第57話 ジオという男 上


「ジオ様!!確かに無事に目覚めて、全身を覆っていた小さな傷も綺麗さっぱり治癒されてはいるけれど、テイルの疲れがまだまだ抜けきっていないのは間違いないことなのよ!その病み上がりのテイルをいきなり連れ出すなんて……!!」


「わかったわかった。わかったからこそ、こうして君も同乗させているんじゃあないか、リーナ――さて、どこから話したものだろうね。……そうだな、やんごとなき家柄で容姿端麗、才気に溢れた美青年の僕が、やんごとなき家柄で容姿端麗、才気に溢れた美少年時代の頃のことから聞かせるのが、テイルに理解させる一番の近道かもしれないね」


 リーナに説教されつつも一向に反省した様子が無いどころか、もうすでに突っ込みどころ満載の話を始めたジオに俺が辟易しているのは、行きに利用させてもらった馬車の中だ。

 

 もちろん、俺、ジオ、セレスさん、リーナの四人の顔ぶれに変わりはない。

 ジオが一方的に話すのも、それを俺を含めた三人が聞き役に徹するのも同じ。

 四人の表情までほとんど同じというんだから、奇遇だな、と笑いの一つでも起きてしかるべきなんだろう。


 だけど、笑うに笑えない。


 なにしろ、行きの馬車では、詳細こそ明かされていなかったけど、何かの異常事態がジュートノルを襲おうとしていると予想しての(それがオーガの群れの襲来とは完全に予想外だったけど)緊張感が、馬車の中を支配していた。

 

 だけど今は、見事オーガの群れの脅威からジュートノルを守り切り、勝ち戦の凱旋ともいえる状況だ。

 まだ何も事情を聞かされていなくて、頭の中で不安が渦巻いている俺と違って、すでにジオから何かしらの話が通っているらしいリーナとセレスさんの二人がやけに静かなのが、かえって不気味に思える。


「まあ、才気に溢れているといっても、僕のそれは荒事には向かなくてね、同年代の子供よりも文字の読み書きのマスターが少々早かった、という類いのものだ。そんなわけで、同年代よりも一足先に最低限の教養を身につけた僕は、本を積み上げた自室に籠る子供時代を過ごした」


 そう、流ちょうに話すジオだけど、こいつの話は決して鵜呑みにしてはならないと、俺はすでに学習している。

 そこで、行きの馬車のように、ジオの護衛役として付き合いが長いらしいセレスさんに視線を移すと、ほんのわずかにため息をついてから、「私はジオ様がある程度成長なされてから護衛の任に就いたので、人づてではありますが」と口を開いてくれた。


「確かに、最終的にはそのようなお暮らしになったことは事実ですが、過程が異なります」


「過程が異なるっていうよりも、キャラが異なっているのよ。ジオの言い分とはね」


 セレスさんの言葉に、ジオとは幼馴染だというリーナが付け足す。

 そのリーナに一礼してから、セレスさんは続けた。


「ジオ様が学業において抜きんでた成績を収められたのは事実ですが、御学友の間違いを事細かにしつこく指摘し続け、これを諫めようとした教師陣に食って掛かり、果てにはジオ様を目の敵にしていた王国史の教師の解釈の齟齬を徹底的に暴いて論破して辞職に追い込んだことで、喧嘩両成敗という形で卒業相当資格授与という口実の下に、貴族院を退学させられたのです」


「まあ、そうとも言うね」


「いや、全然違うだろ」


 なにか、聞いてはいけない名前を聞いた気がしたけど、無視してジオに突っ込む。

 そして予想通り、当のジオは特に気にした様子もなく話を続けた。


「そういうわけで、僕の子供時代は毎日が余暇のようなものでね、せっかくなので、何か一つのことを極めてみようと思って、教会に入った」


「実際は、御学友との関係悪化を憂いたジオ様の御父君が、世俗からの切り離しと道徳心の習得を目的に、周囲の反対を押し切って出家させたのだと、伺っています」


「あら、私が聞いた噂じゃ、ある意味で優秀な成績で卒業したジオを、一部の親戚が次期当主に祭り上げようとしているのを察知して、先手を打つために出家させたって話だけれど?」


「ま、まあ、過ぎたことは、今はどうでもいいじゃないか。それよりも、僕が教会に入ってやろうとしたことだよ。僕はね、歴史を極めようと思ったんだ」


「歴史?」


「僕の専門は、人族を関係する種族を中心とした文明史と言ったところだね。そういう意味で出家は、まさに渡りに船だったよ。王都の中央教会の禁書庫にも入れたから、普通に暮らしていたのでは知りようのない知識も学び放題だった。その前後に出会ったのが、僕の護衛として常に付き従ってくれたセレスや、当時教会に出向していたアレックス、そして、ちょっとセレスには頼みにくい依頼を引き受けてくれているジョルクだよ」


「……交友関係を聞く限り、お世辞にも敬虔な信者だったとは思えないけどな」


「あなたの言う通りです、テイル。ジオ様の性格は、四神教の威光をもってしても治らなかった」


「そう言うセレスは、僕の護衛になってから、ずいぶんと感情が豊かになったけれどね。出会った頃のセレスといったら、まるで人形のように表情が動かなくて、あれじゃあ嫁の貰い手も婿の来手も――」


「ジオ様。それ以上口が滑ると、私の手も滑って剣を抜き、ジオ様に斬りつけてしまいそうです。大丈夫です、顔は狙いませんので」


「そうそう!歴史の話だったね!――こほん、そんなわけで、少年期の僕は、ひたすら文明史を研究することに青春を費やした。同年代の友達はできなかったけれど、その代わりに、信頼できる年上の友人は何人もできた。実家にいた頃と違って、常識や生活力も幾分か身に付いた。そんな時だ、三千年前に滅びたという、先史文明を記したある書物に出会ったのは」


「先史、文明?」


 三千年前。


 その、ジオが何気なく言った単語の方にこそ、俺の鼓動は跳ね上がった。

 それを誤魔化すために、わざともう一つの言葉を口にしたのだけど、はたしてその程度のはったりでジオの目を欺けたのか、自信はない。


「先史文明がなぜ滅びたのか、その理由は未だに分かっていない。研究する者が少ないせいもあるのだけれど、そもそも遺跡などの証拠が、人族の中にほとんど残っていないのが、一番の原因だ。そんな中で、ちょっと教会本部の司教の不祥事を見逃す代わりに閲覧させてもらった、四神教創立時に書かれたという聖書裏外典の中に、こういう一節があった」


『人族が己の犯した罪を忘れ、超えてはならぬ範を越えた時、再び災厄は訪れる』


「裏外典の示す『災厄』がどういうものか、それからも調べ続けたけど、結局は分からなかった。だけど、謎を解くカギがなかったわけじゃない。先史文明が滅んだ原因が『災厄』にあるのなら、先史文明の遺跡を探せばいい」


「遺跡って……。それが見つからないから、謎なんじゃないのか?」


「いいや。いくらなんでも、広大な国土を持つアドナイ王国の中で、先史文明のそれらしい遺跡が一つもないというのはありえない。だったら、もしかしたら通常の探し方では見つからない遺跡が存在する可能性に、僕は賭けた。いやあ、あの頃は、セレスには本当に苦労を掛けたよ」


「……」


 ジオのねぎらいにも、護衛中のセレスさんは相変わらず言葉を返さない。


 ……いや、ちょっと頬がピクピクしているから、言いたいことが何もないってわけでもなさそうだ。


「そんな感じでセレスやアレックス、ジョルクに散々頼みごとをした結果、一つの手がかりを得た。それが、このジュートノル近辺に先史文明の遺産――機能を停止した遺跡ではなく、手つかずの何らかの力が眠っているんじゃないかという情報だった。僕は父上に一方的に還俗を宣言し、ジュートノルに飛んだ。そして出会った。『災厄』の前兆かもしれないソルジャーアントの襲撃と、それを撃退する謎の力を持つ青年と」


 それがテイル、君だ。


言葉は淡々と、だけど瞳は輝かせて、ジオは言った。


まるで、俺の中に救いを求めるように。

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