任せたよ、ロズ」


「はっ、全て滞りなく終わらせます」


「証拠一つ残さないと確信する程度には、信用しているよ」


 そう言って立ち上がったジオは、いつもの明るい調子に戻って俺に言い掛けた。


「待たせたねテイル、さあ行こうか」


「あ、ああ」


 俺の両肩を後ろから掴んで、扉の方へと進ませるジオ。後ろにはセレナさんの気配もする。

 そして扉の近くまで来た時、まるでこっちの様子を窺っていたかのように扉が開いて、外にいた黒マントの二人に退出を促された。

 俺達が代官執務室を出るのと入れ替わりに、黒マント達が中に入っていく。


「あの二人は、一言で言うと隠蔽のエキスパートなんだよ。騎士団と一口に言っても、その任務の種類は様々でね、こういう後ろ暗いことを得意とする騎士もいたりするのさ」


 そう言ったジオが、急にキョロキョロし出した。


「ジオ様。メイドの支度部屋でしたらあちらです」


「さすがセレス。僕の考えも、この政庁舎の内部もお見通しだね。じゃあ、淹れることの出来ないお茶に悪戦苦闘しているリーナを迎えに行こうか」


 そう言ったジオの両手は、結局お茶葉を散乱させた支度部屋で途方に暮れているリーナを発見するまで、俺の両肩から放されることはなかった。


 ――わずかな震えを感じさせながら。

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