第55話 ギガライゼーション
ガアアアアアアン!!
ズウンッ――
ジェネラルオーガの持つ鈍色の大剣と、パワースタイル移行によって巨大化した俺の黒の大剣が交差する。
武器の性能は互角――少なくとも、どちらの得物も折れる心配は今のところ無さそうだ。
互角じゃないのは、彼我の力。
こうして剣を交える前から分かっていたことではあったけど、筋力でも体格でも、圧倒的にジェネラルオーガの方が上だ。
普通なら、剣を打ち合わせた瞬間に、この体が肉塊になっていてもおかしくない。だというのに、なんで俺はこうしてジェネラルオーガと対峙していられるのか。
――いや違う。剣越しにジェネラルオーガの力を感じた瞬間は、本当にもう駄目だと思った。
それがここまで持ち直しているのは、意識が飛びそうになる寸前に、あの男とも女ともつかない謎の声が聞こえて、急速に衝撃が和らいだからで――
『使用者の負担軽減のため緊急補正を継続。敵性個体の評価を上方修正するとともに補正率を400%に上昇』
ぐぐっ
「ぬ?」
謎の声と共に、上からかかっていた鈍色の圧力が、さらに減る。
それと同時に、ナルセルさんとの会話以降、雄たけび以外の言葉を発していないジェネラルオーガの口から理性的な呟きが漏れた。
「貴様、一体何者だ?先ほどといい、数だけが取り柄の人族ごときに耐えられる威力ではないはずだが」
「な、何者でもないさ。強いて言うなら、ただのノービスだ……!!」
実際は、自分のことをもう、ただのノービスとはこれっぽっちも思ってはいないけど、弱者の根性が沁みついてしまっているんだろうか、つい勢いで答えてしまった。
嘲りの眼で見られるか、それとも疑いの眼差しを向けられるか。
だけど、剣と共に俺と視線を交わすジェネラルオーガの目は、真剣そのものだった。
「ノービスだと?――この力、その装備、まさか貴様は……」
ッ――ガギイイィン!! ズウゥゥン
上からかかっていた圧力が緩んだかと思った瞬間、魔物とは思えない技の巧みさで俺の剣を弾き飛ばしたジェネラルオーガは、その反動を借りて一気に飛び退り、距離を取ってきた。
「貴様が本物かどうか、確かめるにはこれしかあるまい。見事受け切って見せろ。受け切れなければ、背負っているものごとお前の命が消えるだけだ」
「っ!?」
右肩に担ぐような大きな構えは、さっきと同じ。
だけど、彼我の距離の短さと、俺一人だけに向ける濃密な殺気は、比べ物にならない。
『敵性個体の武技スキルの予兆を確認。計測される気力量から使用者の基礎耐久力を突破される可能性96%。こちらも武技スキルの使用を強く推奨します』
またも聞こえてきた謎の声。
言葉自体は長かったけど、伝わったのはほんの一瞬という不思議な感覚に未だに慣れないながらも、意味だけははっきりと分かった。
――武技スキル。
戦士やスカウトなどの前衛ジョブに許された、近接戦闘用スキル。
その単語を聞くと頭が痛い。
武技スキル自体は、冒険者学校での必修項目だったので当然一通り学んではいるけど、はっきり言って俺のそれは一番成績が低かった。全体の足を引っ張っていた。
あまりに才能がなかったという要因の他に、弱い魔物を狩るためだけに冒険者学校に入った俺自身が、武技スキルを使う予定はないと決め打ちして、あんまりやる気を出さなかったせいもある。
そう言う意味で、ジェネラルオーガに距離を取られたのは痛い。
俺をアシストしてくれる謎の声の言う通りなら、どうやらジェネラルオーガはさっきと同じ、遠距離攻撃が可能な武技スキルを使うつもりらしい。
対する俺の遠距離攻撃といえば「投石」だけど、ナルセルさん達騎馬隊を飲みこんだあの威力以上の一撃を迎え撃つとなると、明らかにパワー不足だ。
そもそも、投石ごときの威力で、ジェネラルオーガみたいな強敵に立ち向かえるはずがない。
『シュートスタイル移行には条件が不足しています』
……今の謎の声は無視しよう。
どの道、条件が不足しているというのなら、選択肢に入るはずもないし。
とにかく、武技スキルだ。
厳密に言えば、冒険者学校時代に教わって、今でも使える自信のある武技スキルは、基本中の基本の技が一つだけある。
だけど、ジェネラルオーガが放ったような遠距離技じゃないし、そもそも冒険者学校時代には威力と呼べるほどの代物でもなかった。
要は、実戦では普通に斬った方が早いと言われるほど役に立たない、練習用の技だった。
「行くぞ、人族の戦士よ!!」
――それでも、他に選択肢はない。
あまりに覚えが悪すぎて、レオン達元同期だけじゃなく武技スキルの指導を担当したマッチョ教官からも呆れられた、あの時の動きをひたすらなぞる。
視線はまっすぐ、黒の大剣は両手で保持、左足を半歩前に出す。
剣の構えの基礎にして究極をも内包する――いわゆる中段の構えだ。
そうして目の前の敵を見据えたその時――
「『メガロングスラッシュ』!!」
さっきよりも範囲は狭いけど鋭く強い白い光――ジェネラルオーガの必殺の振り下ろしが彼我の間合いを一瞬で消滅させた。
「『スラッシュ』!!」
それに対して俺が放ったのは、前衛ジョブなら誰もが知る、だけど実戦ではまず使うことのない未熟者の証の武技スキル。
スキルの証の青い光も剣身に薄く宿る程度の弱々しさで、やっぱり選択を間違えたかと思いつつも今更途中でやめるわけにもいかず、ただただ無心で黒の大剣をまっすぐに振り下ろした。
カッ
ぶつかり合う青と白の光。だけどその勢いは比べるまでもない。
再び視界を奪ったジェネラルオーガの光は、スラッシュの光を俺の体ごと飲みこもうとしている。
『使用者の気力限界突破を確認、ギガライゼーション第一展開』
「ぬうっ――!!」
だけど、弱々しいはずの、俺のスラッシュの光が消えない。
それどころか、圧倒的に威力で勝るはずのジェネラルオーガの斬撃の光を斬り割る手ごたえを感じた瞬間、白の光を中から食い破った黒の大剣が巨大化、天を衝くほどの高さからの振り下ろしの一撃は、届くはずのないジェネラルオーガとの間合いを消失させ、その巨大な筋肉の塊を斬り割らんと襲い掛かった。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
――永遠とも刹那ともつかない黒の大剣の振り下ろし。
その終わりを告げたのは、またしても俺だけに聞こえるらしいあの謎の声だった。
『使用者の気力の枯渇を確認。ギガライゼーション第一展開終了します』
ガアァン
気力の枯渇とやらで握力を失った俺の手が黒の大剣を取り落とし、地面にぶつかって重い金属音を響かせる。
そう、謎の声に指摘されるまでもなく、この一撃に全てを賭けていた俺は、全力を出し尽くしていた。
――倒れてろ、倒れてろよ……!!
これで駄目ならもう悔いはない――わけはなく、ひたすらジェネラルオーガの負傷(殺したと思えるほど傲慢じゃない)を願って、黒の大剣が巻き起こした土煙の向こうを凝視する。
だけど――
「見事……!!」
その、天を震わすような大声と共に現れたのは、左肩を赤い血に染めただけの、両の足でしっかりと大地を踏みしめた、ジェネラルオーガの堂々たる姿だった。
そして、肉を斬るだけで終わった肩の傷も、ジェネラルオーガの驚異的な回復力であっという間に塞がってしまった。
まさに絶体絶命の危機。
だけど、ジェネラルオーガは俺に向かってくる気配を見せないどころか、なぜか満足そうな表情に見えた。
「まさか、本当に古代の戦士が復活していたとはな」
そのジェネラルオーガの呟くような言葉が耳に入ったのは、たまたま俺が聴覚を強化していたからであって、決して誰かに聞かせようと思って口にしたんじゃないんだろう。
だけど、次に聞こえてきたジェネラルオーガのセリフは、どうあっても聞き逃せなかった。
「全軍撤退!!我らが国に戻るぞ!!」
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