第58話 ジオという男 下
「誤解しないでほしいのは、君との初対面は、本当にただの偶然だったってことさ、テイル」
行きとは打って変わった空気になってしまった、馬車の中。
ジオに話をさせるためにわざとゆっくり走っているんじゃないかと思うくらい、中身の濃い話は続く。
「あの時、ジョルクは僕の依頼とは関係のないところで動いていたし、テイルがソルジャーアント討伐の手助けになるという言にも、嘘偽りや欺瞞はなかった。もっとも、僕が散々テイルを連れ回している今は、さすがに薄々感づいているだろうけれどね」
「……確かに、普通の冒険者とは違う格好をしていたとは思うけど、なんでそこまで自信をもって、先史文明の遺産を、俺が身につけていると思ったんだ?」
ジオの言っていることは的を射てると思いつつも、慎重に言葉を選んで言う。
というより、慎重になるしかない。
やんごとなき家柄の出らしき男、ジオ。
ソルジャーアント撃退の指揮を執っていたり、今回もオーガの群れに対して自分から砦に入って前線に立ったりと、ただのお坊ちゃんではあり得ない、肝の座った一面も見せている。
さらには、今までの会話で、冗談半分で言っていたやんごとなき家柄というのが、別に冗談でも何でもなかったという、ある意味で本当になってほしくなかった展開を見せている。
だからこそ、ジオの正体と、真意がわからない。
今まで、俺の周りには、ターシャさんやダンさんやジョルクさんといった信じられる人と、ゴードンやレオンといった信じられない奴の、二種類しかいなかった。
……リーナのことは、今は置いておこう。
そこへやってきたのが、正体は分からない上に、雲をつかむような考え方をする、ジオだ。
悪い奴じゃないのは確かだ。
じゃなきゃ、ジュートノルを守るために、自分から危険な場所に行くことなんてないはずだ。
だけど、その一方で、オーガの群れを撃退するだけが目的じゃないとジオは言い、今こうして次の目的地であるジュートノルに、誘われるがままに向かっている。
少なくとも、ジオがジュートノルで何をしようとしているのか、俺の大事な人達が巻き込まれずに済むかどうか、この目で見極めるべきだ。
あの日――エンシェントノービスになった日のことを、ジオに話すかどうかは、それからでも遅くはないはずだ。
そんな考えが、顔と声に出てしまっていたんだろう、少しの間だけ不思議そうな眼をしたジオは、「ちょっと失敗したな」と独り言をつぶやいてから、俺に向かって言った。
「勘違いしないでほしいんだけれど、今までの話は僕の推測をただ述べただけだ。テイルには協力こそしてもらいたいけれど、別にテイルの力を利用しようとか、僕の意のままに操ろうとか、そんなつもりは全くない。ちなみにセレス、これまでの僕の話は、客観的に見てどんな印象を持った?」
「そうですね。端的に申し上げると、権力者が良く使う脅し文句そのものかと」
「だよね……。まあそれはそれとして」
容赦のないセレスさんの意見に落ち込んだジオだったけど、立ち直りの早さもまた、ジオらしかった。
「さすがにテイルだって、僕の話だけで信用してくれるわけはないだろう。そこで、僕の計画を一部改変して、ちょっとしたメリットを用意することにした。名付けて、『テイル=モーレッド再生計画』だ!」
「何の捻りもないわね」 「ジオ様、もう少し面白みのある名付け方を学ぶべきかと」
「う、うるさいな!どうせ非公式の計画なんだから、ありきたりなくらいがちょうどいいんだよ!」
今度はリーナも参戦した、女性陣からの酷評。
それでも、ジオの表情には自信が見えた。
「テイルを取り巻く問題は、主に三つだ。
1 実質的な主であるゴードンに握られている、テイルの戸籍
2 冒険者で無いにも関わらず、強力な力を持ってしまったが故の、ギルドとの潜在的敵対関係
3 テイルの親しい人達の今後
以上が、テイルを縛り付け、追い詰めている三つの鎖だ」
「テイル……」
移動中の馬車の中なのでさすがに立ち上がりはしなかったけど、俺の名前を呟いたリーナが、呆然とこっちを見てきた。
俺のことをある程度知っていたリーナでも、ここまで詳しくはなかったらしい。
逆に言うと、そこまで俺のことを調べ上げたジオの方が、常軌を逸しているんだけど。
「おや、なんだか褒められている気配がするな。だけど、その賛辞の心は、僕の調査依頼を十全に果たしてくれた、名もなき冒険者に捧げてもらいたいね」
……まさかとは思うけど――いや、考えるのはよそう。
万が一、その名もなき冒険者とやらが俺が唯一親しくしている人だったとしても、文句を言える筋合いじゃない。
彼は彼の仕事を果たしただけなんだろうし、俺の方から秘密にしてほしいとお願いしたわけでもないんだから。
「さて、ずいぶんと前置きが長くなってしまったけれど、本題だ」
長くなったのは前置きじゃなくてジオの趣味が混じった戯言だろう、というセリフを飲みこんで、続きを待つ。
「僕には、ジュートノルの全権を掌握する手立てとともに、テイルを取り巻く悪環境を全て取り去る用意がある」
「よ、用意って言われても……」
ジオが何をしようとしているのか、未だによくわからないけど、一つだけ頭に浮かんだことがあった。
といっても、俺のことじゃない。俺に降りかかっている問題の中で、今すぐにでもなんとかしないといけない――ターシャさんのことだ。
詳しくは聞かなかったし、もし聞いてもターシャさんは教えてくれなかっただろうけど、近い内に代官に愛人として囲われるとだけ言っていた。
もうどうしようもないことと、半ば無理やり忘れるように自分に言い聞かせていたけど、ジオの言葉で希望が出てきてしまった。
だけど、結局のところ、問題は――
「今からターシャという娘のことを何とかしようとしても間に合わない。テイルが心配しているのは、そんなところかな?」
見透かしたようなジオの言葉に、頷く他に方法が見つからない。
愛人になった後で救い出しても意味がない。
代官だか何だか知らないけど、ターシャさんの笑顔が曇るようなことがあった後じゃ、手遅れだ。
「今から準備をしたとしても、ターシャさんが代官の元に行くのは今日かもしれない、いや、ひょっとしたら、もう手遅れかもしれない」
「今から?おいおいテイル、見くびってもらっちゃあ困るな。僕のことを、そんなに愚鈍な男だと思っていたのかい?」
――すでに仕込みは済んでるよ。
まるで、泊り客に出す料理の段取りを終えて満足顔のダンさんとダブるような、ジオの表情と言葉だった。
「ソルジャーアント討伐の直後から、僕の手の者を密かに潜入させて、ジュートノル掌握に必要な情報や証拠は揃えさせてある。今頃は、訓練の途次と偽った僕の護衛部隊も到着しているだろうから、あとは僕達がジュートノルに戻るだけだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。心の準備が――」
「重ねて言っておくよ。今回の僕の計画において、テイルとその周囲の人間の問題を解決するのは飽くまでついで――僕が一言二言添えるだけで解決してしまうような、ほんの些事だ。だから、テイルに対して説明の必要は感じても、行動の是非について相談するつもりは毛頭ない。僕が勝手にテイルの身の回りの環境を改善する。その後は自由にやってくれ。そのまま自由の身になるのも、元の先の見えない暮らしに甘んじるのも、思うがままにするといい。まあ、後者はあまりお勧めできないけれどね」
ブヒヒン
その時、これまで静かに走っていた馬が突然嘶き、一定の速度を保っていた馬車がゆっくりと停止した。
外の雑踏を聞く限り、いつの間にかにジュートノルに到着していたようだ。
「さあ、見物客のほとんどいない、茶番劇を開始しようか。副題は、テイルの人生逆転譚。ちなみに、モデルとなった人物には、もれなく僕の横という特等席で全演目を見物できるんだけど、どうする?もちろん、家に戻って大人しく待っていてくれても構わない。まあ、後者はあまりお勧めできないけれどね」
まるで判を押したような、長口上の後の締めの殺し文句を告げたジオ。
その誘惑に抗うことは、一度希望を見せつけられてしまった俺には、到底できそうもなかった。
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