第62話 復讐の炎


 ※一部、不快に感じられる可能性のある表現が含まれています。

 最悪、次話へ読み飛ばしてもギリギリ話が理解できるようにする予定なので、苦手な方はスルーしてください。


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 そのセリフは唐突だった。


「おや、お茶が冷めてしまったようだ。リーナ悪いけれど、淹れ直して来てくれないか?」


 演技としか思えないわざとらしさで、リーナに話しかけたジオ。

 完全に話に聞き入っていて不意を突かれた格好になったリーナは、照れ隠しなのかいきなり怒り出した。


「は、はあ!?なんで私が」


「頼むよ。冒険者暮らしの間に、それくらいはできるようになったんだろう?なにしろ子供の頃の君と来たら――」


「わわわわ!?わかったわよ!!淹れて来ればいいんでしょう!!」


 昔を懐かしむように目を細めていたジオの口を封じようと、テーブルに出ていたカップと茶器をひったくるようにトレイに乗せて、執務室から出て行ったリーナ。

 ジオに乗せられた本人はともかく、リーナには聞かせられない話をするために彼女を外させたのは、一目瞭然だった。


「ああ、そう言えば、連れの紹介をしていなかったね。彼の名前はテイル=モーレッド。ジュートノルで三指に入る宿屋、白のたてがみ亭の従業員――なんだけど、僕の悪い癖で、興味を持った人物の一通りのプロフィールを調べるというものがあるんだけど、気になる結果が出たんだ。何だと思う、子爵?」


「わ、私にわかるものか!」


 いきなり俺のことを紹介されたあげく、無茶ぶりとも言える質問をされたサツスキー子爵。

 当てつけのつもりで言ったんだろう言葉はしかし、ジオの瞳を光らせた。


「それだよ子爵!平民ですらさほど難しくはないだろうテイルの情報――その基本となる戸籍を見つけることができなかったんだ!おかしいよね?テイルはモーレッドという姓を名乗っている。これは、テイルが働く白のたてがみ亭の主、ゴードンの姓と全くの同じものだ。従業員というテイルの扱いを見ても実子ということはありえないから、残る選択肢は養子だ。ここまで言えば、僕の言いたいことが分かってもらえるかな?」


 そう問いかけるジオに、サツスキー子爵は答えない――いや、答えられないんだ。

 固く結ばれて沈黙する口とは反対に、サツスキー子爵の顔色は、さっきの青色を越えて土気色になって、言葉よりも雄弁に物語っていた。


「人身売買」


 さらにもう一つ、ジオが付け加えた一言によって、サツスキー子爵の体の震えが物言わぬ証言になる。


「と言っても、アドナイ王国の法では奴隷制自体は認められているし、奴隷商だって立派な仕事の一つだ。ただし、その一方で厳に禁じられている未成年者の奴隷化が行われ、しかも代官が売買と隠蔽に一枚噛んでいたとなると、話は全く変わってくる」


「わ、私は知らない!そ、そうだ、私を失脚させようとして、会ったこともない商人どもがあることないこと言っているのだ!そうに違いない!」


「だとしたら、ジュートノルの中でそんな発言を商人どもに許すサツスキー子爵は、足元の大事件に気づかないほどのよっぽどの無能で、下手な悪徳代官よりはるかにタチが悪いということになってしまうんだけれど――まあ、それはどうでもいい。ジュートノルで違法な人身売買が行われていた事実は認めるんだね、サツスキー子爵?」


「……貴方の調査の通りのことが本当に行われていたのなら、代官の立場として遺憾の意を表するほかない」


「うん、認めてもらえたようで何よりだ。これで本題に入れる」


「本題だと……?」


 今のやり取りで、サツスキー子爵の立場が悪くなったのかどうか、俺には全くわからなかったけど、どうやらジオの狙いは、サツスキー子爵に人身売買の事実を認めさせる一点にあったらしい。


「一口に違法な未成年の奴隷といっても、その用途は多岐に渡る。テイルのように、ろくな賃金無しで一生自分の店で働かせるというのもなかなかにきついけれど、中でも最悪な事例が『性の搾取』だ」


「っ!?」


「ああ、この表現では、テイルには分かりづらいか。要は、子供に夜のお店で一晩中接待をさせる仕事だよ。そのを使ってね」


「あっ……え?」


 ジオの言いたいことは分かった。

 分かった上で、理解しようとする頭を感情が受け入れられないと拒んでいる。

 その一方で、ジオがリーナに席を外させた理由もわかった。

 潔癖なところがあるリーナがこの話を聞けば、どんな暴挙に出るか分からない。

 ジオは、あくまでも「話し合い」をするために……


「な、ななな、なぜそれを……!?」


「そう言いたくなる気持ちはわかるよ、サツスキー子爵――徹底的に存在が秘匿された施設に、信用のおけるごく限られた客だけに提供されていたサービスだ、秘密の保持には自信があったんだろう。だけど、僕の耳には入ってきた。まあ、未成年の人身売買の情報が入って来た時点で、疑い自体を持つことにそれほど苦労することはなかったんだけれどね。どれだけ細心の注意を払ってきたのか知らないけれど、君達は手を広げ過ぎたんだよ」


「ち、違う!!」


「何が違うんだい?言い訳くらいは聞いてあげるよ」


「私は関わっていない!!私はただの客だっただけだっ!!」


「なんだ、そんなことか。もちろん、子爵が施設の経営には一切関わっていなかったことは把握しているとも」


「え……?」


 拍子抜けしたようなサツスキー子爵の声に、俺も同じ声を出しかけた。

 サツスキー子爵はただの客で、人身売買自体には関わっていない?

 じゃあなんで――


「じゃあなんで、この話をしているのか、って顔だね。それには、ある一人の少女の話をしなくちゃあならない。とても心苦しいけどね」


 そう前置きしたジオの話を要約すると、こうだった。


 その少女は、豊かなわけではなかったが特に貧しくもない家庭で育ち、次第に生来持っていた美貌を開花させていった。

 しかしある日、一人で近くの商店に買い物に出たところで忽然と姿を消した。

 家族親族が必死に行方を捜すも、手がかり一つ見つからず生死不明のまま。それでも家族は少女の無事を信じて捜し続けた。

 転機が訪れたのは、少女が行方知れずになってから三年後、今年の春のこと。

 とある騎士団による犯罪組織一斉摘発作戦の最中、犯罪組織の本拠地に巧妙に隠されていた地下施設を発見。そこには、半ば心を壊された身眼麗しい少年少女ばかりが十数人、あられもない姿のまま監禁されていた。


「その内の一人が、件の少女というわけさ。救出されるまでの三年間、彼女は王国内の各地を回らされ、筆舌に尽くしがたい目に遭ってきたとのことだ。そうした体験を、彼女の尊厳と精神に最大限配慮しながら聞いている内に、とある街で最初の悲劇が起きたという聴取が採れた。さて、サツスキー子爵。この件について、何か知っていることはあるかな?」


「あ、ああああ……」


「ちなみに、その少女の髪は鮮やかなプラチナブロンド、瞳は黄色味がかったハシバミ色。背丈は、三年前は子爵よりも一回り小さいくらいだったそうだ」


「知らん!!知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん!!そんな子供を買ったことなど一度も無い!!」


 ジオの説明が終わるか終わらないうちに、そう叫んだサツスキー子爵。

 その、言い訳とも自白ともとれる絶叫が一段落する様子を、ジオはゴミを見るような眼で眺めていた。


 やがて、荒々しく息を吐きながらも、ある程度落ち着きを取り戻したサツスキー子爵の様子を見て取ったジオは、まるで子供に言って聞かせるようにゆっくりと言った。


「さて、ここで一つネタばらしをしておこう。


 なぜ、裕福でもない少女の家族は、三年もの長い間行方を捜し続けていられたのか、

 なぜ、たった三年で裏社会の闇の中に囚われていた少女を救出できたのか、

 なぜ、少女の救出から一年足らずでただの客の一人でしかないサツスキー子爵の元までたどり着くことができたのか。


 その奇跡の理由は、ひとえに一人の男の執念によるものだった」


 その時、これまでジオの後ろに控えていた、黒マントのリーダー格のロズが、ジオとサツスキー子爵の間、テーブルの正面に進み出た。


「紹介しよう、サツスキー子爵。君の毒牙にかかって乙女を散らされた少女の実の兄で、この三年間少女の救出に全てを賭け、救出後は少女の仇への復讐に燃え続けている、とある王国騎士、ミルトロズだ」


「捜したぞ、我が妹の仇……!!」

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