第52話 オーガ襲来 下


 まず、最初に仕掛けたのはオーガの群れ百体。


 でも、仕掛けたというよりは、


「単純な突撃が果たしてオーガの戦術と言える代物なのか、怪しいところだけれど、まあ一番使い勝手がいいよね。なにしろ、彼らはオーガだ。その圧倒的な体格差の前には、多少の小細工なんて無意味だからね」


 ジオの言う通り、歩くよりちょっと速い程度の歩みも、敵である人族の混成部隊への狙いも、てんでバラバラ。

 だけど、段々とこっちに近づいてくるオーガを見ていればわかる。

 遠目にも人族の倍はありそうな身長の、筋肉の塊のような魔物が迫ってきて、恐れを抱かない奴なんかいない。


 対して、そのオーガの突撃を待ち構える混成部隊は、


「総員、防御態勢!!」


 オオオ!!


 ガシャンッ


 ナルセルさんの指揮の元、中央の騎士団と、左右を固める衛兵隊が、大楯を一斉に構える。


 相手がオーガでさえなければ、とても力強い光景なんだけど、今はツノウサギの突進に紙の盾で対抗しようとしているような無謀さしか感じない。

 そう思って、ジオ達の方を見るけど、なぜか誰一人として俺と同じ不安を抱えている感じじゃない。


「そう言えばテイル、君には騎士というジョブがどんなものなのか、まだ説明していなかったね」


「騎士?戦士の上位ジョブじゃないのか?」


「ううむ、やはり辺境では、騎士の認識とはその程度のものなのか……。これは王都に帰り次第、早急に啓蒙の方策を立てねばなるまいな」


 溜め息をつくアレックスさんを尻目に、リーナがジオの言葉を引き継いだ。


「テイル、結論から言うけれど、騎士は戦士の上位ジョブじゃないわ。騎士は国王陛下に認められた者にしか授けられない特別な力、エクストラジョブなのよ。そして、その最大の強みは――」


「セイントウォール発動!!」


『セイントウォール』


 ナルセルさんの号令と共に、騎士団の力ある言葉が戦場に響き渡る。

 すると、混成部隊の前方に並んでいた大楯が、衛兵隊のものも含めて白い光を放ち始めた。


「何かを守るという意志が強いほど、騎士のスキルや魔法が強くなる。外敵に対する防衛戦で、騎士の右に出るジョブはないわ」


 そして、騎士団の魔法の白い光が最高潮に達したと思ったその時、突撃するオーガの群れの先頭が大楯に接触した。


 ガガガガガガガガン


 この距離でも耳がおかしくなりそうになるほどの、激しく重なり合う金属音。

 武器の大きさと体重の差を考えると、オーガによる一方的な蹂躙劇になるのは明らかだ。


 だけど――


「押せええええええっ!!」


 オオオオオオ


 俺の目に映ったのは、倍以上の身長のあるオーガの石斧や棍棒による振り下ろしの一撃を、上に掲げた大楯で見事に防ぎ切っている騎士や衛兵達の姿だった。

 さらに、ナルセルさんの掛け声で、すぐ後ろで背中を仲間と共に盾を掲げた姿勢で前進すると、前列のオーガが一斉によろめいた。


「攻撃部隊、突撃開始!!」


 ワアアアアアア


 その隙をついて、ナルセルさん率いる後列の騎士と冒険者百人以上が、大楯の隙間から溢れ指すように、動きの止まったオーガの群れに襲い掛かった。


「おおっ」


 戦術がピタリと嵌まった混成部隊を見て、思わず歓声が漏れてしまう。

 そして、同じ感覚を共有しているんだろうと周りを見回してみると、挙動不審な俺に気づいたんだろう、アレックスさんが声をかけてきた。


「テイル、確認しておくが、この戦いの勝利条件とは、一体なんだと思っている?」


「それはもちろん、オーガの群れを全滅させる、ですよね?」


「……まあ、オーガの恐ろしさを知らない平民なら、そんなところであろうな」


 当然のこととして言ったんだけど、アレックスさんは困った顔を隠そうともしなかった。

 それを見ていたリーナが、アレックスさんと同じような顔をしながらも、言った。


「冒険者学校じゃ、オーガなんて強敵を見たら絶対に逃げろって教えられていたものね。いいテイル、オーガの一番厄介なところは、あの大きな体じゃないの。あの巨体を作り上げた、圧倒的な回復力にあるのよ」


「回復力?」


「例えば……あれを見てみろ」


 そう言ったアレックスさんが指さす先に、混成部隊の後方から今にも魔法を放とうと、赤い光をロッドに宿している一人の魔導士の姿があった。


『……、――!!』


 何かの魔法を詠唱したんだろう、赤い光は放物線を描きながら混成部隊を飛び越え、狙いすましたかのように一体のオーガの胴体へと命中した。


「やった!」


 白い煙を上げながら仰向けに倒れるオーガ。その光景に、またも歓声を上げてしまう。

 だけど、少しの間動かなかったオーガの体から煙が消えたところで、まるで昼寝から目覚めたかのように、そのオーガはムクリと起き上がってしまった。


「っ――!?」


「あれが、オーガの真の恐ろしさだ。人族を含めた大抵の生き物が致命傷となるような攻撃でも、オーガの場合は立ちどころに傷を癒してしまう。オーガを倒すのなら、あの分厚い筋肉を一撃で貫くか、回復力を圧倒的に上回る威力の魔法を使うしかないのだ」


「でも、今回はそれだけじゃあ駄目なのよ。見た目は狂暴極まりないけれど、オーガは強者だからこそ気まぐれで、命がけで戦おうという気概に欠ける」


「でも、現にああやって群れで人族を襲っているじゃないか」


「それは、ジェネラルオーガの命令があるからよ。そうでなければ、わざわざ人族が武装して待ち構えているところに攻めてくることなんてありえないわ」


 俺が初めて知るオーガの知識を話してくれるリーナに、アレックスさんも頷いた。


「そうだ。この戦いは、オーガの戦意を削ぎ、元居た領域に撤退させるためのものだ。そのために、、衛兵隊だけでなく、金のかかる冒険者の手を借りてまで戦力を整えたのだ。さらにこちらには、オーガの力をもってしても難攻不落な砦の用意まである。数日後には、更なる援軍の手はずも整えている。来るなら来るがいい、オーガどもよ。こちらには貴様らと地獄まで付き合う、覚悟と準備があるぞ!!」


 自身と確信に満ちたアレックスさんが、眼下のオーガの群れに吠えてみせる。

 その檄に刺激されたのか、ナルセルさんを筆頭にした混成部隊の雄たけびと勢いが一段と増し、オーガの群れをわずかだけど怯ませた。


 そんな、人族の優勢ぶりに乗せられつつも、俺には一つの不安が――まるでみんなで食事をしている時に独りその様子をキャンバスに描いているように、冷めた目で戦場を見るジオのことが気になっていた。


 そう、それは、すでにこの戦いの結末を知っているかのような――


 その時だった。


 ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 オーガのものでも、ましてや人族のものでは絶対にありえない、戦いが始まってからは後方に控えていたジェネラルオーガの規格外の雄たけびが、戦場の全てを支配したのは。

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