第59話 ジュートノル政庁舎 玄関


 久しぶりに帰ってきた、ジュートノル。

 出発して数日しか経っていないはずなのに、ずいぶんと懐かしい気持ちになる。

 だけど、そんな気分に浸る間もなく。


「お待ちしておりました、若」


「首尾は?」


「全て、滞りなく」


 街の門前広場で馬車を降りた俺達を待っていたのは、黒のマントに帯剣で統一した旅装の、冒険者らしき一団。

 その、妙な一体感を思わせる計十二人の一団が、ジオの前に跪いているのはなかなか壮観だけど、それよりも驚いたのは、馬車の中だったとはいえ、彼らの存在が俺の強化された聴覚に全く引っかからなかったことだ。


「さすが――というよりも、私がまだまだ未熟だっていうところに怒るべきなんでしょうね」


「なあリーナ、あの人達って――」


 どうやら俺と同じ感想を持ち、なにかしら知っているらしいリーナに、謎の一団のことを訊いてみようと思ったけど、彼女は首を振るだけだった。


「ごめんなさい、テイル、彼らのことは私の口からは言えないわ。多分、近い内にジオが話すと思うから、その時まで待って」


「お話し中のところ悪いけど、テイル、リーナ、さっそく行こうか。こうしてロズ達と合流したことで、彼らにも知らせが届くだろう。ここからは迅速さこそが鍵だ。まずは向かうとしようか」


「ど、どこへ……?」


 これまでも妙な威厳はあるなと思っていたけど、セレスさんを含めた十三人もの配下を従えたジオの威容に、思わず声が上ずった。


 そんなド緊張の俺の様子をからかうこともなく、ジオが答えた。


「もちろん、このジュートノルの街の中枢――代官がいる政庁舎さ」






 ジュートノルの大通りのど真ん中を、ジオを先頭にした集団が、颯爽と突き進む。

 ジオの右隣から一歩下がった位置には、護衛のセレスさん。

 そのすぐ後ろから、黒マントの一団が付き従う。

 俺とリーナはさらにその後ろ――最後尾を、場違い感丸出しで歩いている。


 普通、大通りの真ん中を通るのは、馬車や荷車などに限られている。

 だけど、あまりにも堂々と闊歩するジオの姿を見た人達が、我先にと馬車や荷車を脇に寄せていく。


「止まれ!貴様ら、歩行者は脇を歩くルールを知らんのか!」


 だけど、ルールを破る者を取り締まる役目の衛兵は、さすがに見逃してはくれなかった。

 巡回中だったんだろう、支給品の軽鎧を身につけ、槍を片手に先頭のジオの元に駆け寄ってくる二人の衛兵を、後列から進み出た黒マントの一人の若い男が推し留めた。


「なんだ貴様、任務を妨害するとどうなるのか分かっているのか!」


 当然、邪魔をされた衛兵達は怒り、捕縛目的だろうか、黒マントに向けて槍を突き出した。

 さすがのジオも立ち止まって成り行きを見守っていたけど、その時間は長くは続かなかった。


「おい!懐に手を入れるな!ゆっくり、ゆっくり出して――っ!?」


 背中越しなので見えないけど、どうやら黒マントがマントの中に手を突っ込んだらしい。

 威嚇するように槍を向ける衛兵だったけど、次の瞬間、顔色が真っ青になった。


「もう行ってもいいか?」


「「大変失礼いたしましたーーー!!」」


 ざざっ


 いったい、黒マントの下に何を見たのか。

 さっきまでとは打って変わって、直立不動の姿勢になった二人の衛兵が、ジオを挟む形で素早く左右に分かれて道を譲った。


「巡回を邪魔して悪いね。お役目ご苦労様」


「「ははっ!!」」


 気さくながらも威厳を感じさせる雰囲気のジオに直接声をかけられ、二人の衛兵が顔を真っ赤にしながら敬礼する。


 ――あ、よく見たら、つま先立ちで立ってる。もしバランスを崩して転んだらその場で自決しそうな勢いだけど、命は大事にしてほしい。


「……冒険者として暮らしてみると、衛兵ほど偉そうな職業はないと思っていたけれど、こういう一面を見ると、哀れなものね」


 そんなリーナの感想に頷きつつ、ちょっとばかり運が悪かった二人の衛兵に同情しながら、俺はジオの後を追いかけた。






 幸か不幸か、それから先は衛兵に出くわすこともなく、あっさりと代官がいるという政庁舎に辿り着いた。

 ジュートノルの政治の中心なので立地は一等地、近くには、最近縁があった冒険者ギルドや鐘楼が並んでいる。

 当然、昼間の政庁舎前は人通りが多いんだけど、玄関前に立った黒マントの一団に恐れをなしたのか、通行人は近くを歩こうとはしない。

 政庁舎の中の役人たちがこっちを気にし出した頃、ジオにロズと呼ばれていた黒マントのリーダー格が口を開いた。


「中のルートは我らで押さえます。若はそのまま、代官の執務室までまっすぐにお進みください」


「うん、よろしく」


 軽くもなく重くもなく、さも当然のように言ったジオ。

 その命令を聞いて畏まった黒マントの一団――その半分の六人が、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで政庁舎の中へと突入していた。


「さあ、行こうか」


 そう言って政庁舎に入っていくジオと、残りの黒マント達。

 その後ろ姿について行こうとした足が、俺の意志に反して止まった。


 ――いや、理由は分かっている。

 一生縁のない場所だと思っていた政庁舎にこんな形で入ることになるとはと、ちょっと戸惑っているんだ。

 そんなことを思いながら立ち止まっていると、


「なにボーっとしてるのよ、行くわよ」


 俺がついてきていないことに気づいたリーナが戻って来て、俺の手を強めに握って引っ張った。


「リーナ?」


 その時、俺を政庁舎の中へと連れて行こうとする手の熱さから、リーナの緊張に気づいた。

 ただし、政庁舎の立派さに気後れした俺とはちょっと違う、リーナの視線の先にいる黒マントの面々に対する、敬意と畏怖の入り混じった複雑なそれだということに。

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