第53話 ジェネラルオーガ 


「アレックス、雷の陣だ。急げ」


「若?」


「早くしろ。このまま下に任せていては、主力を失うぞ」


「は、はっ!!」


 戦いには口出ししない。


 そう言っていたはずのジオの短くも鋭い言葉で、アレックスさんがそばに控えていた騎士に何事かを告げると、城壁の上から大きな黄色い旗が振られた。

 すると、今まで戦いを有利に進めていたはずの混成部隊が、一斉に陣地の後方に下がり始めた。


 ――いや、違う。


「馬鹿者が!!」


 アレックスさんの命令を無視した冒険者の一団が、退却する混成部隊をよそにその場に残り、雄たけびを上げ終えたジェネラルオーガに向けて進み始めたのだ。


「アレックス」


「わかっております」


 ただ名前を呼んだジオに短く答えたアレックスさんは、黄色い旗を増やさせて、さらに後退を促した。

 最初は冒険者達の前進を見て足が鈍っていた攻撃部隊も、城壁の上に見える旗を見て、後退のスピードが元に戻った。


「まったく。これだから、金に釣られる冒険者は始末に負えない」


「申し訳ありません。冒険者ギルドには、協調性のない者は弾くように念を押しておいたのですが」


「いいよアレックス。それは本来騎士団の仕事じゃないし、責任を追及すべきはギルドと、交渉に赴いた文官だ。アレックスはよくやっている」


 そう言って、アレックスさんをねぎらうジオ。

 その間も、視線は命令違反を犯した冒険者達に向けられている。


「損害は決して小さくはないけれど、ジェネラルオーガの力を見られるチャンスだと割り切るしかない。愚かな行動であることは変わらないにしても、どうやら傲慢になる程度の実力はあるようだからね」


 ジオの言葉の通り、恐ろしい力を持つオーガの攻撃を、まるで細い路地を通り抜けるような気安さで、スイスイと進んでいく戦士系の冒険者達、その数八人。

 確かに、あれだけの実力が混成部隊から抜けてしまったと思うと、ジオの「小さくない損害」という表現も頷ける。


「さて、ジェネラルオーガの回復力だけでも見られれば、御の字だけれど」


 それくらいはできるだろうというジオの言葉と、それに頷くアレックスさん。

 誰もがジェネラルオーガとの壮絶な戦いを予想して、冒険者達の方へ視線を集中させた。


 ――その中で、視界を強化して視野が広がっていた俺だけが、多分見えていたんだと思う。


 冒険者達を迎え撃つために、近くにいた部下から鈍く光る細長い何かを受け取ったジェネラルオーガが、大地を踏みしめ、構えを取るところを。


 グシャグシャグシャ


 実際にはそんなことはありえないけど、冒険者達の骨という骨を叩き潰し、血と肉を爆ぜさせる音が、ここまで聞こえた気がした。


「くっ……」 「なっ――!?」


 わずかの間に咲いた紅い華は、全部で五つ。


 三つは戦闘を並走して走っていた者達。

 後の二つは、時間差でジェネラルオーガに襲い掛かろうと接触直前で飛び上がった者達。


 五人の冒険者は、目にも留まらぬ速さで己の得物を操ったジェネラルオーガの、ただ二振りの攻撃で、命を刈り取られた。


 ギャ、ギャアアアアアアア  ヒイイイイイイイイイイイイアアアアアア!!


 残ったのは、三人。

 一瞬で仲間の身に起こった惨劇に、もはや戦意の欠片もないことは、あの悲鳴を聞けばこの距離からもわかる。

 なりふり構わずにジェネラルオーガに背を向けて逃げ出そうとするけど、その動きすら遅かった。


 六つ目の紅い華は、走り出そうとするところをジェネラルオーガの左手に掴まれ、そのまま握りつぶされて、咲いた。


 七つ目は、運悪く他のオーガが密集しているところに入り込んだことで、筋肉の壁の隙間からわずかに赤い飛沫が漏れ出るのが見えた。


 最後、八つ目の華は、二人の尊い犠牲が囮となり、鬼の将軍の間合いから逃れ出たところで、ジェネラルオーガが部下から奪い取り、力任せに投げた棍棒が上半身に飛来し、下半身を残す形で、咲いた。


「アレックス!!雷の陣はまだなのか!!」


「は、は!もう行けます!!」


 城壁の下と上に関わらず誰もが呆然とする中、いち早く精神を立て直したジオがアレックスさんに命令を飛ばし、慌ただしくも砦の門が開かれる。

 出てきたのは、二十ほどの騎馬隊。

 まさに騎士の代名詞と言える、馬鎧をつけた軍馬に跨る、フルプレートに馬上槍と盾を装備した騎士達がさっそうと陣地の中央を駆ける勇壮な光景に、敵を目の前にしているのに思わず目と心を奪われる。


「行くぞ!雷の陣!!」


 勇敢なる騎馬隊の先頭を行くのは、指揮のためにすでに騎乗していたナルセルさん。

 ナルセルさんはジオからもらった腰の剣をスラリと抜くと、戦場に響き渡るほどの大声で叫ぶ。

 すると、オーガの群れに今にも接触する騎馬隊の一団が、黄色い光を放ち始めた。


「『雷の陣』。複数の騎士が人馬ともに一体となり、体力と魔力の全てを燃やし尽くすことで、騎馬隊に強力な加護を与えることができる、騎士の複合固有スキルさ」


 その、強力な加護とはどれほどのものなのか、俺の疑問はすぐに解決した。


 ドドドドドドオオオオオオ!!


「進めええええええ!!」


 まるでナルセルさんの声が道を開くかのように、立ちふさがっていたオーガ達を次々と弾き飛ばし始めたのだ。


「雷の陣は、参加する騎士の数が多いほど加護が強力になり、オーガのような体格差の相手とも互角に渡り合えるようになるが、その効果時間はほんのわずか。事実上、敵本陣までの片道しか持たず、別名『決死の陣』とも言われている」


「そんな!!じゃあナルセルさん達は……」


「いえ。敵の首魁のジェネラルオーガさえ倒してしまえば、残されたオーガたちは戦意を失って、自分達の領域に戻るはずよ。今回に限って言えば、片道で構わないのよ」


 アレックスさんやリーナの説明が聞こえている間にも、ナルセルさん達騎馬隊はオーガの群れを蹴散らしていく。

 さすがに、騎乗してもなお騎士達より背の高いオーガを退けるのは簡単なことじゃないように見えるけど、それでも確実にジェネラルオーガの元へ近づいている。


 そして、騎馬隊がオーガの群れの半ばまで進んだかと思ったところで、急にその速度が増した。


「オーガ達が、逃げていく?」 


「馬鹿な、ジェネラルオーガの命令もなしに奴らが敵に背を見せるはずが……」


 ――のなら、そう言う命令が出てるんじゃないのか?


 アレックスさんの言葉で気づいた時には、もう手遅れだった。


「すみませんアレックスさん!!」


「な、なにをする!?」 「テイル!?」 「っ――前だ!!」


 そう、ついさっき見逃して後悔したばかりだったのに、またも視界から奴を外しかけていた。


 奴――ジェネラルオーガが己の得物を右肩に担ぐように大きく構え、指揮下にあるオーガの群れは鬼の将軍の前からいなくなり、あとに残ったのは、ナルセルさん達騎馬隊と人族の混成部隊、そして俺達のいる砦。


 嫌な予感なんてものじゃない。遠く離れた距離にいるはずのジェネラルオーガの殺気が、現実よりも一足先にここまで達していた。


『ロングスラッシュ』


 重々しいジェネラルオーガのその声が聞こえた気がした瞬間、俺は腰のショートソードを引き抜き、左手を剣身に添えながら正面に掲げ――


 白い光と共にとてつもない衝撃が全身に走ったのは、次の瞬間だった。


「ぐああああああああああああ!!」


「テイル!!」


 光に視界を塗りつぶされている上に衝撃に耐えることで精いっぱいで全く余裕が無いけど、背後からのリーナの声で、彼女だけは無事だとわかる。


 すでに身体能力強化は全開。俺が自分で作ったレンガだからか、足場だけは心配ないようだけど、残念ながら、衝撃を受け終わるまで俺の体が持ちそうにない。


 それでも逃げることだけはできないと、残ったすべての力を振り絞った――その時だった。


『使用者の筋力の限界を感知しました。ギガンティックシリーズ、パワースタイルに移行します』


 相変わらず機械的な声が耳元で響いた直後、今にも体を吹き飛ばしそうなほどの衝撃がふっと軽くなった。


「これなら――!!」


 そう自分に言い聞かせた俺は、衝撃を抑え込むだけで精いっぱいだったショートソードの柄を握り直し、力任せに片手殴りで振り払った。


 パッアアアアアアアアンンン――!!


 濡れたタオルで空気を叩いたような爽快な音が木霊し、白い光も霧散する。


「テイル、あなたは……」


 リーナの無事な声も聞けて、ほんのわずかに気が抜ける。


 だけど、視界が戻った俺が最初に見たものは、あのダンジョンの時とは一味違う、ジェネラルオーガによって蹂躙された、地獄のような光景だった。

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