第61話 サツスキー子爵の罪
「やれやれ、僕達がここまで来た時のように迅速に――とまでは言わないけれど、もう少し素早く混乱を鎮められなかったのかい、サツスキー子爵?これじゃあ、本当の有事が起きた時に、平民の避難なんて絶対に間に合わないよ?」
すでに、この代官執務室の主のように振舞うジオに、本物の主のサツスキー子爵が「どの口が」と言わんばかりに睨みつけるけど、ジオの視線が動くと同時に、さっと目を逸らす。
まさに牙を抜かれた飼い犬に成り下がったサツスキー子爵が、部下に命じてジオの侵入を手違いとして政庁舎中に通達。全ての役人が通常業務に戻ったことを受けて、黒マントの一団による政庁舎封鎖が解除された。
そして、改めてジオとサツスキー子爵の会談の場をこの執務室にセッティングして、今に至るわけだけだ。
そして、開口一番、ジオが言い放った言葉を聞いた途端、いきなり頭を殴りつけられたかのような衝撃を受けた。
俺も、サツスキー子爵も。
「結論から言おう。サツスキー子爵、君には死んでもらう」
「なっ……!?」
一番の部外者の俺ですらこうだったんだ。
これには、驚愕の声を上げたサツスキー子爵はもちろん、隣のリーナも目を見開いて驚愕の顔を見せた。
そりゃそうだ。
かなり強引なやり方ではあっても、一人の死者も出さずにこの政庁舎を占拠したというのに、いざ交渉が始まったら即刻死刑宣告だ。驚かない奴はいない。
「いくら貴方様のお言葉といえど、越権行為にもほどがある!!私は、陛下から代々子爵位を授けられているサツスキー家の当主だ。陛下直々の勅命でない限り、私を罰することなど誰にもできはしない!!」
貴族に縁のない俺でも、サツスキー子爵の言い分の方が筋が通っているとわかる。
だけど、真っ当と思える反論を受けたジオは、子爵の言葉を否定するようにゆっくりと首を振った。
「そんなことは僕だってわかっている。そもそも、死刑宣告なんて言ったつもりはないんだよ。子爵には、自ら死を選ぶ形でこの世から去ってほしいんだ」
「同じことだ!」
「まあ、子爵の立場からするとそうだろうね。順を追って話そう」
そう言ったジオは、テーブルに出されていたカップに申し訳程度に口をつけた。
それは、ジオ自身が落ち着くためというよりも、相対するサツスキー子爵に話を聞く心の余裕を与えるためのものに思えた。
そして、サツスキー子爵の浮いていた腰が椅子に沈み込むのを見計らったジオは、再び語り出した。
「まず、僕が子爵に注目したきっかけは、王都に流れている地方の汚職の噂の中で、特に名前が挙がることが多い点だった」
「ぐ……」
「商人からの賄賂、不当な量刑、治安の不安定化、周辺の魔物の討伐実績不足、役人や衛兵隊の縁故採用、等々。で、かけられている嫌疑が――いくつだっけ、セレス?」
「微罪も含めれば、43です、ジオ様」
まるで秘書のような明快さで、椅子に座るジオの横に立つセレスさんが、簡潔に答える。
「だが、所詮は嫌疑なのだろう!私は陛下からジュートノルの地の統治を任されている代官だぞ!仮に明確な証拠があったとしても、ジュートノルの中でのことに口出しされる覚えはない!!」
「もちろん、代官の領地内での特権は理解している。だけれど、これらの疑いが強く推認されるきちんとした根拠となる書類を、僕の報告と共に監察局に提出すれば、子爵への王都召還命令を出させるくらいは、それほど難しいことじゃない」
「私が王都に何の伝手も持っていないと思っておられるのか!?建国以来の家柄でこそないが、代々官僚を輩出してきたサツスキー子爵家が本気を出せば、貴方を再び教会に閉じ込めることもできるのだぞ!!」
「おお、それは怖いね」
腐っても代官――貴族の重みを感じさせるサツスキー子爵の剣幕に、芝居がかった仕草を見せたジオ。
その直後、いつもはふざけ倒した雰囲気しか出さない眼が、鋭い光を放った。
「では、そんな代々の貴族の伝手が何の役にも立たないほどの、サツスキー子爵の罪を詳らかにしよう」
「なん――」
「まず一つ、先ほど挙げた『微罪』の一つ、周辺の魔物討伐実績の不足の原因だ」
これまでとは違って、サツスキー子爵の反論を許さない形で、ジオの話は進む。
「調査によると、このジュートノルで冒険者になるには、相当高いハードルがあるようだね?成人以上は冒険者としてのなんらかの実績が必要――つまり、平民の大人が冒険者になるのは事実上不可能ということだ。さらに、未成年者においても冒険者学校への入学が不可欠な上に、金貨一枚という多額の入学金を課されるというじゃないか」
そこまで言って、改めてサツスキー子爵を見据えたジオ。
「これを聞いた時、僕は驚いたよ。確かに、冒険者になる条件は領地によってさまざまだけれど、もはや新規の冒険者は不要と言わんばかりの態度を、冒険者によって成り立っているはずの冒険者ギルドが容認しているだなんて。そしてこれは、代官の黙認無しには起こりえない状況だ」
「そ、それは……ジュートノルは商業の街だ。少しでも商人や職人のなり手を確保するために、多少の雇用調整をする必要があったのだ。そ、それに、ジュートノルの周辺は弱い魔物しか出ない。街に居つく冒険者も少なく、今のままでも特に不都合は――」
「その結果、弱い魔物が大量に発生し、それらを餌とするより強い魔物――例えばソルジャーアントが進出してきて、最終的にジュートノル内部への侵攻を許したとしてもかい?」
「憶測に過ぎん!!」
とんでもない、それでいて、俺にとってごく身近で起きた大事件に話が飛んで、思わず声を上げそうになったけど、それよりも早く反応したのが、恐怖で顔を歪ませたサツスキー子爵だった。
「そうだね、憶測に過ぎないのは認めよう。だけれど、ジュートノルにおけるソルジャーアントの群れの侵攻について調べが進めば進むほど、その疑いが強まるのも事実だ。もちろん有力な証拠はないし証人もいない。それらは全て人族の言葉を解さないソルジャーアントが握っているからね――だからこそ、責任の所在を求めた時、一体誰が注目されるのかは火を見るより明らかだ」
「ぐぐぐ……」
「ああ、それから、王都の冒険者ギルド総本部にも、この話は内々に通っている」
「なっ!?」
「これも越権行為だというつもりかい?自分のことを棚に上げて?子爵も知っての通り、王国内の魔物討伐は、冒険者ギルドの管轄だ。その、ジュートノルの冒険者ギルドがまともに機能していなかっただけでなく、街の中に易々と侵入を許し、あまつさえ衛兵隊の力を借りたあげく、多数の犠牲者を出してしまったんだ。それだけで、王都のグランドマスターや、代々冒険者支援に積極的なネムルス侯爵の責任問題になる。僕が伝えなくても、誰かが伝えていたさ」
「そ、それでは、私は……」
「うん。仮に子爵のコネと資産をフル活用したとしても、王都への召還命令が届くのを止めらないことは確実だ。というより、君の自慢の友人達も、怒り心頭のネムルス侯爵を敵に回したがらないだろうね」
「そ、そんな……」
「王都からの召還命令に応じて、司法取引に応じて自分の非を最低限認めたとして――どれくらいの刑になるだろうね、セレス」
「男爵位への降格と金貨千枚ほどの罰金。あとはせいぜい、懇意にしていたいくつかの貴族家から絶縁状が届く程度でしょうか。貴族としてはこの上ない屈辱ではありますが」
バギイィ
その時だった。
ちょっとやそっとの衝撃じゃへこみ一つできないはずの代官執務室の床に、ジオとセレスさんの主従以外が一斉に振り向くほどの恐ろしい音を響かせながら修復不可能な大きな亀裂が入ったのは。
音のした方――床亀裂の中心、その上にあったのは、黒マントのリーダー、ロズのブーツ。
しかし、心臓が止まるかと思うほど俺が驚いたのは、ロズの鬼の形相を見た瞬間だった。
「ヒイイイイイイィッ!?」
ロズの視線の先――なぜ自分が恨みの籠った目で睨まれているのか、まるで理解していない様子のサツスキー子爵。
もちろん、俺とリーナも分からずに、事情を知っているだろうジオに、三人の注目が集まる。
「君には死んでもらう」
最初の言葉を繰り返したジオ。
ただし、さっきとは違って、その表情には若干の同情心が芽生えているようにも見えた。
「僕は確かにそう言ったけれど、別にこれは僕の願いじゃあないんだ、サツスキー子爵。君の自死は、僕からの最大限の譲歩なんだよ」
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