第54話 対峙
「けほっ、けほっ……ああテイル、それが君の新しい力か」
リーナ同様、どうやら無事だったらしいジオの声で改めて、変化した自分の姿に気づく。
まず驚いたのは、全身を守っていたライトアーマーが全て取り払われていたこと。
その代わりに、両腕と両足には漆黒のゴツイ防具が装備されている――特に左手のガントレットは、まるで熊の腕のように分厚い装甲になっている。
そしてなにより。
このパワースタイルの代名詞と言えそうなのが、今俺がこの手に持っている黒の剣だ。
といっても、さっきまで持っていたショートソードとは、比べ物にならない質量になっている。
――例えるなら、長く分厚い鉄の板。
まるでとってつけたように、柄に刃が付属しているだけな感じで、ぱっと見は武器と思わない人もいるだろう。
それでも、この大剣の中に秘められた力は、ジェネラルオーガの凄絶な一撃を受け切った事実からも明らかだ。
そう思いながら、これだけの質量なのにまるで重さを感じない黒の大剣に見惚れていると、
「新しい力を得て嬉しいところを悪いんだけど、テイル、ちょっと力を貸してくれないかな」
ジオの声に後ろを振り向いてみると、いくつかひび割れが生じつつもいまだ健在の城壁の上で、リーナに肩を貸してもらってようやく立っている、血だらけのアレックスさんの姿がそこにあった。
「虎の子の治癒術士は全て砦の中にいるんだけれど、アレックスの出血量じゃ、今から助けを呼んでも間に合わない。せめて、テイルの治癒術で止血だけでもしてもらえるかい?」
ジオの言う通り、アレックスさんは致命傷といってもおかしくないほどに、全身から血を流している。
とくに酷いのが、リーナが肩を貸していない方の右腕――半分千切れかかっている様子から見ても、剣を振ることは二度とできないだろう。
「わ、若、私のことよりも、下の怪我人の治療を……」
「バカを言うんじゃない。兵の命も大事だが、軍が将を失えばもっと多くの犠牲が出る。せめて命だけでも繋いで――」
『ファーストエイド』
パアアアアアアアア
言葉を交わしている余裕はないと思って、問答無用でアレックスさんに初級治癒魔法をかける――かけた瞬間、そう言えば治癒魔法を使うのはあの時以来だなと、ふと思い出した。
「こ、これは……!?」
「全身の傷が、塞がっていく!?」
ジオとリーナの言う通り、治癒の光に包まれたアレックスさんの体の傷は、透明な糸で高速で縫われたように一斉に閉じて行き、消滅した
――もう駄目かと思った右腕すら元に戻っているから、治癒した俺自身が一番驚いているんだけど。
あとに残ったのは、全身に血痕を残して気絶しながらも、規則正しい呼吸を繰り返すアレックスさんの姿だけだった。
「一気に治癒された後遺症とでも言うべきかな。ものすごく体力と気力を消耗しているから、しばらくは目覚めないだろう」
「テ、テイル、あなたはどこまで……」
「おっとリーナ、その先は無しだ。人任せにするのは少々心苦しいけれど、テイルにはすぐにでも下に降りてもらわないといけないようだ」
アレックスさんの無事が分かった途端、あっさりと意識を切り替えてそう言ったジオの視線は、下へ――眼下に広がる混成部隊の惨状に向いていた。
「っ……!!」
あらかじめ段取りされていたんだろう、砦に残っていたはずの治癒術士が戦場に出て、ジェネラルオーガの一撃で怪我を負った人達の治療に当たっていた。
「道すがらだけでいい。テイルの目についた怪我人を、戦闘に支障がない程度に治癒してやってはくれないか?」
そのジオの言葉を聞いて、俺の眼は、ある範囲に釘付けになる。
俺達とジェネラルオーガを結ぶ直線上――さっきまでナルセルさん達騎馬隊が駆けていた場所で、今は黒焦げの何かしか残っていない場所。
「……俺が治癒できるのは、生きている人だけですよ」
「重々承知だとも。蘇生魔法なんて、最上級の治癒術士にしか許されていない奇跡の御業だし、そもそもあれだって遺体がある程度の状態を保っていないと成功しない。犠牲者達には、哀悼の意を捧げるしかない」
「そうか。じゃあ、行くよ」
「ああ。すまないね」
ヒュ スタッ
「ちょ、ちょっと待って!!勝手に話を進めないで……!!」
ジオの意図を理解した俺は、短く挨拶を済ませ、右手に持った黒の大剣を肩に担いだ形で、城壁を飛び降りる。
今の俺ならケガもしないだろうと、特に恐怖心もなく虚空へ身を乗り出し、思った以上に音を立てずに着地できたところに、頭上からリーナの声が追いかけてきた。
「テイル、一体何をしようとしているの!?」
「何って、怪我人の治療だけど」
「そんなことは分かってる!その後で、何をしようとしているのかと聞いているのよ!!」
「もちろん、テイルにはジェネラルオーガと戦ってもらうつもりさ」
リーナが俺に向けて放った言葉を、横から掻っ攫う形で拾ったのは、ジオだった。
「なんで!?テイルを戦わせるつもりはないって言ったのは貴方よ!?」
「理由なんて、もうそれしか方法が無いからに決まっているじゃないか」
「それなら私が――っ!?」
「それはさせられないな、リーナ。僕の目の前で君を死なせては、御父君に申し訳が立たない」
ジオがその言葉を発する直前、今にも戦場に降りようとしていたリーナの両腕が、ジオの無言の命に従っていつの間にかに彼女の背後に回っていた騎士二人にガッチリと拘束されていた。
「乾坤一擲――時間稼ぎの防衛戦では能わないと判断して放った雷の陣は、ジェネラルオーガによってものの見事に粉砕された。前線指揮官は騎馬隊と共に戦死し、部隊長のアレックスも戦線離脱している始末だ。残存戦力を砦に撤退させて部隊を立て直すには、時間稼ぎをしてくれる戦力が必要なのさ」
「それなら、衛兵隊や冒険者が――」
「無理だ。見て御覧よリーナ、友や仲間を顧みる余裕すらなく、てんでバラバラに砦へ逃げ込もうとする哀れな冒険者達の姿を」
ジオの指さす先には、ジェネラルオーガの一撃によって、否が応にも士気が上がったオーガの群れの猛攻に対して、なんとか前線を支えようとする衛兵隊の姿が。
それをよそに、次々と自分勝手に持ち場を離れる冒険者達の逃げる光景が見えていた。
多分だけど、騎馬隊の前にやられた八人の冒険者達の無残な最期を見た時点で、彼らの心は折れていたのかもしれない。
「あんな冒険者達でも、命さえ残っていれば、まだ使い道はある。とにかく時間だ。彼らを撤退させるわずかな時間を、あのジェネラルオーガは許さない」
ズン ズン ズン
ジオの言葉が引き金になったわけではないんだろうけど、突然始まった戦場に木霊する地響き。
その発生源はもちろん、この戦場で最も重くて大きな存在――ジェネラルオーガだ。
「奴が前線のオーガの群れに到達すれば、それだけで衛兵隊は恐慌状態に陥り、瓦解する。その前に、テイルにはジェネラルオーガを死なない程度に足止めしてもらう」
「そんなことできるわけが……!!」
「できるかできないか、じゃあない、やってもらうしかないんだ。じゃあ頼んだよ、テイル」
「まあ、死なない程度にな」
ジオにそう返しつつ、前を向いて歩き出す。
とはいえ、ジェネラルオーガと対峙するに当たって、二つほど問題があると気づいた。
一つは、このパワースタイルとやらになってからの、俺の精神状態だ。
さっきまで、この距離でも逃げ出したくなるほどの威圧感があったジェネラルオーガに自分から向かって行っている、この妙に落ち着いている気持ちの原因が分からなくて、心の中で密かに怖くなっているんだけど――
『パワースタイルには、強敵との戦いにおいて過度な恐怖心を抑える常時発動型スキルが付随しています』
黒の装備に宿っているらしい謎の声が、答えを教えてくれた。
『ウォークライ』
自然と頭に浮かんだこの名前が、自動スキルの正体らしい。
要は、強敵との戦いにおいて、自分の精神を常に高揚状態に持っていけるスキルのようだけど、今は問題の片方が解決した、くらいの心づもりでいいだろう。
むしろ問題は……。
そう思いながら、多少の怪我を覚悟して、俺とジェネラルオーガの間――戦場にぽっかりと開いた空白地帯を、人族の側からオーガの群れの側へと足を踏み入れる。
だけど、予想していたオーガの群れからの一斉攻撃はなかった。
ウウウ――
よく見ると、俺の近くにいるオーガ達は、その全てが俺から故意に目を逸らしているように見える。
その原因はすぐに直感した――その他のオーガを全て合わせても敵わないほどの強烈な敵意を持ったジェネラルオーガの視線が、俺の体を刺し貫いていたからだ。
つまり、自分達のボスの獲物には、絶対に手は出さないってことか。
『この役立たずが!!』
こんな命がけの戦いの直前だっていうのに、数えきれないほどゴードンに言われた侮蔑の言葉を思い出す。
実際、ターシャさん一人も救えない俺が、勇猛果敢な騎士団の騎馬隊すら軽く全滅させるジェネラルオーガに、たった一人で立ち向かうのは、どうかしているとしか思えない。
だけど、俺の後ろにはリーナがいるし、もっと言えばジュートノルには、ダンさんやジョルクさん、ターシャさんがいる。
この砦が落ちればジュートノルが危ないというジオの言葉は、俺にだってわかる。
それなら、ここから後ろには絶対に下がれない。
もう二度と置いて行かれたくないのなら、前に踏み出すしかない……!!
ガアアアッ!!
そんな思いを胸の中で覚悟へと変えながら、目の前で鈍色の得物を俺目掛けて振り下ろすジェネラルオーガに合わせて、黒の大剣を振りかぶった。
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